34話 フェイランを助けるための決意
◇
(ジゼル、決めたよ。俺はシナリオ通りにこの世界を滅ぼす)
(だから……それを君の手で止めてほしいんだ)
(君に渡した光属性の短剣。それにリリアの力を借りれば、俺を確実に殺せるよ)
(できるなら、君が俺を討ってほしい。……君になら、俺は殺されたって何の悔いもないから――)
◇
「――フェイラン!」
私は叫ぶように彼の名前を呼び、悲鳴とともにベッドから飛び起きた。
頬はつたい落ちる涙で濡れ、呼吸は肩が激しく上下するほど乱れている。
「ジゼル様……! 目が覚めたのですね……っ!」
鈴を転がすような愛おしい声とともに、ベッドサイドから小さな体が私を力いっぱい抱きしめてきた。
リリアが、安堵に震わせながら私の首元にすがり付いている。
「私……ここは……? フェイランは……フェイランはどこ……!?」
「ここは学園の医務室だ。……あの男は俺たちをここへ呼び出した後、影のようにどこかへ消え去った」
リリアの背中の向こうから、凛とした威風堂々たる声が響いた。
整えられたシルバーブロンドの髪を流し、腕を組んで佇んでいたのはルドルフ殿下だった。
「ルドルフ殿下……。一体、私が眠っている間に何が起きたのですか……?」
「闇の魔力に侵食されていたお前の体を、リリアの持つ光魔法で浄化した。そして私と……そこの男も、あいつの手によってここに集められたのだ」
ルドルフ殿下が、壁際に気まずそうに立つ青年に視線を向けた。
ふわりとした薄桃色の髪を揺らし、顔を伏せているのはケヴィンだった。
「ジゼル先輩に……合わせる顔なんてないことは分かっているのですが、強引に連れてこられて……」
「ケヴィン、もう過去のことは気にしないで。……フェイランが、みんなを集めたの? なぜ……?」
「フェイラン殿下は、僕たちにジゼル先輩に力を貸してやってほしい、と言い残していきました。……先輩は、何か彼のお考えに心当たりがあるのですか……?」
ケヴィンの問いかけに、あの夢の中で響いたフェイランの儚い声が蘇る。
「彼は……この世界を滅ぼすつもり……なのだと思うわ」
「フェイラン殿下が!? ジゼル様、そんな……あんなにもお優しいフェイラン殿下が、そんな恐ろしいことをするわけがありません!」
「ふん、あの男なら世界を滅ぼすと言われても驚かないな。一度演習場で剣を交えた私だからこそ解る。あいつはおそらく……人間を超越した化け物じみた強さを隠し持っている」
「……それは、僕も身を以て感じました。フェイラン殿下の魔力は底知れず……まるで漆黒の闇そのもののように黒く染まっていました」
みんなの言っていることは、すべて正しい。
フェイランはどこまでも優しく、同時に壊れてしまいそうなほど哀しく危うい心を持っていた。
「ごめんなさい……」
今ここにはいないフェイランに向けて、私は涙をこぼしながら呟いた。
「いつも私の勝手で彼を困らせて……最後には、私の手で彼を深く傷つけてしまった……!」
フェイランのことが何よりも大切なのに。
生涯を共にと誓い合ったはずなのに。
私という存在がきっかけとなって、彼を本当の絶望と闇の中に突き落としてしまった。
「私なんかが、フェイランの隣に立つ資格なんて……最初からなかったのよ……!」
「そんなこと、絶対にありませんっ!」
リリアが弾かれたような勢いで、私の両肩を強くつかみ込んできた。
薄緑色の瞳に涙を溜め、彼女は首を振って私の弱音を真っ向から否定する。
「ジゼル様とフェイラン殿下の間には、誰も踏み込めない確かな絆がありました! お互いを尊重し支え合い、認め合って……近くで見ている私が羨ましくなってしまうほどの強い信頼で結ばれていたのは、痛いほど分かります!」
「リリア……」
「だから、それをジゼル様ご自身が否定しないでください! フェイラン殿下の想いを……ジゼル様自身の愛を、もっと信じてあげてください!」
リリアの痛切な訴えに応じるように、ルドルフ殿下も一歩前へ踏み出してきた。
「……この私が認めたお前が、こんなところで弱音を吐いて立ち止まるわけがないだろう。私に膝をつかせてまで勝ち取った立場を捨てようとしている愚かな男を、その手で殴りつけて連れ戻すくらいの気概を見せてみろ」
顔を背けながらも、どこまでも不器用に私の背中を押してくれるルドルフ殿下。
同時に、ケヴィンも複雑な表情を浮かべながらも、意を決したように声を張り上げた。
「僕も、ジゼル先輩の力になれるのなら何だってします! 正直……フェイラン殿下は怖いですし、先輩の婚約者として認めるのは悔しいですが……! それでもジゼル先輩の本当の幸せがあの人の隣にあるのなら、僕は精一杯先輩を応援して、自分の過ちを償いたいです!」
「みんな……」
あふれ出しそうになる感情を必死に抑えながら、私は三人の顔を見つめ返した。
そうだ。
私はここで泣いて立ち止まってなんていられない。
何よりも大切なフェイランのために。
そして、彼と共に歩む自分の未来のために。
「みんな、お願い……! フェイランを救い出すために、私に力を貸してほしいの……!」
頭を深く下げながら、私は両手を握りしめた。
災厄の王として、闇に呑まれかけたフェイランを救い出すため。
私は前へと進む決意を、胸の奥まで刻みこんだ。





