第7話 カップルこそ相合傘なんてしない
その日の放課後。
用事を済ませたあと生徒玄関に行くと、屋根の下で灰色の空を眺めている少女がいた。
「あ、真太!」
少女はこちらに気が付くと、色を取り戻したようにニコッと笑う。
「あ、稲荷さん。まだ帰ってなかったんだ」
「うん。ちょっと困っちゃってて」
「何かあった?」
「じ、実はね、か、傘……忘れちゃったのっ。だからどうしようかなーって」
「え。いや、リュックから折り畳み傘、はみ出てるけど」
彼女は風を切る勢いで首を捻り、はみ出したそれを確認する。
そして悪いのは俺だと言わんばかりに、瞼が半分伏せられた灰色の目をこちらに向けてきた。
「とりあえず濡れて風邪引くと良くないから。ちゃんとそれ差して」
「わかったよぉ」
不満そうに下唇を突き出す彼女と、お互い傘を差し、並んで歩き始める。
「もぅ、次はほんとに忘れてきちゃうんだからね」
「じゃあ次からは2本持ってくるようにする」
「いらぬ優しさ……。あ。ていうかさ、今度体育祭あるみたいだね。聞いた?」
「あぁ、さっき先生から聞いたよ」
実は俺の下校が遅くなったのも、その事で職員室に呼び出されていたため。
先生は退院して間もない俺が参加できるか心配していたが、バスケでの動きを見て問題ないと判断したそうだ。
早くクラスに馴染んでもらうためにも、できるだけ参加してほしいとの事だった。
「真太も参加できるの?」
「うん。体は大丈夫だし。一応負担が少ない借り物競争でってことになってるけど」
「そっか! じゃあ一緒に楽しめるんだねっ」
「うん」
一番気にしていたのはクラスメイトとの距離感だったが、団体競技ではない借り物競争ならどうにかやり過ごせるはず。
どちらにしろ、あの居心地の悪い教室はなんとかしないといけないが……。
「稲荷さんは何の競技出るの?」
「私は玉入れと綱引き! あとマスゲームも出るよ!」
「そうなんだ。マスゲームってなに?」
「女の子たちが踊ったりするやつだよ。転校してきたばっかりなのに、センターやってほしいって言われちゃって……へへ」
人差し指で頬をポリポリしつつ、傘の下から恥ずかしそうに顔を出す稲荷さん。
華はあるし、センターには向いてるだろう。こっちは上手くやっているようで何よりだ。
「なんでも、今回のテーマは『退廃した世紀末の荒野に舞い降りた、美しく気高き孤高の鳳凰』なんだってさ」
……あれ?人選ミスじゃね?
なんか世界観も物騒だし。
「おぉ~。だ、大抜擢じゃん」
「えっへへ~。私、頑張って練習するからね。見ててねっ!」
「うん、楽しみにしてるよ。どんな風に仕上がるか」
しばらく一緒に歩き続け、もうすぐ自分のアパートに着くという辺り。
相変わらず灰色な空の下、必死に玉入れの攻略法を思案している稲荷さんの方を向くと、彼女越しに1人の女子生徒が見えた。
自販機で飲み物を買っていたらしいその生徒は、教室で見たことがある顔。自分たちのクラスメイトだった。
「やっぱり玉入れはカゴの近くから投げるのが大事だと思うんだよね。だからどうやって高い所にいくかっていうのが──」
……稲荷さんは気付いていないのか。
俺は話したことないし、あの子に声をかけるまでもないな……。
そのままなんとなく稲荷さん越しに女子生徒を眺めていたところ、購入した飲み物を開けるそのタイミングで、その子はこちらの存在に気付いたようだった。
そして俺と目が合い、ペットボトルのキャップを持つ手を止める。
すると、そのままそそくさと傘を差し、それで顔を隠すように路地裏の方へ逃げていった。
──まるで、こちらに怯えているかのような顔だった。
「───とかはどうかな? って、どうしたの?真太」
