第102話:計画推進課の影
第四点検坑での調査を終え、拠点へ戻った俺たちは、それぞれが得た情報を持ち寄った。
ミリスは現場で採取した金属片を調べ、リィネは夜間便の手配書に記された署名と、計画推進課の関係記録を照合していた。
机の上に広げられた布の上で、ミリスが小さなガラス器からピンセットで金属片を取り出す。第四点検坑口の内部で、ガルドが拾い上げた細かな切削屑だ。
「ミリス、分析の結果はどうだった?」
俺の問いかけに、ミリスは慎重に言葉を選びながら、羊皮紙に書き留めた数値を指し示した。
「はい。この切削屑は、特殊な魔導合金を刃物で削った際に生じたものと考えてよさそうです。地下装置で発見された『双頭の槌』の後付け部材と比較すると、金属の組成や加工痕の削り幅に、いくつかの共通点が見られます」
「共通点……か。同じ部材を削ったものだと断定できるか?」
ガルドが腕を組み、身を乗り出す。ミリスは静かに首を横に振った。
「そこまでは言えません。同じ系統の工具や加工技術が使われた可能性はありますが、同じ工房で加工されたものか、あるいは同じ部材に由来するものかまでは特定できないのです。……ですが、あの点検坑内で何らかの金属部品に加工や調整が施された可能性を示す、重要な比較材料にはなります」
「それだけでも十分な収穫だよ。ありがとう、ミリス」
俺は分析結果を記した羊皮紙に目を落とした。
手がかりは増えつつある。だが、それぞれの物証がどこでつながるのかは、まだ見えていない。焦って結論を出せば、かえって真相から遠ざかることになる。
◆
続いて、俺とリィネは、王都のギルド窓口を通じて確認した公的事業の記録と、運送会社で見つかった夜間便の手配書を照らし合わせていた。
リィネが羽ペンを手に、二つの書類の記載を並べて指し示す。
「手配書に残されていた署名について、確認が取れました。計画推進課に所属する担当官、レギン氏の署名と一致します。公的事業の記録にも、彼が南西旧水路の補修事業で資材調達の調整を担当していたことが記されています」
「夜間便を手配する権限自体は、持っていたわけか」
「はい。少なくとも、今回確認できた記録を見る限り、資材調達に関わる立場だったことは確かです」
リィネはもう一枚の書類を取り出した。
「それから、運送会社に残されていた受領欄の署名も照合しました。こちらも、レギン氏の署名と一致しています」
「ということは、彼が手配した荷を、彼自身が現地で受け取った可能性がある……ということか」
「はい。ただし、署名が本人によるものだとしても、実際に誰が荷を受け取ったのかまでは、これだけでは断定できません」
リィネはそこで言葉を切り、書類を机の上に置いた。
「確認できたのは、夜間便の手配と受領の両方に、レギン氏の署名が残されているということです」
ガルドが眉をひそめた。
「なるほどな。じゃあ、商人として見た場合、この手配の流れに不自然な点はないか? お前さんの考えを聞かせてくれ」
問われたリィネは、手帳を開き、いくつかの項目を指でなぞった。
「夜間に臨時の資材を点検坑口へ届けること自体は、制度上あり得ます。手配書にも必要な記載はありますし、署名も確認できています。形式だけを見れば、明らかな不備があるとは言い切れません」
「だが、何か引っかかるんだな?」
「はい。通常、こうした臨時手配には、その作業が必要になった理由や、現場で何を行うのかを示す作業指示書が添えられます。少なくとも、今回確認した管理事務所の台帳と公的事業の記録には、それに当たる書類が見当たらないのです」
「作業指示書が……ない?」
俺は思わず身を乗り出した。
「正確には、確認できた記録の範囲では見つかっていない、ということです。別の部署に保管されている可能性や、記録への反映が遅れている可能性までは否定できません」
リィネは、夜間便の手配書を指先で押さえた。
「運送会社には、夜間便が実際に手配された記録が残っています。手配書も存在し、レギン氏の署名も確認できました。ですが、なぜ南西第四点検坑口へその資材を運ぶ必要があったのか。それを裏付ける作業指示書が、今のところ確認できていないのです」
事業管理事務所で聞いた、追加納入の正式な記録が見つからなかったという話。
そして、今回浮かび上がった、夜間便の作業指示書の不在。
二つの事実は、別々の場所で調べた記録の中に、説明のつかない空白があることを示していた。
「レギン氏が不正を働いたと決まったわけじゃない」
俺は自分自身にも言い聞かせるように、冷静な口調で整理した。
「書類の提出が遅れているだけかもしれないし、別の場所に保管されている可能性もある。手配書と署名が存在する以上、本人は正規の業務として動いていたつもりなのかもしれない」
「ああ。だが、夜間便が手配された理由を説明する記録が見つかっていないのは確かだ」
ガルドが太い指で机を叩いた。
「第四点検坑口に残されていた、人の手が加えられた可能性のある横穴。そこから採取した切削屑。さらに、理由を裏付ける作業指示書が確認できない夜間便……。それぞれが同じ事件につながっているとは、まだ言えねえ。だが、別々の手がかりとして調べる価値は十分にある」
ミリスもリゼリアも、俺の判断を待つように静かに視線を向けていた。
決めるべきは、次の一手だ。
「よし。計画推進課のレギン氏を、いきなり犯人扱いして詰め寄るような真似はしない。まずは、彼が手配した夜間便の作業指示書が、なぜ確認できないのか。その理由を調べよう」
俺は手帳を閉じ、仲間たちを見渡した。
「リィネは、事業管理事務所と計画推進課の記録をさらに照合してくれ。レギン氏の署名が残された書類と、夜間便の手続きに関する記録を中心に、ほかに確認できるものがないか調べたい」
「分かりました。記録が見つからないことと、記録が存在しないことは別ですから。保管先も含めて確認します」
リィネがうなずいた。
「ガルドとバルドは、第四点検坑口の横穴を安全に調べる準備を進めてくれ。崩落の危険がある以上、無理に奥へ進むのは避けたい」
「ああ。現場の状況をもう一度整理して、進める範囲と必要な備えを見極める」
ガルドの返答に、バルドも静かにうなずいた。
「それと、ミリス。切削屑の分析は続けてくれ。地下装置の後付け部材との共通点が、どこまで絞り込めるか知りたい」
「承知しました。現時点では決め手に欠けますが、比較できる項目を増やしてみます」
「よし。地上と地下、両方から一つずつ確かめていこう」
俺は机の上に並んだ書類と、切削屑の入った小さなガラス器を見つめた。
計画推進課のレギン氏。夜間便の手配書。説明を裏付ける作業指示書の不在。そして、第四点検坑口に残された人為的な加工の痕跡。
まだ、それらを一つにつなぐ証拠はない。
だが、調べるべき場所と確かめるべき事実は、少しずつ明確になってきた。
俺たちは、それぞれの手がかりを追いながら、記録の空白に隠された理由を探り始めた。




