ⅩⅫー5 濡れ衣
■再会
サアムが結婚して三年たった。夫妻には男の子が生まれたと言う。大統領は初孫に大喜びで、サアムへの信頼も日増しに高まっているとか。半年前、サアムは科学技術省副大臣に任じられた。大統領の決定にだれも逆らえなかった。大統領は独裁傾向を強めていた。
サアムが担当副大臣になって、アカデメイアへの留学枠が増えた。マキも選ばれた。サアムはマキとの約束を守ってくれたのだ。サアムと会うことはなくなった。サアムは研究をやめ、政治家になったからだ。
アカデメイア留学研究者の壮行会を兼ねて、副大臣との謁見が行われた。サアムは壇上にいた。一人一人に許可状が渡された。一番若いマイは最後だった。正面で見たサアムは、かつての軽さを封印していた。それとともに、マキへの初恋も――。儀礼的な微笑みをマキに見せただけで、それ以上はマキを見なかった。
――これが現実だ……。何を期待してたんだろう?
官邸を出たマキは、振り返った。サアムがどこにいるかわからない。だが、どこかで見ている気がした。でも、それはほんの一瞬で、すぐにマキは踵を返して、去っていった。
サアムは副大臣室の窓からマキを見ていた。変わっていない。彼女はあのときのまま、まっすぐだ。髪が伸び、ずいぶん落ち着いた雰囲気にはなっていた。
――ボクもバカだな……。いまだに何を期待してるんだろう?
マキの姿が見えなくなっても、サアムは見続けた。ひょっとしたら戻って来るかも……。ひょっとしたらボクを呼ぶかも……。
――ありえない……。
ひとたび分かれた道は交わらない。
「副大臣。お客さまです」
秘書の声に振り返り、サアムは執務に戻った。
■アカデメイアへの留学
すべてが新鮮だった。
レッティーナはマキを歓迎してくれた。
カトマール政府批判の動きをしない限り、研究活動は自由にできた。カトマールではネット情報の閲覧が制限されていたが、アカデメイアではそんなことはない。「自由」とは、こんなにステキなものなのか!
サアムは、なぜ、これを手放したのだろう? カトマール内戦の折、サアムの他にも、カトマールから何人もがアカデメイアに留学していたという。家族を処刑された者のほとんどはそのまま亡命した。亡命者狩りは厳しかったが、守ってくれる組織があったらしく、アカデメイアへの留学生はみな逃げおおせた。後にアカデメイアに復帰した者もいるらしい。だが、彼らの情報は厳しく管理されていて、マキにはわからなかった。
留学二年目が終わろうとしたある日、レッティーナが顔をこわばらせてマキの部屋に来た。すぐについてこいと言う。彼女の部屋に一緒に出向いた。
「カトマールが危ないみたい。しばらくここにいたほうがいい」
「え?」
「サアムのお父さんが逮捕された。大統領の暗殺だって」
「えええっ?」
「大統領は死んだ。でも、サアムは行方不明。父親に加担したんじゃないかって疑われている」
「まさか! 彼はそんなことするはずない。きっと濡れ衣だ!」
「わたしもそう思う。怪しいのは副大統領一派ね。あまりにも都合良くコトが進んでる。リエンスキー将軍は冤罪だと思う。でも、救いようがない」
「……サアムの子どもは?」
「彼の妻と息子は副大統領が無事保護したと宣伝してる。大統領はそれなりに人気があったからね。大統領の家族を守るという名目で監禁するのは、国民を騙すにはいい方法だわね」
「サアムなら、取り戻しに行くんじゃ?」
「いや、行かないと思う。ううん、行けない。おそらくこのまま離婚させられて、縁を切らされるわね。その方が妻子を守れるから、サアムには別の選択肢はない。副大統領も、革命の英雄である大統領の娘と孫を殺すことはできないはず。軟禁状態で保護するでしょう。それはサアムにもわかっているはず」
「……」
「だけど、サアムには容赦ないわよ。共犯者に仕立て上げられて、つかまったら処刑されるわ」
レッティーナによると、この政変で留学支援が打ち切りになり、カトマール留学生はみんなカトマールへの帰国を命じられる可能性が高いという。マキも例外ではない。
彼女の提案は、亡命だった。亡命するなら協力するという。
「あなたみたいに優れた研究者をむざむざ失うのは、世界の損失よ」
マキはレッティーナを見た。
サアムと同じように、彼女もマキを大切にしてくれる。マキはレッティーナの手をしっかり握った。
「ありがとう! あなたの恩は忘れない。でも、わたしは帰る。カトマールへ」
「マキ……」
「国には祖母と弟がいる。わたしが亡命したら、二人がつかまる。それだけじゃない。村の人たちにもきっと報復がある」
「……きっと戻ってくるのよ。ここに戻ってきなさい!」
「ウン……」
カトマール大使館に出向くと、留学生が集められていた。レッティーナが言った通り、帰国が命じられた。国に非常事態宣言が出されている。帰国するまで大使館の監視下におかれるという。
あと少しで完成する論文を放棄せざるを得ない。カトマールに戻れば、同じ条件での研究は難しい。マキは、成果をレッティーナに預けた。彼女はマキを筆頭著者にして、成果を補完し、公表すると約束した。




