ⅩⅪー3 二つの薬草
■天月草
五十年も前のことだ。
カトマール薬師長セイは、皇帝ファウンに付き添って、天月に出向いた。非公式とはいえ、カトマール皇帝が天月宗主を訪問するのははじめてのこと。
出迎えたのは、天月宗主ソン。宗主ソンは、若き天月士の頃、カトマール帝国大学に留学して学んだ。当時、世界最高峰の大学であり、ウル学研究の拠点であったからだ。その時、カトマール皇子ルオと親しくなった。皇位継承者はルオの兄。皇帝の次男であったルオは、多忙な兄を尻目に気ままな学生生活を送っていた。ソンもまた一介の天月士に過ぎなかった。二人とも互いに守るべき伝統とは無縁で、希望と夢に満ちた若者だった。意気投合するのは早かった。
いつも二人一緒に行動した。二人であちこちを巡った。日本、シャンラ、ミン国、バルジャ、蓬莱群島……。身分を気にすることなく、自由に動いた。ほぼ二年にわたり、自由時間を謳歌していたが、別離が訪れた。兄が急逝し、ルオが皇太子になったのだ。ルオは自由を奪われ、権威を与えられた。
ルオと過ごせないのならば、カトマールにいる意味はない……ソンもまた天月に戻った。二年間の見聞はソンを大きく成長させた。まもなくソンは天月修士に任ぜられ、ルオが皇帝になってしばらくたった頃、ソンもまた宗主に選ばれた。気ままに会うことは難しくなった。だが、二人はときどき顔を合わせた。ソンは空間移動の異能をもち、ひそかにルオの許を訪れたからだ。
気ままな生活を長く続けたルオは、婚姻が遅かった。皇帝になる以上、妻帯は必須であり、子を儲ける義務があった。皇帝ルオは、香華族名門から美貌の姫を娶り、その母の血を色濃く継いだ娘が生まれた。たぐいまれな美貌をもつ娘ファウンは、香華族の異能も発揮した。ルオは喜んだ。ファウンの自由闊達な性格は、自分に似ていた。
ルオはできるだけファウンの個性を伸ばそうとした。平香華出身のセイを女官に抜擢したのも、皇宮に縛られることなく、ファウンにさまざまな世界を知ってもらいたかったからだ。
ファウンが十八になった頃、自由を愛した父帝ルオが病に倒れた。天月宗主は希少な天月草を精製してつくった薬を何度かルオに届けた。それは高い効果があり、病は全快とは言えないまでも、進行が収まり、父帝の表情も穏やかになった。まもなく、父帝は摂政ファウンに皇帝位を譲り、隠居して、治療に専念した。手持ちの天月草が底をつき、ソンはルオに薬を届けることができなくなった。ルオの病はぶり返したが、痛みは抑えられ、父帝は穏やかな最期を迎えることができた。ファウンは天月宗主に深く感謝した。
父帝崩御ののち、皇帝ファウンは、天月をひそかに訪れ、年老いた宗主に感謝を伝えた。皇帝ファウンに同行した女官長兼薬師長セイは、ファウンの許可を得て、希少な月香草のひと群れとセイが著した『香華薬草全書』を天月に献上することにした。
医薬術は、特定の人のみが独占する知識や技術であってはならない――それがセイの信念であり、ファウンもそれを支持した。天月宗主は非常に喜び、その感謝を込めて、返礼に『銀麗月薬草書』を贈呈したのである。
そして、ルオを偲びながら、天月草の話題になった。
天月草はまぼろしの薬草とのこと。ルオのためにわずかに残る現物を使い切っていた。セイが見ることができたのは、ホルマリン漬けの見本、詳細な絵、初代銀麗月が著したとされる薬草書の該当ページであった。
カトマールには天月草のような薬草はない。ただ、少し似たものが存在した。〈はぐれ香華〉が暮らす〈忘れられた村〉のさらに奥にある山の険しい崖に自生する薬草だ。セイが見つけ、月香草と名付けた。天月草よりやや小ぶりで、薬効は天月草にははるかに及ばない。ただ、滋養強壮の効果をもち、高雅な香りを放ち、精製すると飲み物としても清涼な味がする。今回献上したのは、この月香草だった。場所を選ぶ繊細な植物だが、天月であれば、適地が見つかるだろう。さすれば群生も期待できる。
カトマール皇帝と天月宗主の蜜月は、これで終わった。まもなく、宗主も他界したからだ。
次の宗主は、他国に関心を持たず、天月内政に専心した。規律を重んじる新宗主は、天月の山を自由に降りることを制限した。下界の不穏を天月内に持ち込まないためだ。カトマールで政変が起こったときも、天月はいっさい介入しなかった。しかし、天月を頼ってきた者を拒みはしなかった。
