35話 災厄の元へ乗り込む
フェイランの居場所は、あの腕輪を通じてはっきりと伝わってきていた。
彼が待つ場所は、あまりにも意外で、けれど世界を壊すための最初の一手としては、これ以上なく相応しい場所だった。
そこは、私たちが通う学園ではなく、この国の王宮内部。
離宮へと続く長い外廊下を、私はルドルフ殿下の背中に続いて疾走した。
「ルドルフ王太子殿下!? な、なぜこのような場所に……!?」
離宮へ続く扉の前には、甲冑に身を包んだ護衛兵たちが立ち塞がっていた。
だがルドルフ殿下は一切足を止めることなく、堂々たる威圧感で言い放つ。
「学園の友人を訪ねに来た。邪魔だ、道を開けろ」
「殿下、危険でございます! かの隣国は現在、かつてない緊張状態にあります! フェイラン殿下が自国の第二王子を捕縛し、今まさに我が国へその説明に上がると報告が入っておりますが……何を考えているのか読めず、王宮内部は対応を巡って混乱に陥っております!」
「だからこそだ。私は、フェイランに直接真意を問いただしに来た。責任はすべて私が持つ。そこを通せ」
「し、しかし! 殿下の御身に何かあれば……!」
「万が一に備え、最高峰の光属性持ちも同伴させている。お前たちが案ずるような事態にはならん」
この国の中枢たる王太子にそこまで強く命じられれば、兵たちも抗うことはできない。
彼らは苦汁を舐めるような表情を浮かべながらも、ルドルフ殿下のために離宮の扉を開いた。
「ルドルフ殿下、あそこまで強引に押し通って良かったのですか?」
冷え切った空気が漂う離宮の廊下を歩みながら、私は前を行く背中に問いかける。
「ふん、どちらにせよここであいつを止めなければ、我が国すら崩壊の道連れにされる。フェイランが本格的に動き出す前に、こちらから仕掛ける方がはるかに利口だ」
「そうね。……きっとフェイランも、私たちが来るのを望んでいるから」
私は腰に携えた短剣の柄に、そっと指先で触れながら深く頷いた。
それはかつて、フェイランが渡してくれた、隣国の国宝たる光属性の短剣だ。
彼と向かい合う今の状況において、これ以上なく皮肉で、「フェイランを討つための鍵」となり得る武器。
「……この離宮全体に、強力な魔力封じの結界が張られているわね」
「我が国の首脳陣も、フェイランという化け物を警戒しているということだ。もっとも……あいつが本気を出せば、この程度の結界など造作もなく粉砕するだろうがな。戦闘になった際はお前が頼りだぞ、リリア」
ルドルフ殿下が振り返り、胸元で震える手を握りしめるリリアへ視線を向ける。
「私の光が皆さんの役に立つのなら、何なりとお使いください。……ですが、私、フェイラン殿下を傷つけるような真似だけはしたくありません……!」
「リリアは私たちの道を切り開いてくれるだけで十分よ。……けれど、この魔封じのせいで、腕輪からの魔力探知が乱れてフェイランの正確な位置が掴めなくなったわ。この広い離宮をしらみつぶしに探すのは時間がかかりすぎる……」
「ジゼル先輩、それなら良い考えがあります。僕に任せてくれませんか?」
ケヴィンが私の隣で頼もしい発言をしてくれた、まさにその瞬間。
離宮の極太の柱の影が揺らめき、冷たい銀閃を構えた刺客たちが現れ出た。
「フェイランの手下か。さすがにこのまま大人しく通せと言っても聞き入れまいな」
ルドルフ殿下が押し寄せる殺気を真っ向から受け止め、金属音を立てて剣を抜き放つ。
すると、ケヴィンが前へ踏み出し、手をかざしながら私達を庇うように立ち塞がった。
「ルドルフ殿下……今回ばかりは、この魔法を見逃してくださいね!」
ケヴィンが躍り出ながら呪文の詠唱を終えた、直後。
襲いかからそうとしていた男たちが一斉に激しい苦悶の表情を浮かべ、手から剣を落とした。
「ケ、ケヴィン……まさか、また精神干渉魔法を使ったの……!?」
「ごめんなさい、ジゼル先輩。二度と使わないと誓ったのですが……今は一刻を争う緊急事態ですので!」
床に膝をつき、必死に頭を押さえる男たちへ歩み寄ると、ケヴィンは魔力を乗せた低い声音で囁きかけた。
「……フェイラン殿下は、一体どこにいますか?」
「お、屋上だ……っ。離宮の、最上階の屋上に……いらっしゃる……!」
「よく言えました。では、そのままお眠りなさい」
ケヴィンが指先をひらりと一振りすると、刺客の男たちはそのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
一瞬死んだのかとヒヤリ思ったが、刺客たちが安らかな寝息を立てているのを確認して胸を撫でおろす。
「これほど桁外れの精神干渉魔法の使い手がいたとはな。ふっ、私が王位に就いた際、非常に使い勝手が良そうだ」
「……誰かに悪用されないために、僕はこれまでこの力を隠し続けてきたんです。ルドルフ殿下、くれぐれも他言無用でお願いしますね……」
不信感露わに睨みつけるケヴィンに対し、ルドルフ殿下は意味深な笑みを浮かべるだけだった。
「フェイラン殿下は屋上に……。まるで、私たちを待ち構えているかのようですね……」
リリアが不安と緊張を滲ませながら、屋上へと続く螺旋階段を見上げる。
階段の高窓からは、この緊迫した状況には不釣り合いなほど、柔らかく穏やかな午後の陽光が差し込んでいた。
「フェイランが待っているなら、私が行かなくちゃ。みんな、頼りにしてるわ……!」
◇
長い階段を登り切った先に、緻密なガラス細工が施された扉が鎮座していた。
私は決意を乗せて、その扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。
眩しいほどの青空の光とともに、彼は漆黒の闇の気配を揺らめかせながら、静かに佇んでいた。
「……来たね、ジゼル」





