第101話:点検坑の暗影
運送会社で夜間便の記録を確認した俺たちは、その日のうちに南西第四点検坑へ向かった。
手配書には、荷物の具体的な内容までは記されていない。だが、届け先として記された場所を調べれば、何か手掛かりが見つかるかもしれない。
中央装置の状態は、まだ確認できていない。無駄に時間を費やすわけにはいかなかった。
王都南西の郊外。
かつて使われていた旧水路の点検口が点在する一帯。その草むらに身を潜め、俺たち八人は周囲の様子をうかがっていた。
運送会社の夜間便の手配書に残されていた『南西第四点検坑口前』。
これまでの聞き込みと帳簿の照合を経て、俺たちはようやく、地上の記録が指し示す現場へとたどり着いたのだ。
「……今のところ、周囲に人の姿は見えないわ。ただ、見通しの悪い場所もある。気をつけて」
草むらの陰から戻ってきたシィが、低い声で告げた。
レオンとバルドは、それぞれ大剣を携え、周囲の地形を確かめている。
今回は、夜間便の搬入先と地下遺構との関係を調べるための現地調査だ。
リィネも商会での仕事を調整し、同行していた。荷物の搬入方法や資材の扱いについて、商人としての知識が役に立つと考えたからだ。
「ガルド、シィ。まずは坑口周辺の痕跡を調べてくれ」
「おう、任せとけ」
ガルドが腰を落とし、草に覆われた石組みの坑口へと歩み寄った。
目打ちの先で石の継ぎ目に詰まった泥を軽く払い、表面に残された傷を確かめる。
「……クロノ、こいつを見ろ」
ガルドが指したのは、坑口の脇にある石組みだった。
「角の部分が削れている。何か硬いものをぶつけたような痕だな。周囲の風化具合と比べると、比較的新しく見える」
「荷物を降ろしたときについたのか?」
「その可能性はある。だが、木箱とは限らねぇ。工具や資材をぶつけた跡かもしれん」
ガルドはさらに坑口の手前へ移動し、地面に残る浅い溝を調べた。
「こっちには車輪の轍らしい跡もある。幅からすると、荷馬車が通ったとしてもおかしくねぇな」
「夜間便の荷馬車か?」
「そこまでは分からん。ここは昔から点検に使われていた場所だ。ほかの荷馬車が通った跡かもしれねぇ」
ガルドは溝の縁を指でなぞった。
「泥が何度も乾いて崩れたようにも見える。いつついた轍か、これだけで決めるのは無理だ」
その間、シィは坑口から少し離れた草むらを調べていた。
やがて、足元を見つめたまま口を開く。
「……轍らしい跡は、あちらの道から坑口の前まで続いている。ただ、草に隠れている部分が多いわ」
シィは視線を上げ、坑口を見た。
「それと、入り口の近くに踏み固められた場所がある。人が何度か立ち止まったのかもしれない」
「荷物の積み下ろしをしていた可能性はある、ということか」
「ええ。でも、それが例の夜間便だったかどうかは分からない」
俺は頷いた。
夜間便の手配書には、確かにこの場所が荷下ろし先として記されていた。
そして、坑口の周囲には、荷馬車や人の出入りを思わせる痕跡が残っている。
だが、それらが同じ出来事によるものだという証拠は、まだない。
「よし。内部も調べよう。レオン、バルド、まずは入り口付近の安全を確認してくれ」
「了解だ、ボス」
レオンが大剣を握り直した。
「俺が先に入る。バルド、後ろを頼む」
「おう。足場と退路も確認しながら進むぞ。古い坑道は、敵がいなくても危険だからな」
バルドがランタンを掲げ、坑口の石組みを見上げた。
崩落しかけた箇所がないことを確かめてから、俺たちは慎重に内部へ足を踏み入れた。
◆
点検坑の内部は、ひんやりとした湿気に満ちていた。
ランタンの光が、古い石組みの壁を照らす。足元には、かつて水が流れていたと思われる浅い溝が続いていた。
先頭をレオンとシィが進み、ガルドが壁や床の状態を確認する。
俺たちの後ろでは、バルドが足場と退路に注意を払っていた。
「……思ったより広いな」
レオンが天井を見上げる。
「点検用の通路なら、もう少し狭くてもよさそうなもんだが」
「資材を運ぶ必要があったのかもしれねぇな」
ガルドが答えた。
「ただし、最初からこの広さだったとは限らん。後から拡張された可能性もある」
さらに奥へ進んだところで、ガルドが壁際の窪みに目を留めた。
「……待て。足元に何か落ちてる」
ランタンを近づけると、石の隙間に細かな金属片が引っかかっていた。
