30話 命を狙ってくる第二王子派の来訪
鳥の清らかなさえずり。
カーテンの隙間からこぼれ落ちる柔らかい朝陽が、私のまぶたを撫でた。
「ん……」
あれだけパニックになって緊張していたはずなのに、いつの間にかすっかり熟睡していたらしい。
ゆっくりと目を覚ますと、視界に見慣れない天蓋ベッドの天井が広がっていた。
「おはよう、ジゼル。よく眠れたかい?」
「ひゃあ!?」
横からふいに降ってきた低い声に驚いて振り返ると、至近距離でフェイランが頬杖をつきながら、愛おしそうに私を見つめていた。
気のせいか、昨夜眠りについた時より距離が詰まっている気がする。
「お、おはようフェイラン。……あなたも、よく眠れたかしら?」
「今まで生きてきた中で、文句なしに最高の睡眠だったよ。ジゼルの温もりと熱をすぐそばで感じながらまどろむのは、至福の極みだね。夢の中でも、ずっと君が俺のとなりにいてくれた」
「それって……全然熟睡できていなくない……?」
フェイランの顔をじっくりと観察してみるが、確かにお肌のツヤも良い気がする。
彼は穏やかに目元をゆるめると、上体を起こして窓の外へ視線を向けた。
「それに……昨日の夜は、もう刺客が襲ってこないと分かっていたからね」
「どういうこと?」
「今日……あの第二王子が、正式にこの国へ乗り込んでくるんだよ」
「えええええ!?」
衝撃の事実を受け止めきれず、私は弾かれたようにベッドから飛び起きた。
第二王子は、フェイランの命を長年狙い続けている宿敵であり、今回の毒殺未遂の首謀者だ。
そんな危険人物が、まさかこの国へと直々にやってくる。
「な、なんでわざわざ今、この国に来るの……!?」
「表向きは親善訪問ということになっているけれどね。本当の狙いは、この国の後ろ盾を自分側につけて、俺を完全に孤立させて殺すことさ」
「この国の……後ろ盾?」
「闇の魔力を打倒できる力が、この国には存在するだろう? ……君もよく知っている女の子だ」
フェイランの言葉に、私はある一人の可愛らしい少女の顔を頭に浮かべた。
「……リリア!」
「そう。万が一、彼女の光属性が敵側に回ったら、さすがの俺も少し厄介だからね」
「でも、リリアがあなたを殺すなんて絶対にあり得ないわ! あんなに優しくて良い子が……!」
「国家ぐるみで圧力をかけられたら分からないよ。例えば、彼女の家族や友人を人質に取られるとかね。あいつらがこの国を取り込もうとしているのは、そういった汚いカードを手に入れるためでもあるのさ」
「そんな……っ」
フェイランとリリアが政治の闇に巻き込まれ、敵として対立する。
もし第二王子派の思惑通りになったら、想像を絶する最悪の未来が待っているのかもしれない。
「俺とルドルフ殿下が演習場で決闘したのも、あいつらには好都合な追い風だったんだろうね。他国から見れば、王太子同士の仲が冷え切っているように映るから」
「まあ、それは確かに……。もしかして、私が軽率に決闘なんて申し込んだせいで、かなりの悪手になっちゃったの……!?」
「そこは君が気に病む必要はないよ。……それでね、あいつが王城に入る前に、こちらから先手を打とうかと思っているんだ」
フェイランはベッドから降りると、朝日が差し込む窓辺へと静かに歩み寄った。
紺色の髪を朝焼けの染め上げながら、その紅玉の瞳を冷ややかに、そして妖しく細める。
「あえて俺がわかりやすい隙を見せて、向こうから襲いかからせる。そして捕らえた刺客から第二王子の隠れ家を吐かせて、そのまま乗り込んで捕縛するのさ」
「捕縛……!? でも、他国の第二王子を勝手に捕らえたりして、フェイランの立場は大丈夫なの?」
「大義名分なんていくらでも後から捏造できるから問題ないよ。……だからジゼル、今日は一日、俺と一緒に行動してほしい。君自身が狙われている以上、俺のすぐ隣にいるのが一番安全だからね」
「もちろんよ! 私だって、その第二王子派の横暴を黙って見てなんていられないわ!」
もし将来的にフェイランと添い遂げるのだとすれば、第二王子派の刺客という脅威は遅かれ早かれ乗り越えなければならない壁だ。
それならば今ここで一気に倒してしまった方が、フェイランと私にとっても、何よりこの世界の平和にとっても安心と言える。
「ありがとう、ジゼル。君には指一本触れさせないから、安心して俺に守られていてね」
「私だって鍛えているんだから、守られてばかりじゃないわ! 背中は任せて!」
「その頼もしい気概は嬉しいけれど……あちらは毒も、倫理を無視した卑劣な罠も平気で使ってくる。……絶対に俺から離れないでね?」
「ええ、分かったわ!」
私は両手を強く握りしめ、困ったように笑うフェイランを力強く見つめ返した。
けれど、この時の私はまだ何も分かっていなかったのだ。
フェイランがどれほど絶大な力を秘めているのか。
そして、どれだけ残酷な世界と戦い続けてきたのかを。





