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星空の下で誓う、二人だけの永遠

王都に戻ってから数日後、エレナ・ヴァレンティアは、朝から落ち着かない時間を過ごしていた。


机の上には、結婚式に関する書類が何枚も並んでいる。


式の日取り、招待する人々、会場の装飾、衣装の相談。


ルシアンと婚約したという事実は、今でも夢のようだった。


左手の薬指に輝く青い宝石の指輪を見るたび、あの夕暮れの庭園が目に浮かぶ。


彼が片膝をつき、自分の意志で未来を選びたいと告げてくれたこと。


そして、自分も彼と結婚したいと答えたこと。


思い出すだけで頬が熱くなる。


「……エレナ様、先ほどから同じ書類を三度ご覧になっていますよ」


侍女の声に、エレナははっと顔を上げた。


「そ、そうでしたか?」


「はい。何か気になることでも?」


「いいえ。少し、考え事をしていただけです」


侍女は微笑ましそうに頷いた。


「ルシアン殿下との結婚式が楽しみなのですね」


「……はい」


エレナは小さく頷いた。


「とても、楽しみです」


けれど、それと同じくらい緊張していた。


これから始まるのは、ただの儀式ではない。


ルシアンと夫婦になり、これからの人生を共に歩んでいくための、大切な一日なのだから。



その日の午後、エレナはルシアンに呼ばれ、王城の庭園へ向かった。


そこは、二人が婚約を交わした場所だった。


白い花と青い花が咲く小道。

静かに水を湛える噴水。

夕暮れになると、石畳が柔らかな金色に染まる東屋。


何も変わっていない。


けれど、エレナにとっては、以前とは違う場所に思えた。


「ルシアン様、お待たせしました」


「来てくれてありがとう、エレナ」


彼はいつものように微笑んだ。


黒みがかった青い髪と、深い青の瞳。


その姿を見るだけで、エレナの胸は温かくなる。


「今日は、何かお話があるのですか?」


「ああ。結婚式について、君と相談したいことがあってね」


「式の日取りでしょうか?」


「それもあるけれど、今日はもっと大切なことだよ」


ルシアンは彼女の手を取った。


「僕たちの結婚式を、どんな日にしたいか。君の希望を聞きたいんだ」


エレナは少し考えた。


「そうですね……。華やかな式も素敵だと思います。でも、私は、皆が心から祝福してくれるような式にしたいです」


「皆、というのは?」


「お父様やお母様に関わる人たち、私を支えてくれた方々。それから、読書室の子どもたちも」


そう答えたあと、エレナは少しだけ不安そうに眉を下げた。


「ただ、王族の結婚式に子どもたちを招待するのは、難しいでしょうか……?」


ルシアンは、すぐには答えなかった。


やがて、穏やかに笑った。


「難しいことはあるかもしれない。でも、最初から諦める必要はないよ。安全面や式の進行を考えながら、皆が参加できる方法を探そう」


「本当ですか?」


「ああ。君にとって大切な人たちなら、僕にとっても大切にしたい人たちだから」


エレナの目が輝いた。


「ありがとうございます!」


「それに、あの王冠をかぶった鳥の作者たちが来ないと、僕たちの式は少し寂しいかもしれない」


「ふふっ。きっと、鳥の席も用意してほしいと言われますね」


「それは困ったな。王族の席順に詳しい鳥とは、まだ知り合いになっていないんだ」


エレナは思わず笑った。


「もう、ルシアン様ったら!」


二人の笑い声が、庭園に響いた。


その後も、式についての相談は続いた。


花の色。

音楽。

招待客。

そして、二人がどんな言葉を交わしたいか。


話し合うたびに、結婚式が少しずつ現実のものになっていく。


けれど、エレナの心には、一つだけ気になっていることがあった。


「ルシアン様」


「うん?」


「結婚式の日、あなたはどんなことを考えるのでしょうか?」


ルシアンは、彼女を見つめた。


「そうだね……。きっと、君と初めて出会った日のことを思い出すと思う」


「初めて出会った日……」


「君がどんな顔をしていたのか。何を話したのか。あのとき、君のことをもっと知りたいと思った気持ちも」


彼は、エレナの手をそっと握った。


「そして、今日まで一緒に歩いてきた時間を思い返すと思う」


「……私も、同じだと思います」


「それなら、当日は二人とも、昔のことを思い出して泣いてしまうかもしれないね」


「そ、そんなこと……!」


エレナは慌てて否定しかけたが、彼の顔を見て言葉を止めた。


ルシアンも、真剣にそう思っているのだとわかったからだ。


「……泣いてしまうかもしれません」


彼女は小さく笑った。


「でも、そのときは、隣にいてくださいね」


「もちろん」


ルシアンは迷いなく答えた。


「君が泣いても、笑っても、僕は隣にいるよ」



その頃、読書室では、ミレイユ・ローゼンが子どもたちに囲まれていた。


「エレナお姉ちゃん、もうすぐ結婚するんだよね?」


「そうよ。準備をしているところだって聞いたわ」


「結婚式って、お城でやるの?」


「きっと、とてもきれいなんだろうな!」


子どもたちの声が次々に飛び交う。


ミレイユは笑いながら頷いた。


「ええ。きっと素敵な式になるわ」


「ミレイユお姉ちゃんも、いつか結婚するの?」


その質問に、彼女は持っていた本を落としかけた。


「えっ!?」


子どもたちは不思議そうに首を傾げた。


「だって、カイルお兄ちゃんと仲がいいから!」


「そうそう! この前も一緒に来てたよ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


ミレイユは顔を真っ赤にした。


