ⅩⅩⅢー4 火の異能
■火の異能
みんながばあちゃんを見た。
「村長さま……」
「うむ。わかっておる」
「どうなさるおつもりで?」
「そうよのう。まだ五歳じゃ。早すぎるの……」
「ですが、あのお力は、わしらが長年求めてきたもの」
「そうじゃな……。マキに期待したが、マキは違うようであった。まさか、アイリに力が発現しようとはの。父親の血が混ざったからかもしれん。ともかく、火を操る異能は、最高度の異能の一つじゃが、危険も多い。こたびのことはアイリには教えずにおく。あの子のトラウマになるかもしれんからの」
「それがよろしいかと」
ばあちゃんは思案した上で切り出した。
「どうやら、マキもアイリも五里霧の谷の洞窟を使っておるようじゃ」
「なんと! あの魔の谷の?」
とたんにざわめきが大きくなった。
「あの霧をくぐり抜けるなど至難のわざ。それができると言うのですか?」
「そうじゃ。わしも霧を超えることはできぬゆえ、洞窟に何があるかまではわからん。ただ、マキがいろいろなものを洞窟に残しておったようじゃ。アイリはそれをもとに学び、工夫しておる」
また、みながざわめいた。
「マキさまはご自身でルキアに行き、学ばれました。アイリさまはどうなさいますか?」
「ふーむ。あの子の力を伸ばすには、いつまでもこの村に置いておくわけにはいかん。じゃが、手立てがのう……」
よそ者が火によって追い払われて半年ほどたった頃、村を二人の女性が訪れた。一人は非常に美しい女性だった。
彼女はアユと名乗り、村長である老女に丁寧に挨拶した。
「半年前に、われらの軍があらぬ誤解をし、みなさまにご迷惑をおかけしたようでございますね。深くお詫び申し上げます。正式な詫びと補償については、改めて政府からご連絡があると思います」
旧政府軍と反政府軍の戦いはもう五年も続いていた。半年前の戦いが山場で、旧政府軍の狩り出しが行われたという。そのとき、旧政府軍が逃げ込む先として想定されたのが、二十年前のクーデター事件の時、旧政府軍によって目こぼしされた小さな村々という。事実、いくつかの村に旧政府軍が立てもこり、最後の抵抗をした。
一月前にようやく決着がつき、反政府軍が勝利を収めた。いまは臨時の新政府が樹立され、ようやく政治が動き始めたとか。女性は新政府軍指導者の名代として、いまは政府軍となったもとの反政府軍が犯した過ちをつぐなうために村々を回っているという。
アユは、焼け落ちた村の惨状に胸を痛めた。村の再建に必要な資金を援助したいという。
村長も村人もこれを固辞した。支援を受けるのは、従属するのと同じこと――いままでろくなことはなかった。多額の金が急速に出回ると、他の村から恨みを買い、自然のリズムを活かした自給自足の村の経済も破綻する。
アユは、村長の丁寧な固辞の言葉を頷きながら受け止めた。
「承知いたしました。では、何かほかにわたくしどもができることはございませんか?」
村人たちの目が隅っこに座る小さな女の子に向けられたのをアユは見逃さなかった。
「この村には子どもはそちらの女の子だけのようですね。ここでは教育も難しいでしょう。いかがですか? わたくしに預けていただければ、ルキアできちんと教育を受けることができるよう手配いたします」
女の子が目を怒らせてアユを見た。
「ヤダ! ばあちゃんと離れるのはイヤ! この村を出たくない!」
アユは静かに女の子を見た。利発そうな強い目をした美しい女の子だった。
「本人がイヤだというのを無理強いはできませんね。では、その気になったら改めてご連絡ください。それまで時々教材の代わりになるようなものをお届けしましょう。あ、そうそう。いま手元にある本を置いていきます。どうぞご利用ください」
アユは連れの者に命じて、女の子の前にきれいな絵本を置いた。
「キサラギ・シンの絵本です。気に入ればいいのですが」
アイリの目が絵本の表紙に釘付けになった。アイリがばあちゃんを見た。ばあちゃんが頷くとアイリは絵本を開き、夢中で読み始めた。
不思議な絵だった。森の中で、人とも獣ともつかぬ者たちが伸びやかに歌い踊っている姿がきれいな色で精緻に描かれていた。ばあちゃんの目が一瞬光った。
(これは、伝説に言う〈禁忌の森〉……)
アイリが絵本に夢中になっているうちに、女性は去り、村人も自宅に戻ったようだ。アイリは何度も何度も絵本を読み直した。
日を置かず、いろいろなものがアイリ宛に届けられた。幼児向けの教材から小学生向けの本、そして、なぜか数学の専門書まで。アイリが熱中したのは数学書だった。それを知ったアユは、さらに関連書をどんどん届けてきた。パソコンも送り届けられた。新政府は国中にインターネットを配備するよう急ピッチで動いていた。火の谷の村もその恩恵を受けた。軍事政権で禁じられていた諸外国の情報が手軽に入るようになった。アイリはこれにも強い関心を示した。