すべての国や政治・宗教に対して中立を維持する天月は、かえって信頼を集めた。リリアが弟レオンを連れて天月を目指したのは、天月にはカトマール勢力が絶対に踏み込めないことを知っていたからだ。
■月香草
二十年ほど前のことだ。シャンラ国王が体調を悪くした。
女王キハも王太子ロアンもこころから心配した。国王は、歴代の国王に比べても、たしかに秀でた能力をもつわけではない。けれども、情愛が深く、妻キハと一子ロアンをこよなく愛した。
遺伝病が疑われたが、そうではないらしい。主治医は、シャンラ王室医官長ギアム。シャンラ一の名医で、王太子ロアンの主治医ゲンの師にあたる。国王と王弟ダムを幼い時からずっと診てきた。思春期を迎えた二人に王家の遺伝病が発症しなかったことをだれより喜んだのはギアムである。ただ、健康そのもののダムに比べて、兄の国王は病気がちで、薬が欠かせなかった。
シャンラの医薬術は、カトマールの系譜をひくが、カトマールのレベルには遠く及ばない。ギアムもゲンも、若い頃にカトマール大学で学び、香華族の薬草学を学んだ。カトマールのアリア皇帝の夫君は、シャンラ国王とは学友であり、親友であった。夫君は、カトマール最高の薬師セイの薬草書をシャンラ国王に贈り、健康を祈念した。ギアムはセイと同世代で、面識があり、セイからさまざまな教示を受けていた。その一つが月香草だった。天月草については伝説になっているだけで、ギアムも現物を見たことはない。
ギアムは、国王に対して、幼少期からずっと月香草を処方してきた。副作用はなく、穏やかな効き目で、身体の免疫力が高まる。遺伝病の発症を抑える効果もありそうだとギアムは考えていた。しかし、治験データがあるわけではない。
王弟ダムには、薬を処方する必要はなかった。遺伝病は思春期以降に発症するが、その可能性は、通常、幼少時に断片的に現れる。高熱を出しやすい、風邪が長引く、アレルギーをもつ、など。つまり、免疫力が弱い者が発症しやすいことは、歴代の治療記録で確認されていた。
だが、当時、王太子だった国王は、思春期を迎えても、心配された発症はなかった。父王も、母女王も、ギアムも安堵した。これにより、王太子を正式に次期国王に任命するレールが敷かれ、婚約者も決められた。ヨミ族のキハだ。
万事順調だった。即位後、女王キハは王子を産み、王子ロアンは健康そのものだった。国王も発症せず、安泰に過ごしていた。
異変は突然だった。王位を継いで十五年ほどになる国王が、〈王の森〉で狩猟に出かけた折、風邪を引いた。いつもなら、月香草を処方すれば、しばらくして快癒した。だが、そのときに限って、症状がなかなか改善しない。ギアムは、ありとあらゆる手立てを探した。ゲンも手伝った。
ロアン王太子は、毎日父王を見舞い、自ら月香草を父王に飲ませた。ところが、意外なことが起こってしまった。女王と王太子の懸命な看病のおかげで、国王は回復した。だが、入れ替わりのように、王太子ロアンが熱を出したのだ。国王と同じ風邪の症状だったが、王よりは軽いとゲンは見立てた。
それまで病とは全く無縁だった王太子に、はじめて月香草が処方された。熱は引いた。みなが安堵した。王太子は念願のアカデメイア留学に旅だった。護衛のキュロスが付き添った。主治医のゲンは、定期的にアカデメイアに出向いて王太子の健康を管理した。
王太子が留学を終えて帰国してから、事態が急転した。王太子は自分が何かの病魔に侵されていることに気づいた。しかし、国王と女王を心配させまいと病を伏せるようゲンとキュロスに頼んだ。
ロアンもゲンも、まさか、王家の遺伝病とは露とも思わなかった。症状が違いすぎたからだ。ゲンは、月香草を処方し続けた。しかし、なぜか治癒しない.。
覚悟を決めたロアンは、アカデメイアにいったん出向いた。愛した女人に最期の別れを告げるつもりだった。帰国後、国王と女王に発症を打ち明け、婚約を解消し、〈王の森〉の離宮で密かに治療に入った。
ロアンは冷静だった。病気の進行度合いが異常だ。まるで、突然、病の遺伝子が活性化したかのように。病の遺伝子は通常は封印されており、表にでることはない。なのに、その封印を解き、遺伝子を大暴れさせている何かがある。