ガルドは小さな道具を取り出し、周囲の泥を崩さないように金属片を拾い上げた。
「削り屑みてぇだな。金属を加工したときに出るものに似ている」
「見せてください」
ミリスが受け取り、ランタンの光にかざした。
細く曲がった金属片は、光を受けて鈍く輝いている。
「……確かに、刃物で金属を削ったときに出る屑に似ていますね」
ミリスは小さな布を広げ、その上に金属片を置いた。
「ただ、これだけでは材質までは分かりません。魔導鉱石を含んだ合金なのか、普通の金属なのかも、今は判断できません」
「地下装置の後付け部材と比べられるか?」
俺が尋ねると、ミリスは少し考えてから答えた。
「比較はできます。あの部材の加工痕や、ガルドさんが記録したネジの特徴と照らし合わせれば、何か分かるかもしれません。でも、同じ工房で加工されたものかどうかまで判別できるとは限りません」
「それで十分だ。持ち帰って調べてくれ」
「はい。ほかのものと混ざらないように保管しておきます」
ミリスは金属片を小さな容器に収めた。
その様子を見ていたリィネが、壁際の窪みに目を向けた。
「ここで資材の調整をしていた可能性はありますね。搬入した部品が合わなければ、現場で多少の加工をすることもありますから」
「だが、切削屑が一つあっただけじゃ、ここで加工したとは限らねぇな」
ガルドが付け加える。
「別の場所で削ったものが、荷物や道具に付いて運ばれてきた可能性もある」
「ええ。だから、周囲にも同じようなものが残っていないか調べたいです」
リィネは頷き、手帳に記録を書き込んだ。
そのとき、リゼリアが壁に手を近づけ、静かに目を細めた。
「……クロノ。この辺りに、はっきりした魔力の異常は感じられないわ」
「地下大空洞の装置につながる反応もないか?」
「少なくとも、ここから直接感じ取れるほどの反応はない。ただ、距離や石壁の影響もあるから、それだけで無関係とは言えないわね」
俺は頷いた。
あの地下大空洞では、ゴーレムを停止させたあとも、中央装置に高密度の魔力が残っていた。
装置の状態が安定したという確認は、まだ取れていない。
もし、この点検坑が地下遺構のどこかにつながっているなら、不用意に進むわけにはいかなかった。
「バルド。奥へ進む前に、通路の状態を確認してくれ」
「分かってる。崩れそうな場所があれば、無理はしねぇ」
バルドは天井と壁の継ぎ目を見ながら、慎重に先へ進んだ。
◆
しばらく進んだところで、先頭のシィが足を止めた。
「……クロノ。こっちを見て」
シィが示したのは、坑道の側壁だった。
古い石組みが続く通路の途中に、不自然な切れ目がある。
ランタンを向けると、その奥には、通常の点検路とは異なる角度で横穴が伸びていた。
「……こんな分岐があったのか」
レオンが身をかがめ、奥をのぞき込む。
「暗くて先が見えねぇな」
「まだ入るな」
ガルドが制した。
彼は横穴の入り口に近づき、壁面を詳しく調べ始めた。
「……妙だな」
「何か分かったか?」
「ああ。こっちの石組みと、横穴の内側じゃ、造りが違う」
ガルドは壁の継ぎ目を指でなぞった。
「元の点検路は石をきっちり積んである。だが、この横穴は途中から岩盤を削って広げたように見える。入り口の縁には、工具を当てたような痕も残ってる」
「後から掘られた通路なのか?」
「その可能性は高い。ただ、いつ誰が手を入れたのかは分からん。古い通路を補修しただけかもしれねぇし、別の目的で広げたのかもしれねぇ」
シィが横穴の入り口にしゃがみ込み、床を確かめた。
「……こっちにも、何かを引きずったような跡がある」
細い溝が、横穴の奥へ向かって伸びていた。
「ただ、途中で途切れている。荷物を運んだ跡かどうかまでは分からないわ」
ガルドが溝の幅を測り、首を傾げる。
「重いものを引きずった可能性はあるな。だが、道具や木材を動かしただけかもしれん」
リィネが横穴を見つめた。
「もし資材を運ぶために使っていたのなら、荷馬車で坑口まで運び、そこから人の手で奥へ運んだという流れも考えられますね」
「そうだな」
俺は頷き、暗い横穴へ目を向けた。
ふと、これまで地下で歩いてきた経路が頭に浮かぶ。
南西旧水路から続く地下遺構。
そのさらに奥に広がる大空洞。
そして、今も不安定な状態にある中央装置。
(……この横穴、地下遺構のある方向へ伸びているのか?)
