37話 世界が敵でも、あなたの隣は渡さない
予期せぬ位置からの攻撃だったのか、フェイランがよろめきながら片手で額を押さえた。
「ジ、ジゼル……!?」
「あなたは頭が良くてどんな時も機転が利くのに……本当に、呆れるほどのバカね……!」
私は胸の奥からあふれ出す感情のまま、目の前で呆然とするフェイランを見上げ、その胸ぐらを両手で掴み上げた。
「あなたが死んで、私が一人で幸せになれるとでも思っているの!? 勝手に私の未来を決めつけないで……! 私の幸福は、あなたの隣にしか存在しないのよ!」
「……ジゼル。俺という存在は、この世界にとって危機そのものなんだ。いずれ君の命すら俺の手が奪ってしまう可能性だってある。……そんな恐ろしい未来に、俺は耐えられない……!」
「あなたが暴走しそうになるなら、何度だって私がぶん殴って止めてあげるわ! 私の命だって、私自身が守り抜いてみせる! フェイランが怯えているような最悪の未来なんて、絶対に訪れさせやしない!」
「君は分かっていない……! 俺の持つ力の片鱗しか見ていないから、そんな無茶が言える! その気になれば、俺は大地を穢し、何千何万もの命を一瞬で奪う化け物になれるんだ……!」
「……そんなこと、最初から全部知っているわ。前世の記憶で、嫌と言うほど見せつけられたもの」
かつて画面の向こうで猛威を振るい、世界を灰燼に帰そうとした災厄の王。
彼の存在はこの世界の脅威であり、光の主人公がいなければすべてを滅ぼし尽くすと示唆されていた。
「それなら話は簡単じゃないか。俺の死こそがシナリオ通りの結末であり、この世界の唯一の最適解なんだ……!」
「……へえ、そう。シナリオ通りの未来があなたの望む『正しい答え』だというなら……こうするしかないわね」
私はフェイランの胸元から手を離し、一歩だけ距離を取った。
不安と悲哀に揺れる紅玉の瞳を見つめながら、私は手にした光り輝く短剣の刃を。
迷いなく自身の首筋へ押し当てた。
「ジゼル……!? な、何をしているんだ……!?」
「あなたに一つ、教えてあげていないことがあったわ。……物語の中で主人公に嫌がらせを繰り返した悪役令嬢はね、最後は破滅とともに命を落とすの。シナリオが本当の正解だとしたら、これが私の辿るべき『正解』よ」
「やめてくれ、ジゼル……! 例えそれが世界の正解だとしても、そんな結末だけは俺が絶対に許さない……!」
「……そうよ、私だって同じ気持ちだわ。あなたの死が世界にとって正しくても、そんな理不尽な答え、絶対に受け入れてなんかあげない! ……あなただって、そうなのでしょう!?」
私は首筋に当てた短剣を握る力を緩めないまま、フェイランを射抜くように見つめた。
フェイランは青ざめた顔で、未だ逡巡に苛まれながらその瞳を悲痛なまでに震わせる。
「俺は、呪われた怪物だ……。俺の存在のせいで……いつか全員が死ぬかもしれない」
「大丈夫よ。どんな時だって、私があなたの隣にいる。……リリアたちもいてくれるわ」
「君を……世界で一番不幸にしてしまうかもしれない……」
「私を舐めないで。私は絶対にフェイランと一緒に、この世界で一番幸せになってみせるわ」
「……こんな歪んだ俺でも、愛してくれるかい……?」
「あなただから、愛しているのよ。……一生離れないし、死んでも離してあげないから、覚悟しておきなさい」
私は満面の笑みを浮かべ、これまで生きてきた中で一番の愛を込めて彼を見つめ返した。
それを受けたフェイランの煌めく瞳から、一筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。
「ジゼル……。俺が君を鎖で縛り付けていたんじゃなかったんだね。……君が最初から、俺の心をすべて奪い去っていたんだ。こんなにも単純なことに……気づかないなんてね……」
「何を言っているの? 私もフェイランのことが大好きでたまらないんだから、お互い様よ、きっと」
「ふふ、そうなのかな。……ジゼル、君はいつだって俺の暗闇を照らす光そのものだよ。君と出会えて……心から良かった」
柔らかく微笑むフェイランの瞳に、いつもの愛おしさに満ちた色彩が戻ってくる。
瞳の奥底に眠っていた恐ろしい闇すらも、今は跡形もなく消え去っていた。
「分かっていないわね、フェイラン。ずっとそばで私を助けて守ってくれたあなたも、私の大切な光なのよ。……これからも、ずっと私と一緒にいてね」
「君が俺を望んでくれるのなら、俺は一生君の隣を歩むよ。……自暴自棄になって、こんなに心配と迷惑をかけてしまってすまなかった」
「今まで私の方がたくさん迷惑をかけていたのだから、これでおあいこね!」
首元から短剣をゆっくりと下ろし、私は悪戯っぽく笑ってみせた。
フェイランもそれに呼応するように、困ったような、けれど幸せな輝きを宿した微笑みを浮かべる。
「ジゼルの起こすトラブルを解決して、すべての脅威から守るのは、生涯俺の役目だ。……君はいつまでも、どこまでも自由でいてほしい」
「ふふ、頼もしいわね。これからも……よろしくね、私のフェイラン」
私は手にした短剣を地面へ無造作に投げ捨て、フェイランの温かい胸元へ思い切り飛び込んだ。
彼もまた私を受け止め、背中に回した両腕で、息が詰まるほどの強い力で愛おしそうに抱きしめ返してくれる。
静けさを取り戻した黄昏の離宮の屋上で、私たちはようやく、二人だけの結末へと辿り着いたのだった。
次回エピローグです。
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