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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第二十二章 五里霧の谷
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ⅩⅫー5 濡れ衣

■再会

 サアムが結婚して三年たった。夫妻には男の子が生まれたと言う。大統領は初孫に大喜びで、サアムへの信頼も日増しに高まっているとか。半年前、サアムは科学技術省副大臣に任じられた。大統領の決定にだれも逆らえなかった。大統領は独裁傾向を強めていた。


 サアムが担当副大臣になって、アカデメイアへの留学枠が増えた。マキも選ばれた。サアムはマキとの約束を守ってくれたのだ。サアムと会うことはなくなった。サアムは研究をやめ、政治家になったからだ。


 アカデメイア留学研究者の壮行会を兼ねて、副大臣との謁見が行われた。サアムは壇上にいた。一人一人に許可状が渡された。一番若いマイは最後だった。正面で見たサアムは、かつての軽さを封印していた。それとともに、マキへの初恋も――。儀礼的な微笑みをマキに見せただけで、それ以上はマキを見なかった。


――これが現実だ……。何を期待してたんだろう?


 官邸を出たマキは、振り返った。サアムがどこにいるかわからない。だが、どこかで見ている気がした。でも、それはほんの一瞬で、すぐにマキは踵を返して、去っていった。


 サアムは副大臣室の窓からマキを見ていた。変わっていない。彼女はあのときのまま、まっすぐだ。髪が伸び、ずいぶん落ち着いた雰囲気にはなっていた。


――ボクもバカだな……。いまだに何を期待してるんだろう?


 マキの姿が見えなくなっても、サアムは見続けた。ひょっとしたら戻って来るかも……。ひょっとしたらボクを呼ぶかも……。


――ありえない……。

 ひとたび分かれた道は交わらない。


「副大臣。お客さまです」

 秘書の声に振り返り、サアムは執務に戻った。


■アカデメイアへの留学

 すべてが新鮮だった。

 レッティーナはマキを歓迎してくれた。


 カトマール政府批判の動きをしない限り、研究活動は自由にできた。カトマールではネット情報の閲覧が制限されていたが、アカデメイアではそんなことはない。「自由」とは、こんなにステキなものなのか!


 サアムは、なぜ、これを手放したのだろう? カトマール内戦の折、サアムの他にも、カトマールから何人もがアカデメイアに留学していたという。家族を処刑された者のほとんどはそのまま亡命した。亡命者狩りは厳しかったが、守ってくれる組織があったらしく、アカデメイアへの留学生はみな逃げおおせた。後にアカデメイアに復帰した者もいるらしい。だが、彼らの情報は厳しく管理されていて、マキにはわからなかった。


 留学二年目が終わろうとしたある日、レッティーナが顔をこわばらせてマキの部屋に来た。すぐについてこいと言う。彼女の部屋に一緒に出向いた。


「カトマールが危ないみたい。しばらくここにいたほうがいい」

「え?」

「サアムのお父さんが逮捕された。大統領の暗殺だって」

「えええっ?」

「大統領は死んだ。でも、サアムは行方不明。父親に加担したんじゃないかって疑われている」

「まさか! 彼はそんなことするはずない。きっと()(ぎぬ)だ!」

「わたしもそう思う。怪しいのは副大統領一派ね。あまりにも都合良くコトが進んでる。リエンスキー将軍は冤罪だと思う。でも、救いようがない」


「……サアムの子どもは?」

「彼の妻と息子は副大統領が無事保護したと宣伝してる。大統領はそれなりに人気があったからね。大統領の家族を守るという名目で監禁するのは、国民を騙すにはいい方法だわね」

「サアムなら、取り戻しに行くんじゃ?」

「いや、行かないと思う。ううん、行けない。おそらくこのまま離婚させられて、縁を切らされるわね。その方が妻子を守れるから、サアムには別の選択肢はない。副大統領も、革命の英雄である大統領の娘と孫を殺すことはできないはず。軟禁状態で保護するでしょう。それはサアムにもわかっているはず」

「……」

「だけど、サアムには容赦ないわよ。共犯者に仕立て上げられて、つかまったら処刑されるわ」


 レッティーナによると、この政変で留学支援が打ち切りになり、カトマール留学生はみんなカトマールへの帰国を命じられる可能性が高いという。マキも例外ではない。


 彼女の提案は、亡命だった。亡命するなら協力するという。

「あなたみたいに優れた研究者をむざむざ失うのは、世界の損失よ」


 マキはレッティーナを見た。

 サアムと同じように、彼女もマキを大切にしてくれる。マキはレッティーナの手をしっかり握った。


「ありがとう! あなたの恩は忘れない。でも、わたしは帰る。カトマールへ」

「マキ……」

「国には祖母と弟がいる。わたしが亡命したら、二人がつかまる。それだけじゃない。村の人たちにもきっと報復がある」

「……きっと戻ってくるのよ。ここに戻ってきなさい!」

「ウン……」


 カトマール大使館に出向くと、留学生が集められていた。レッティーナが言った通り、帰国が命じられた。国に非常事態宣言が出されている。帰国するまで大使館の監視下におかれるという。


 あと少しで完成する論文を放棄せざるを得ない。カトマールに戻れば、同じ条件での研究は難しい。マキは、成果をレッティーナに預けた。彼女はマキを筆頭著者にして、成果を補完し、公表すると約束した。

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