ⅩⅫー1 火の山の谷
■火の山
火の山は今日も煙を吐いている。
何度も火焔と溶岩を吐き散らしてきた活火山だ。その危険を知ってなお、火の山の谷にしか住めない民がいる。マキはその民の一人だった。
マキは山を見上げた。この猛々しさが好きだ。人間のちっぽけさをあざ笑うような自然の力。火口から吹き上げる火焔は容赦ない。これほど傲岸な強さと非情な意思が欲しい。マキはいつもそう思っていた。
噴火は突然だった。十歳にもならぬ頃――月もない夜。
暗闇に突き上がった炎は、谷に溶岩を垂れ流した。ささやかな畑はすべて埋もれた。粗末な家はほとんどが潰され、燃えた。何人もの村人が逃げ遅れた。呆然としながらもあきらめに似た表情で村人は自分たちの村が失われるのを眺めた。
マキの父も母も火砕流に巻き込まれた。弟を救うためだった。泥だらけの弟は助かった。だが、父も母も戻らなかった。恐怖で声も上げられない小さな弟をマキは抱き締めた。自然は容赦ない。自然をコントロールできると思うなど、どれほど不遜か。
村人は、溶岩に覆われなかったささやかな土地に新しい村を築いた。だが、この村とて、いずれは炎にまみれ、溶岩に覆われるだろう。マキ姉弟を引き取った祖母の家で、マキは以前よりもいっそう雄々しくそびえる火の山を見上げた。
村は貧しい。祖母の家にも資産はない。村中が貧しいため、わずかな食べ物を分け合っている。元気な若者は村を出ていく。そして、帰ってこない。村は老人と幼い子どもだけになってしまった。マキは決めた。
――十五になったらこの村を出ていく。だが、必ず戻ってくる。
わたしは火の山を恨まない。火の山の谷を見捨てない。
■十五歳の旅立ち
十五の春、マキは家を出た。わずかな路銀だけを握り締めて。
カトマールの都ルキアはものものしかった。帝政が廃止され、臨時の軍事政権が成立してほぼ一年。内戦はまだ続いている。この政権に対して、反政府勢力がクーデターを計画したという。首謀者は皇帝だとか。帝政復活を図り、協力したのは皇帝家に近い異能者集団という。
クーデターを未然に防ぐことができたと臨時政府は胸を張っている。クーデター関係者はすべて処刑されるらしい。軍隊が警備を強め、都への出入りを厳しくチェックしていた。貧しい身なりのマキは都に入れてもらえなかった。何人もが同じ境遇だった。彼らの話が耳に入る。
「皇帝陛下が処刑されたんだとさ。子どもも含めて、一家皆殺しだって……怖いよなあ」
「大貴族もみんな殺されたらしいよ。政府に反対するヤツは、庶民でもみんなとっつかまってるってさ」
兵士がつかつかと寄ってきて、大声を張り上げた。
「貴様ら、なにをグズグズ言っとる? これ以上しゃべると捕まえるぞ。とっとと散れ!」
蜘蛛の子を散らすように、門前の人だかりが消えた。残ったのはマキだけだった。
「おい、小娘! 聞こえなかったのか?」
「いえ、聞こえました。でも、わたしは、都に住む人に用事があるんです。中に入れてください!」
マキは精一杯大きな声を出した。はっきりとよどみなく。兵士はマキを銃身で小突いた。よろけながらもマキは逃げなかった。どこへ逃げるというのか? 金はない。知り合いもいない。ただ、都に住む「あの人」だけが頼りだったのに……。
「誰に会いたいのか?」
背後から声がした。立派な黒塗りの車だった。シュルルと窓が開き、立派な服を着た軍人が少し見えた。
「閣下!」
兵士が最敬礼した。後に座っているのは、将軍なのか、いっぱい勲章をつけている。尋ねたのは、運転席の隣にいた軍人だった。
マキは精一杯の力を振り絞った。足はわなないていた。
「カ……カトマール帝国大学の地質学教授です」
軍人が顔を歪めた。兵士が笑いを堪えた。
「カトマール帝国大学は閉鎖された。知らないのか?」
「へ……閉鎖?」
「クーデターに関与したからだ。教授たちは全員解雇された。いま都にいるのは、処刑を待っている教授たちだけだ」
「処刑?」
マキは驚いたが、気丈に答えた。
「わたしは火の山から来ました。教授と約束したものを届けに来たのです。お住まいを教えていただけませんか?」
「火の山? 教授と約束? いったい何を持ってきたのだ? 場合によってはわたしが渡してやってもよい」
「いえ。それはできません。これについて説明できるのはわたしだけです」
マキはふところからこぶし大の岩塊を取り出した。
「なんだ? その石ころは?」
「たいへん価値があるものです。教授であればおわかりかと」
