28話 恋人の部屋で、二人きりの時間
「えええええ!?」
唐突すぎる同居宣言に、私は学園外まで届きそうな大絶叫をあげて拒否した。
だが、その決死の抵抗もフェイランのどこまでも穏やかな微笑みによって爽やかに受け流される。
あれよあれよという間に、私は彼のすみかへと連れ込まれてしまったのだった。
「俺の部屋に来るのは初めてだったね」
「そ、そうね……」
フェイランは隣国の王太子という特別な立場上、学園寮内の特別棟を丸々貸し切る形で生活している。
どれだけ仲が良いとはいえ、私ですらこれまで一度も足を踏み入れたことはなかった。
「お、お邪魔します……」
扉の先に広がっていたのは、贅を尽くした空間だった。
天蓋付きの巨大なベッドに、磨き上げられた姿見、繊細な彫刻が施された最高級の調度品。
どこを切り取っても、その高級感は一線を画していた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。食事や飲み物は必ず毒見させるから安心してね」
「それはすごく助かるけれど……あの、そうじゃなくて!」
「……ああ。俺に何か手をだされないか心配ってことかい?」
「いや、その、違……違わなくもないけれど! 単純に二人きりで男の人の私室にいるのが、どうしてもソワソワしちゃうの……!」
「大丈夫だよ、ジゼル。婚前に手を出してしまうほど、俺は節操のない男じゃないさ」
扉の前で所在なさげに身を固くしていた私の元へ歩み寄ると、フェイランは耳元へそっと唇を寄せてささやいてくる。
「……それとも、本当は手を出してほしかったのかな?」
「そ、そんなわけないでしょー!」
「はは、冗談だよ。……ジゼルの返答次第では、本当にしてもよかったけれど」
「変なこと言わないで! と、ところで……私はどこで寝ればいいのかしら……?」
部屋の中をキョロキョロと見回すが、エキストラベッドなどは見当たらない。
嫌な予感が脳裏をよぎり、私は隣に立つフェイランをおそるおそる見上げた。
「ま、まさか……」
「うん、そのまさかだよ。俺と一緒に、このベッドで寝るんだ」
「へ!? あ、でも、ほら! 二人だと狭いかもしれないでしょ!? 私、そこのフカフカなソファで寝るから……!」
「十分すぎるほど広いベッドなのは、一目見れば分かるだろう? ……夜が楽しみだね、ジゼル。安心して眠るといいよ」
「全然寝られる気がしないんですけど!?」
焦る私とは対照的に、心底楽しそうに笑みを浮かべるフェイラン。
私は頭を抱えてその場にうずくまるしかなかった。
◇
そうこうしている間にも夜の帳は降りていく。
「はぁ……どうしてこうなっちゃったのかしら……」
なんだか最近、この言葉ばかりを口にしている気がする。
先に湯浴みをすませた私は、着慣れないネグリジェのまま所在なくソファに腰掛けたり、意味もなく窓辺から外を眺めたりして落ち着かない時間を過ごしていた。
(ともかく、私が殺されたりしないように全力を尽くさなきゃ。フェイランの手綱を握れるのは、世界中で私しかいないんだから……!)
万が一私に何かがあった時、彼がどんな恐ろしい行動に出るか。
絶望の果てに世界を滅ぼそうとしても、今の彼なら何も不思議ではない気がしてしまう。
「フェイラン……。私が絶対にあなたを守ってみせるからね……!」
「はは、それは頼もしいな」
「ほわぁ!?」
窓から視線を外して振り返った瞬間、すぐそばに黒いバスガウンを羽織ったフェイランが立っていた。
「ジゼル、さっきから油断しすぎじゃないかい? 俺が守るとはいえ、もう少し警戒した方がいいよ」
「ご、ごめんなさい……」
見上げるフェイランの紺色の髪はしっとりと艶やかで、湯上がり独特の甘い香りが漂ってくる。
ガウンの胸元からは、薄暗い部屋の光の中で鍛え上げられた胸板が覗いており、いつも以上に色気を放っていた。
「まあ……でも今のジゼルは、俺に襲われないか警戒をした方がいいかもしれないね」
「ちょっとフェイラン! さっき、何もしないって言ったじゃない!」
「もちろんだよ。既成事実を作って逃げられなくしようとか、一生消えない記憶を刻み込もうとか……そんなこと一切考えていないよ?」
「……ほ、本当に?」
彼の不穏で具体的な言葉に、余計に胸の動悸が激しくなる。
私の疑いの視線を察したのか、フェイランはふっと表情を柔らかく緩めた。
「俺がジゼルを傷つけることなんて絶対にないよ。……もしそんなことをしたら、俺自身が自分を許せなくなってしまう」