村長はこのままこの才能豊かな子をこの村に留め置くことはできないと考えた。アユに丁寧な手紙を書き、アイリの世話を委ねたのである。
出発の日までアイリは何も知らされなかった。いつものようにコシロと遊び、洞窟で過ごして戻ってくると、旅支度が調えられていた。
アイリは頑強に抵抗した。その抵抗はあまりに激しかった。
向こうから大声があがった。
「火事だ! 逃げろ!」
迎えに来た車と向かいの家が燃えていた。シロとコシロがつながれている。アイリは向かいの家に飛び込んだ。向かいの家のおじさんがアイリを助けるために火の中に走り込んだ。間に合わせの家は脆い。細い柱はすぐにくずおれ、屋根が落ちた。
激しく燃え上がる炎が収まったころ、おじさんが柱の下敷きになって息も絶え絶えだった。その下にアイリがいた。アイリはコシロを抱えていた。アイリは気を失っていた。
■病院
アイリがゆっくりと目を覚ました。
ばあちゃんが見守っていた。
「おうおう。やっと目覚めたか。どうじゃ、痛うないか?」
アイリは首を振った。痛くはないが、奇妙な感じだ。片方の腕と足に感覚がない。
「あたし、どーしてここにおるの?」
「大やけどでな。おまけに屋根の重さで潰されてしもうての。膝から下の左足と肘から下の左手は切り取らざるを得なかったんじゃ」
「片っぽの足も手もない?……」
「そうじゃ。じゃが、義手も義足もあるでな。落ち込むではないぞ」
「どーしてやけどしたの?」
ばあちゃんが驚いたようにアイリを見た。
「覚えておらんのか?」
アイリが首をかしげている。
「覚えておらんなら、そのほうがええじゃろの」
「?」
「ここは病院じゃ。おまえは火事に巻き込まれての。一週間ほど意識がなかったんじゃ」
「火事?」
「そうじゃ。向かいのおじさんの家が焼けての」
「えっ? おじちゃんは? シロとコシロは?」
「おじさんはこの病院に入院しとる。なんとか命は助かった。コシロは村で元気でおるぞ。シロはダメじゃったがの」
アイリは呆然とした。
「シロ……死んだ?」
「うむ……。コシロを守ろうとしたんじゃな」
アイリの目が涙でいっぱいになった。
「いつ帰れる?」
ばあちゃんは心配そうな目を隠さず、アイリに諭すように言った。
「しばらくは帰れん。ここで治療とリハビリが必要じゃ」
「リハビリ?」
「そうじゃ。まずは歩く練習をせねばな」
「ばあちゃんはずっとここにおる? コシロは来んの?」
「ずっとおりたいが、村の畑をほおって置くわけにもいかんでの。それに病院にはイヌを入れることはできん」
アイリは肩を落とした。ばあちゃんはアイリの背中を撫でた。
――この幼い子がひとりぼっちになる。
「ときどきは会いにくるでな」
「うん……」
アイリは気丈に耐えていた。涙をまぶたに浮かべながら、唇を噛みしめ、顔を青ざめながらも、そう言った。
「枕元には、新しい絵本が届いておるで。数学の本もあるぞ」
アイリは力なく本に手を伸ばした。本があっても、ばあちゃんはいなくなる。コシロにも会えない……。
「そんなにイヤじゃったんじゃな。おまえに無理をさせてしもうた。ワシの責任じゃ。アイリよ、許せ」
「ばあちゃんとコシロのそばにいたいもん。ずっと一緒にいたい!」
「そうじゃの。わしもおまえと過ごしたいぞ。ずっと一緒におりたい。じゃが、わしは先に死ぬ。おまえの許を去らねばならん。そのとき、おまえがひとりでも生きていけるようになっておらねば、わしは死んでも死に切れん」
「……」
「学ぶことは財産ぞ。だれにも奪われぬ財産じゃ。土地や金は奪われても、知恵と知識を奪うことはできん。わしらのように何も持たん者がただ一つ手にすることができるのが学びじゃ。おまえの母もこのルキアで学んだ。そして、すぐれた研究者になった。母の論文を掲載した雑誌がこれじゃ。母を誇りに思え。そして、母の思いを受け継げ。おまえならできるはずじゃ」
アイリは雑誌を手に取った。知らない文字で書かれている。
「あたし、ばあちゃんにウソついてた」
「なんじゃ?」
「五里霧の谷の洞窟にいつも行ってた……」
「知っておる」
「ごめん……」
「よい、よい」
「その洞窟には、いろんな本や道具があったんだ」
「おまえの母のものじゃろうな。母もまた洞窟に通っておったからの。あれもまた、わしの言いつけなど聞かんかったわい」
アイリはほんのり笑顔になった。あの洞窟で、母は何かの実験をし、父は木兎を削っていたのだろうか。
「手と足がないんなら、自分でつくる!」
「おお、そうか! それはええの。おまえならできるぞ」
「だから、手と足をつくれるところに行きたい!」