「仲がいいのと、結婚するのは別でしょう!?」


「でも、好きなんじゃないの?」


「そ、それは……!」


言葉に詰まった瞬間、読書室の入口から声がした。


「何の話をしているのですか?」


振り返ると、カイル・フェルディナが立っていた。


ミレイユは固まった。


子どもたちは、待っていましたと言わんばかりに彼を取り囲む。


「カイルお兄ちゃん! ミレイユお姉ちゃんと結婚するの?」


「なっ……!?」


今度はカイルが固まった。


「い、いったい何の話ですか!」


「だって、二人とも仲がいいから!」


カイルはミレイユを見た。


ミレイユは両手で顔を覆っていた。


「……お願いだから、誰かこの場をどうにかしてちょうだい……」


「ミレイユ嬢、落ち着いてください」


「あなたも落ち着きすぎなのよ!」


子どもたちが一斉に笑い出す。


カイルは困ったように眉を寄せたが、子どもたちを叱ることはしなかった。


「……皆さん。結婚というのは、とても大切な約束です。二人が互いに望んで、これからの人生を共に歩きたいと思ったときに考えるものですよ」


「じゃあ、カイルお兄ちゃんは、ミレイユお姉ちゃんと一緒に歩きたいの?」


無邪気な質問に、カイルは言葉を失った。


ミレイユも、顔を覆っていた手を少しだけ下ろした。


二人の視線が、ほんの一瞬だけ重なる。


カイルは、真面目な顔で答えた。


「……はい。私は、ミレイユ嬢と一緒に歩いていきたいと思っています」


ミレイユの頬が、再び赤く染まった。


子どもたちは歓声を上げた。


「わあっ!」


「本当だ!」


「じゃあ、いつ結婚するの?」


「皆さん、そこまでにしてください!」


カイルの声が読書室に響いた。


しかし、耳まで赤くなっている彼を見て、ミレイユはとうとう笑ってしまった。


「……もう、あなたって本当に正直ね」


「質問に答えただけです」


「そういうところよ」


ミレイユは、そっと彼の隣に立った。


「でも……嬉しかったわ」


その小さな声は、子どもたちの笑い声に紛れて、カイルにだけ届いた。


彼は彼女を見つめ、静かに微笑んだ。


「……それなら、よかったです」


まだ二人の関係に、明確な名前はついていない。


それでも、以前よりも互いの気持ちが近づいていることを、二人とも感じていた。



夕方、エレナとルシアンは、結婚式の相談を終えたあと、城の高台にある回廊を歩いていた。


空は茜色から紫色へと移り変わり、最初の星が姿を現している。


エレナは、左手の指輪にそっと触れた。


「……不思議ですね」


「何が?」


「ついこの間まで、私は自分の未来について、こんなに具体的に考えたことがありませんでした」


ルシアンは、彼女の言葉を静かに聞いていた。


「今は、結婚式のことを考えたり、これから暮らす場所について話したり。そんな未来が、本当に自分の手の届くところにあるのだと思うと……少し、夢のようです」


「夢ではないよ」


ルシアンは彼女の手を取った。


「でも、夢のように感じるくらい幸せなら、僕も嬉しい」


エレナは微笑んだ。


「あなたは、これからどんな人生を送りたいですか?」


ルシアンは少し考えた。


「まずは、君と一緒に暮らす毎日を大切にしたい。君が書く物語を読んで、旅の計画を立てて、時には何もせずに一日を過ごす」


「何もしない日も、必要ですね」


「そうだね。君が本を読んでいる隣で、僕が書類を片づける日もあるかもしれない」


「それは、少し仕事をしすぎではありませんか?」


「……気をつけるよ」


エレナはくすくすと笑った。


「それから?」


「君が望むなら、また旅に出たい。君が行きたい場所を訪れて、僕が見たいものも君に見てもらう」


ルシアンは、夜空を見上げた。


「そして、いつか年を重ねたとき、今日までのことを二人で振り返りたい。あの町では何を食べたとか、あの旅では道に迷ったとか。そんな話を、何度も繰り返しながらね」


「ふふっ。きっと、同じ話を何度もするのでしょうね」


「君が飽きるまで付き合うよ」


「私も、あなたが飽きるまで付き合います」


二人は笑い合った。


そして、しばらくの間、星空を見つめた。


エレナは、彼の手を握り直した。


「ルシアン様」


「うん?」


「私たちの結婚式が終わっても、また一緒に旅をしましょうね」


「もちろん」


「読書室にも、帰りましょう。子どもたちに、旅の続きを聞かせたいです」


「ああ。あの鳥の冒険も、まだ終わっていないからね」


「そうでした。次は、どんな国へ行くのでしょう?」


「それは、君と相談して決めよう」


ルシアンは彼女を見つめた。


「これから先のことは、全部、二人で決めていきたい」


エレナは、穏やかに微笑んだ。


「はい。私も、その未来を望んでいます」


彼は彼女の額に口づけた。


エレナは少し照れながらも、今度は自分から彼の手を引き寄せた。


「……もう一度、キスしてくださいますか?」


ルシアンは驚いたあと、嬉しそうに笑った。


「喜んで」


二人の唇が、優しく重なった。


夜空には星が増え、城の灯りが一つずつ輝き始めていた。


結婚式の日は、まだ少し先にある。


準備すべきことも、話し合うべきことも、たくさん残っている。


けれど、二人の心はもう、同じ未来を見つめていた。


運命が二人を出会わせたのだとしても、その先を選ぶのは二人自身。


そして二人は、これからも何度でも、互いの手を取り直すだろう。


その約束を胸に、エレナとルシアンは星空の下を歩いていった。


まだ始まったばかりの、新しい人生へ向かって。

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