31話 敵をおびき出すためのデート
第二王子派の刺客をおびき出すため、学園の休日を利用して私たちは王都の街へと外出することになった。
活気に満ちた王都の商業区を歩きながら、私は隣を歩くフェイランを見上げる。
「ねえ、これ……敵を誘い出すための行動なのよね?」
「ああ、そうだよ。そのために、あえて人目が集中する一番賑やかな大通りを選んで歩いているんだ」
「そこまでは理解できるのだけど! な、なんで私たちの手、こうなっちゃっているの!?」
私がちらりと視線を落とすと、そこにはフェイランの指が、私の指の間を絡めとっていた。
いわゆる恋人繋ぎのまま、私たちはまるで仲睦まじいカップルのように街を練り歩いている。
「ただの恋人同士の外出に見せかけた方が、相手の警戒も薄れるからね。敵の油断を誘えるし、俺はジゼルと二人きりでデートができて役得だし……ほら、良いこと尽くしだろう?」
「デ、デート……!」
「そうだよ。こんな風に二人で街をのんびり出かけるなんて、この先しばらくは難しいだろうからね。第二王子派の刺客が現れるまでは、心ゆくまでこの時間を楽しもう」
フェイランは、昼の陽光よりも眩しく甘い微笑みを向けてくる。
対する私はというと、重なる手から伝わってくる彼の体温のせいで、心臓が爆発しそうなほど高鳴っていた。
前世の人生を通しても、まともなデートなんて一度も経験したことがない。
どう立ち振る舞えばいいのか分からず、私はひたすらあちこちに視線を泳がせるしかなかった。
「あ……あのお肉、すごく美味しそう……!」
挙動不審に視線を泳がせていた私の目に、ふと屋台で焼かれている香ばしい串焼き肉が飛び込んできた。
香辛料と、肉汁が滴る香りが、お腹の空腹感を刺激してくる。
「はは……ジゼル。命を狙われている状況でも、しっかり食欲は湧くんだね」
「そ、そんなことないわよ! 全然! お腹なんてこれっぽっちも空いていないんだから!」
「遠慮しなくていいよ。俺がしっかり毒見をするから、一緒に買ってみようか」
フェイランは私の必死の強がりを丸ごと聞き流すと、屋台の店主へ硬貨を渡し、肉の串焼きを一本買い求めた。
一国の尊い王太子が、庶民の屋台で串焼きを買っている光景はどこか奇妙にも映る。
「ほら、ジゼル。俺が先に一口食べたから大丈夫だ。食べてごらん」
「それなら……せっかくだから遠慮なくいただきます!」
差し出された、こんがりと絶品の色合いに焼かれた串焼きを受け取る。
私は食欲の誘惑に敗北し、大きく口を開けて思い切りかぶりついた。
「……! 美味しい……!」
「はは、口に合って良かった。他に欲しいものがあれば何でも遠慮なく言ってね。全部俺が買ってあげるからさ」
「私だって一応侯爵家の令嬢なのよ! それくらいのお金なら自分でも……」
「そこは俺に花を持たせてほしい、という話だよ。ジゼルをこうしてエスコートできて、実は胸が躍るくらい嬉しくてたまらないんだ。だから今日は全部、俺に甘えて任せてほしい」
串焼きを食べ終えると、フェイランは当然のように再び私の指に自分の指を絡め直し、屋台街を歩き始めた。
見上げる彼の横顔は、いつもの笑みよりもどこか幼く、本当に心から楽しんでいるように見えた。
その後も、甘い焼き菓子が香る出店や、子どもたちが歓声をあげる遊戯の屋台を巡った。
命を狙われている危険な状況だというのに、私はフェイランのエスコートに身を委ね、ただただのんきに休日を満喫してしまっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、街は少しずつ黄金色の夕暮れ時に染まり始める。
「フェイラン、あなた自身は何か欲しいものはないの?」
「俺の? 俺はジゼルと一緒に過ごせているだけで、他には何も――」
「そういうことじゃなくて! フェイランが私に色々としてくれたみたいに、私もフェイランに何かプレゼントをしてあげたいの!」
「本当に君がいるだけで十分なんだけどね。……でも、そうだな」
フェイランがふと周囲を見渡すと、路地の角にある小さな屋台へ目を留めた。
そこには、色とりどりの天然石や、銀細工で作られた装飾品がずらりと並べられている。
「ジゼルとおそろいのアクセサリーがあれば嬉しいかな。正式な婚約発表の前でも、君が俺の恋人だと周りに分からせるためのね」
「おそろいの……! ええ、もちろん! 日常的にずっと身につけられるものが良いかしら?」
私はウキウキと屋台へ歩み寄り、陳列された装飾品を端から順に吟味していく。
ネックレス、アンクレット、チョーカーなど種類は様々だ。
その中から、ふと目についたひとつのペアとなっている美しい装飾品を手に取った。
「指輪なんてどうかしら? これなら剣を握る時でも、邪魔にならないんじゃない?」
「それは確かにそうだけどね。……指輪はできれば、別の機会にしたいかな」
フェイランが私の背後からそっと身を寄せ、耳元へ唇を触れさせるほどの距離で、熱い吐息とともに囁く。
「指輪は……結婚式の時に俺から贈らせてほしい。君の指先を彩るのに相応しい、世界で一番最高級の品をね」
「ふあぁっ!?」
店主のおじさんの生温かい微笑ましい眼差しを受け止めながら、私は顔が沸騰しそうなほど真っ赤に染まった。
フェイランの言う通り、今の私たちにとって指輪はあまりに特別な意味を持ちすぎる。
将来の結婚を改めて意識してしまい、胸がうるさいほどバクバクと跳ね鳴る。
「そ、それなら……この腕輪はどうかしら!? ほら、赤と青の石が対になっていて素敵だわ!」
私は誤魔化すように、目の前にあった銀のバングル風の腕輪を持ち上げ、面白そうに私を観察していたフェイランに見せる。
「良いね、すごく綺麗だ。それじゃあ、これを貰おうか」
フェイランが店主に代金を支払っている間、私は手に乗せた二つの腕輪をじっと眺めた。
「ねえフェイラン、これサイズ調整ができるみたいだから……私が赤い石のついた腕輪をもらってもいい?」
「もちろんだよ。でも、どうしてだい?」
「赤は……あなたの美しい瞳の色と同じでしょう? 私、フェイランの瞳がすごく好きだから……」
気恥ずかしさに顔を火照らせながらも、私はフェイランを見つめて微笑みを浮かべた。
フェイランは目を見開いた後、慈しむような笑みを返してくれた。
「……俺の瞳をそんな風に言ってくれるのは、世界中でジゼルだけだよ。分かった、それじゃあ青い石の腕輪は俺が大切に身につけておくね」
私たちは夕暮れの光の中で、お互いの手首に銀の腕輪をはめ合った。
たったそれだけのことなのに、二人の絆がより一層強く、深く結ばれたような充足感が胸を満たしていく。
「それにしても……肝心の刺客は、なかなか現れないわね……」
「ああ、そのことなんだけどね。今、影から合図があったよ」
フェイランが手首の青い腕輪をかすかに揺らし、私に向かってそっと手を差し出す。
「どうやら、あいつらが痺れを切らして現れたみたいだ。……さあ、気は進まないけれど、邪魔者を片付けに行こうか」





