第103話:記録の交差点
翌朝、俺たちは前日に集めた資料をもう一度机の上に広げた。
夜間便の手配書、計画推進課の予算記録、そして現場で確認した加工痕。それぞれを照らし合わせても、まだ一つの経緯として結びつけるには足りない。
王都南西区、公的補修事業の関連書類を管理する中央記録室。棚を埋め尽くす羊皮紙と古インクの匂いの中で、俺とリィネは並べられた台帳と向き合っていた。
夜間便の手配書には、計画推進課のレギン氏の署名が残されていた。だが、署名があるという事実だけでは、本人が何を意図して手配したのかまでは分からない。
俺たちは、公的な予算記録と現場の書類を突き合わせ、記録の食い違いが何を示しているのかを慎重に確かめようとしていた。
「クロノ様、こちらをご覧ください」
リィネが羽ペンの先で指したのは、計画推進課の年間予算台帳だった。
「南西旧水路の補修事業に関する支出名目です。『補修用金属部材・緊急手配枠』として、正規の予算が計上されています。金額的にも、特注継手などの調達に対応できる規模です」
「予算の計上自体は、正規の手続きで処理されているわけか」
「はい。少なくとも、この台帳に不自然な点は見当たりません。ですが……」
リィネは隣に並べた運送会社の夜間便手配書を指先で押さえた。
「こちらの品名は『金属製補修部材一式』。具体的に何の部品をいくつ運んだのか、明細が残されていません」
「通常の資材調達なら、予算の記録と運送の記録を照らし合わせられるはずだな」
「その通りです。通常の案件では、発注元や品目、数量などを伝票番号でたどり、予算の計上から納入までを確認できます。ところが、今回の夜間便については、予算台帳の記載と運送会社の手配書を直接結びつける記録が、今のところ見つかっていないのです」
リィネは商人としての冷静な眼差しで、書類の違いを指摘した。
「つまり……公的な予算が計上されていたことは確認できても、その予算で調達した資材が、夜間便で第四点検坑口へ運ばれた荷物と同じものなのかは分からない。さらに、なぜその場所へ運ぶ必要があったのかも、記録からは説明できないということか」
「はい。予算の出所が分かったことと、実際に運ばれた荷物の用途が証明されたことは別です」
俺は二つの書類を見比べた。
予算は存在する。夜間便の手配書も存在する。だが、その二つを結びつける記録が見つからない。
それは不正の証拠ではない。けれど、確認すべき空白であることは間違いなかった。
◆
続いて俺たちは、レギン氏の過去の手配履歴と業務範囲の確認に移った。
彼がこれまでに署名した資材調達関係の書類を洗い出し、今回の手配と比較する。
確認できた範囲では、彼の権限内で処理された通常の案件が大半だった。夜間の臨時手配そのものも、制度上は認められている。今回の件だけをもって、職権の乱用や不正があったと断定できる証拠は見つからなかった。
「レギン氏が通常の業務として手配したものの、現場側の記録反映が遅れているのか。それとも、彼自身が意図して記載を省略したのか……あるいは、彼の署名を利用して別の人物が動いたのか」
俺は手帳を開き、三つの可能性を書き留めた。
どれも、今ある記録だけでは否定できない。
「一つに絞るには、まだ情報が足りないな。本人を不用意に追及する前に、書類の保管先と、当時の手配に関わった部署を慎重に洗い直す必要がある」
「ええ。記録が不足していることと、不正が行われたことは、まだ同じではありませんから」
リィネも慎重にうなずいた。
「まずは、今回の手配が通常の業務手順のどこに位置づけられていたのか。それを確かめる必要がありますね」
「ああ。レギン氏が何を知っていたのかも、その先で見極めよう」
今の段階で必要なのは、疑わしい人物を決めることではない。
誰が、何を、どのような手続きで動かしたのか。その事実を一つずつ確かめることだった。
◆
一方、拠点の一角では、ガルド、バルド、シィの三人が、第四点検坑口の奥にある不自然な横穴を再調査するための準備を進めていた。
机の上には、崩落防止用の支柱や補強用の楔、頑丈な麻縄、そして点検用のランタンが並べられている。
「ガルド、現場の補強手順はまとまったか?」
バルドが低い声で尋ねると、ガルドは手元の目打ちを置き、横穴の見取り図に目を落とした。
「ああ。だが、入り口付近の亀裂が何を原因として生じたのか、まだ断定はできねえ。岩盤にかかった力の影響かもしれんし、別の要因がある可能性もある。見た目だけで安全だと判断するのは危険だな」
「なら、まずは亀裂の状態を確認し、必要な補強を施す。通れると判断できるまでは、奥へ進まない。それでいいな?」
「もちろんだ。補強用の楔も、現場の状態を見てから打ち込む。無理に岩盤へ力を加えれば、かえって状況を悪化させかねねえ」
ガルドは見取り図に、確認すべき箇所を書き加えた。
「壁面の工具痕も、もう少し近くで調べたいところだ。だが、そっちは安全を確保してからだな」
「安全の確保と退路の維持が最優先だ。奥で異変が起きたら、躊躇なく引き返すぞ」
バルドが元兵士らしい堅実さで、撤退の手順を再確認する。
脇で短剣の状態を確かめていたシィも、静かに言葉を添えた。
「私は坑口周辺の監視と、足跡の精査を担当するわ。夜間便の荷馬車が通った跡と、それ以外の荷車や人の足跡を区別できるか、もう一度調べてみる。ただし、痕跡が残っていても、いつのものかまでは分からない可能性がある」
「そうだな。痕跡があったという事実と、それが夜間便のものだという判断は分けて考えるべきだ」
ガルドが応じると、シィは小さくうなずいた。
三人は、それぞれの役割を確認しながら準備を整えていく。
ガルドは坑道の構造と工具痕、バルドは安全確保と撤退経路、シィは坑口周辺の監視と足跡の確認。
危険な古い坑道への再調査は、少しずつ具体的な計画になりつつあった。
◆
夕刻。全員が拠点に集まり、それぞれの調査結果と今後の方針を確認した。
地上では、計画推進課の予算台帳と運送会社の夜間便手配書を直接結びつける記録が見つからず、荷物の内容や運搬の目的は依然として不明だった。
地下では、第四点検坑口の横穴について、崩落の危険を踏まえた調査手順が整いつつある。
工房からの出荷数と現場での受領数の食い違い、夜間便で運ばれた「金属製補修部材一式」、坑内で見つかった金属切削屑。三つの手がかりは、まだ互いにつながっているとは断定できなかった。
「みんな、分かっている事実と、まだ分かっていないことを整理しておこう」
俺は全員の顔を見渡した。
「地上では、レギン氏の手配書類と作業指示書の保管先を追う。予算の記録と夜間便の手配がどうつながるのかも確認したい」
一度言葉を切り、続けた。
「地下では、準備が整い次第、第四点検坑口の横穴を調査する。ただし、安全が確保できないなら無理には進まない。見つかった痕跡が地上の記録とつながるかどうかも、先入観を持たずに確かめよう」
中央装置の異常が解消されたわけではない。地上の調査と並行して地下へ戻る準備を急ぐ必要があった。
「了解だ、ボス!」
仲間たちの返答が、部屋に響いた。
地上の記録と地下の痕跡。その二つがどこで交わるのか、まだ答えは出ていない。
だからこそ、俺たちは一つずつ確かめていく。