「……え? あ、ごめん何でもない。たぶんさ、玉入れで肩車は反則なんじゃないかな」
「あ、そうなの?」
綺麗な狐色の髪に浮かんでいるのは、いくつもの雨粒。
「じゃあ、どうやって身長伸ばすかだね……。真太、一緒に考えて!」
ずっと冷たい雨が降っているのに。
彼女だけは、傘から顔を出してこちらに笑いかけていた。
*****
退院し、学校に通い始めてから数日。
昼休みを知らせるチャイムが鳴り、俺はまた久助を誘おうと自分の席を立つ。
「真太、今日はお昼一緒に食べようよ」
俺が立ち上がった瞬間、お弁当の袋を両手で抱えた稲荷さんが隣からヒソヒソと声を掛けてきた。
小声なのは、たぶんまだクラスメイトの前では付き合ってない設定を装いたいからだろう。
「ごめん。ちょっと今日も久助と話があって」
「え……。私、今日もヒトリ……?」
「ごめん。今度は一緒に食べるから」
「寂しくて……今日死んじゃうかも……」
呆然と真顔で立ち尽くす彼女は、ギリギリ聞こえるぐらいの声量でそう呟いた。
「ちゃんと成仏してください」
俺は手を合わせ、軽くお祈りして久助の机へ向かった。
久助はちょうど弁当を広げる前。
俺から声をかけると、返ってきたのは「もちろんOKだ」という嬉しそうな返事。
2人で昼食を持ち、魂が抜けたように力無く座っている稲荷さんの横を通り、教室の外へ出る。
一応、通るときにもう一度手を合わせておいた。
「お、今日はメロンパンなんだな」
「うん。購買のパンを制覇するのが、当面の目標」
「ハハ。それ2週間ぐらいで終わりそうだけどな」
今日も2人、屋上前の階段で昼食を広げる。
やはりここは誰も来ないし、聞かれたくない話をするにはもってこいの場所だ。
俺が今回久助を誘ったのも、また聞きたいことがあったため。今のところ唯一の相談相手である親友に、パンの袋を開けながら質問する。
「ねぇ久助、変なこと聞くけど。俺ってスマホは持ってた?」
「ん?当然持ってたぞ。そんなこと聞くってことは、もしかして失くしたのか?」
「うん。病院で目覚めた時から見つからなくて。家の中もよく探したけど、どこにもなかったんだ」
「そうか……。それでお前、ずっと連絡つかなかったんだな」
思えば、久助は初めて学校で会ったときから「連絡したのに」と言っていた。高校生という身分や親友の証言からも、自分がそもそもスマホを持っていなかったという線はないのだろう。
ということはやはり、入院している間にどこかに消えてしまったのか……。
「ごめん、せっかく連絡してくれてたのに」
「俺はいいんだ、そんなの気にすんな。でも、俺の他にも連絡くれてた奴はいただろうに、スマホがないならもうわかんねーな」
「いや、俺の心配してくれる人とか、もう他にいないでしょ」
自虐的なジョークで軽く返したつもりだったが、その台詞を聞いて、久助の顔が引き締まる。
そしてカチャリと響いたのは、彼が弁当箱の縁に箸を置いた音。
久助は口に残っていた何かをゆっくり飲み込むと、こちらにその深刻そうな顔を向けた。
「……真太。俺はお前の親友だ」
「……え、どうしたの急に。分かってる。もうちゃんと、信じてるよ」
久助は確かめるようにコクりと頷く。
「周りがどういう目で見てこようが、俺はお前の味方だ」
「うん。ありがと」
「だから、今から言うことは俺は信じちゃいないからな。それだけは理解した上で聞いてくれ」
「え…………うん」
俺が小さく唾を飲み込んだ後。
彼の口から出てきたのは、受け入れがたく、それでいてドロリと染み込んでくるような真実だった──。
「真太……お前、暴力事件を起こして休んでた事になってる」