軍人がさらに何か言おうとするのを、奥の立派な将軍が止めるのが見えた。
一瞬、軍人がひるんだ。彼は兵士に何事かを命じた。兵士はマキを拘束した。軍人が酷薄そうな笑みを浮かべて言いのけた。
「将軍閣下のお情けだ。城内には入れてやろう。だが、牢だ。おまえが言っていることが本当かどうかを確かめる」
牢には多くの者が拘束されていた。
マキは女牢に放り込まれた。尋問で拷問を受けたのだろう。多くの者の服には乾いた血がこびりついていた。だが、だれも泣き叫ぶような真似はしなかった。会話は禁じられており、互いがいったい誰なのか、わからなかった。
毎日のように人が減っていった。順々に処刑されているという。牢内の女性の誰一人として、犯罪者には見えなかった。上品で知的な顔立ちの女性がほとんどで、抵抗もせず、覚悟を決めているようなたたずまいだった。
■取引
五日後、ほとんど人がいなくなった牢でマキが呼び出しをくった。牢番に伴われて行った先には、一人の女性がいた。
「おまえがこの岩塊を持ってきた者か?」
威厳のある声で、眼光は鋭かった。マキを観察しているようだった。
「はい」とマキは答えた。
「火の山と申したそうだな?」
「そうです」
「おまえが訪ねてきた教授はもういない。先日処刑されたばかりだ。大逆罪だ。その者と関わりがあるというだけで、おまえも大逆罪に問われるのだぞ」
「わたしはその岩塊の価値を知るお方に現物をお持ちしただけです」
「ふむ。おまえはこれにいかなる価値があると思うのか?」
「それは申せません。申し上げたとたん、わたしの首は飛ぶでしょうから」
女性はじっとマキを見て、笑い声をあげた。
「なかなか賢い娘だ。おまえは、この岩塊の価値を知り、これを見つけた場所を知っている。そして、それが国全体を揺るがすほどの価値を持つことも知っている。そう言いたいのだな?」
「……」
「ふむ。まあ、よい。おまえのような小娘一人くらい、どうとでもなる。われわれは、おまえやおまえの家族の首をいますぐ刎ねることができるのだぞ」
マキは耐えていた。まっすぐ立っていることができただけでもたいしたものだった。
「この石は、火の山の石であろう。火の山の一帯を探すことなどわけもない」
「……」
「おまえはこの都に来て、何をするつもりだった? 岩塊を渡すだけだったとは思えん。岩塊をわたす見返りに何かを望むつもりだったのではないか?」
マキは息を呑んだ。この女性の迫力に負けてはならない。
「そのとおりです。わたしは教授のつてで、大学で学ぶつもりでした。それだけの価値がその岩塊にはあり、その岩塊を見つけるだけの知識がわたしにはあります」
「たかが、石ころではないか?」
「はい、たかが石ころです。ですが、それは非常に稀な石ころで、火の山一帯を探しても見つかりはしないでしょう」
「ほう……おまえだけが知るというのか?」
「はい。そのために五年をかけました」
「なるほどの。処刑した教授はその石ころのことは一言も口にせなんだが、それについてどう考える?」
「当然でしょう。この石の価値を知ればこそ、安易に口にしないと思います」
「ふむ。だが、もうその人物はこの世におらぬ」
「教授の処刑は国の損失です。火の山の地質にもっとも詳しい学者をカトマールは失ってしまいました。その岩塊のことだけではありません。火の山という活火山の活動についても分析し、地球の謎にまで迫れる人物をカトマールは失ってしまったのですから」
女性は冷たい目をしたまま、口の端をわずかに上げた。
「あからさまな政府批判だな。命が惜しいとは思わんのか?」
「……そうとられるのなら仕方ありません。どうせ村に戻っても生きる術はありません」
「ふうむ」
女性はマキから目を逸らし、しばらく考え込んだ。
「おまえは地質学を学びたかったのか?」
「はい、そうです。教授は岩塊を見つければ、学問を教えると約束してくれました」
「約束のう……。騙されたとは思わんのか? 帝国大学に入るには入学試験に合格せねばならん。個人的な伝手で入れるものではないぞ」
「知っています。わたしなら合格できます」
「自信家だの」
「はい。そのための努力もしてきました」
「だが、もはや帝国大学はない。帝国が崩壊したからの」
「そう聞きました」
「だが、それに代わるものはあるぞ。わたしはその責任者の一人だ。おまえが望むなら紹介してやってもよい」
マキは女性をしかと見つめた。
「条件は何ですか?」