俺は手帳を開き、これまでに記録した地下の経路を確かめた。
正確な測量図があるわけではない。
だが、旧水路の位置と、以前通った地下の経路を思い返すと、横穴の向きは無関係とも思えなかった。
(……いや、待て。方向が似ているだけだ)
地下の通路は、途中で曲がっているかもしれない。
行き止まりになっている可能性もある。
別の施設へ通じているだけかもしれない。
俺は手帳から目を上げた。
「ガルド。この横穴、どこまで続いているか分かるか?」
「ここからじゃ分からん。奥へ進んでみるしかねぇな。ただ……」
ガルドは天井にランタンを向けた。
「入り口付近の岩盤に、細い亀裂がある。今すぐ崩れるようには見えねぇが、安全だとも言い切れん」
「無理に進むのは避けたほうがいいな」
バルドが低い声で言った。
「奥で崩落でも起きたら、退路を失う。まずは通路の状態を確かめてからだ」
「そうね。それに、地下の中央装置がどうなっているかも分からないわ」
リゼリアが横穴を見つめた。
「もし奥で魔力の異常が起きていたら、狭い通路では逃げ場がない」
俺は頷いた。
「分かった。今日は無理に奥まで進まない。まず、この場所を詳しく記録しよう」
ガルドとシィが横穴の入り口を調べ、ミリスは周囲に残る金属片を探した。
リィネは坑口からここまでの通路の広さや、荷物を運ぶ際の障害になりそうな場所を書き留めている。
レオンとバルドは、俺たちが調査を続ける間、前後の警戒を引き受けていた。
しばらくして、ガルドが戻ってきた。
「今のところ、横穴がどこへ続いているかまでは分からねぇ。ただ、人の手が加わった通路なのは確かだろうな」
「それに、入り口付近には何かを動かしたような跡がある」
シィが続けた。
「でも、それが夜間便の荷物だったかどうかは分からないわ」
「ええ。切削屑についても、持ち帰って調べてみないと何とも言えません」
ミリスが小さな容器を掲げた。
俺は三人の報告を聞きながら、手帳に目を落とした。
第四点検坑口前には、荷馬車が通った可能性のある轍と、石組みの擦れ跡が残っていた。
坑道の内部では、金属の切削屑らしいものが見つかった。
そして、通常の点検路とは造りの異なる横穴が存在している。
どれも、夜間便と地下装置を直接結びつける証拠ではない。
だが、手配書に記された場所を調べた結果、さらに確認すべき痕跡が見つかったことは確かだった。
「……ここは、もう少し調べる価値がありそうだな」
俺が言うと、ガルドが頷いた。
「ああ。だが、横穴を調べるなら準備が必要だ。古い坑道を甘く見るわけにはいかねぇ」
「それに、地上側の調査も続けたいですね」
リィネが手帳を閉じた。
「夜間便を手配した計画推進課の人物が、なぜこの点検坑口を指定したのか。そこを確認できれば、横穴の用途を考える手がかりになるかもしれません」
「そうだな」
俺は暗闇の奥へ続く横穴を見つめた。
「次は、この横穴の先を調べる準備を進めよう。それと並行して、計画推進課の手配者についても調べる」
「了解だ、ボス」
レオンが力強く頷いた。
俺たちは調査した場所をもう一度確かめ、慎重に坑口へと引き返した。
地上へ出ると、傾き始めた陽光が草むらを照らしていた。
振り返れば、古い点検坑口は何事もなかったかのように静まり返っている。
あの横穴が、どこへ続いているのか。
夜間便で運ばれた荷物と関係があるのか。
三極循環陣側の増幅ユニットや、地下装置の後付け部材を取り付けた人物と、何らかのつながりがあるのか。
答えは、まだ出ていない。
だが、帳簿と輸送記録だけを追っていた調査は、ようやく現場に残された痕跡へとたどり着いた。
俺たちは次の手がかりを求め、王都へと戻ることにした。




