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第5話 何かの間違いだって言ってほしい


「ちょちょ、ちょっと待った。とりあえずこんなところで話す内容じゃなさそうだし、場所だけ変えない……?」



 俺がその場しのぎで移動の提案をすると、金髪少女は「そうね」と大人しくそれを受け入れた。

 そしてとりあえず近くの空き教室(理科室)に移動。中に誰もいないことを確認して入ると、彼女は大きな机に腕を組んで寄りかかる。



「で。さっきの続きだけどさ、君が返事をしに来たってことは、もしかして告白したの、俺……?」


「そう言ってるじゃない。って、そんなことより。その子、なんでここにいるのよ」



 彼女の視線の先……俺が斜め後ろを振り返ると、蒼白い顔で口をパクパクさせる少女───稲荷さんがいた。



「うわっ?!」


「コク……ハク……コ……コク……ハ……ク……」



 消えそうな程小さな声で、同じ単語を再生し続けている。



「い、稲荷さん?!」


「ちょっと、その子は関係ないんだから連れてこないでよ」


「いやっ、俺が連れてきたんじゃないって」


「じゃあ教室に置いてきなさいよ」



 金髪少女のごもっともな指摘。

 それに耳をピクリと動かした稲荷さんは、呪文の詠唱をやめ、ついに日本語を話し出した。



「…………わ、私、関係あるもん!」


「あなた今日転校してきた子よね? 江守が学校を休む前、私に告白してきたのよ。今日初めて来たあなたは関係ないでしょ?」


「こく……っっ! か、関係あるし……!」


「なにがあるって言うのよ」


「わ、私、真太の…………彼女だもん……!」


 

 稲荷さんは自分で宣言しておいて恥ずかしくなったのか、真っ赤にした顔を両手で覆い隠した。そして両手の中から、「言っちゃったっ……」と、小さく漏らす。


 

「なっ、なに言ってるのよ! 今日転校してきたのに、"実は付き合ってた"なんておかしいでしょ?!」



 おっしゃる通り。 

 金髪少女が完全に今までの俺の疑問をなぞっている。

 口を出したいことは山ほどあるが、稲荷さんがどう返すか観察するためにも、こちらが横槍を入れるわけにはいかない。



「え、遠距離恋愛だったの!」


「は、はぁ? 告白してきたのに遠距離の彼女がいるなんて、そんなの簡単に信じられるわけないでしょ? もういいわよ。江守、あんたが説明してよね」


「説明してと言われても。俺、何も覚えてないんだよね」



 どうやらこの少女は記憶喪失の事を何も知らないらしい。他のクラスの生徒だし、自分の話題性なんてそんなものなのだろう。

 怪訝な顔をする彼女に、俺は記憶を無くしたことをできるだけ簡潔に説明した。



「……そう。それは大変だったのね……。じゃあ話を戻すけど、もし()()この子が彼女っていうのが本当だとしたら……。あんた、相当な女たらしよ」


「そうだよ真太っ、私という者がありながら!」


「彼女がいるのに他の子にちょっかいかけるなんて、ふしだらにも程があるわ」


「そうだよ真太っ、信じてたのに!」

 

「待った待った。何も覚えてないんだけど、やっぱり俺が悪い感じ?」


「「あたりまえでしょ」」



 ここだけ息ピッタリに共鳴した彼女たちは、突き刺すように鋭い視線を向けてくる。

 


「でもまぁ、よく考えればこれだけは分かるわ。彼女がいるにも関わらず私に告白してくるってことは……。私が本命ってことね」


「なっ、なんでそうなるの?! 私が彼女なんだから私が本命でしょ?!」


「彼女を一番に想っているなら、二番目に手を出したりしないのよ。だから二番目が一番ってこと。つまり、江守の本命は私なのよ」


「ち、ちがうよっ。ちょっと魔が差しただけだもんね? 真太の本命は私だよね?」


「え、えぇ……」



 どっちを選んでもクズ男になるの確定じゃん……。

 2人の顔が見ていられず、俺は部屋の隅にあった骨格標本の方へ目を滑らせた。心なしか骸骨も自分を嘲笑(あざわら)っているように見える。 

 

 なんかちょっと、記憶思い出すの怖くなってきたかも。 



「まぁいいわ。今告白の返事をしたって、江守は覚えてないみたいだし。保留にしといてあげる」


「保留じゃなくて無効だよっ! 真太は覚えてないみたいだし。ねっ?」


「それならあなたが恋人なのも無効ね」



 稲荷さんは「ゔっ」と低い声を出して1歩後ずさる。

 そして少し考え込んだかと思えば、結局は腰に手を当て、自分もろとも納得させるかのように俺を説き伏せた。

 

 

「……や、やっぱり保留にしよう。ってことだから。分かった真太?」 

 

「え。ま、まぁ、保留にしてもらえるならそれで」


 

 金髪の少女も、腕を組んだまま「仕方ないわね」と呆れた表情をしている。


 

「前の俺の事情は分からないけど、とりあえず君の事も頑張って思い出すよ」


「君じゃなくて、金子 美耶(かねこ みや)だから。……こ、告白だけしておいて放置されるのも(しゃく)だし、ちゃんと思い出しなさいよねっ。まぁ、このポッと出の彼女がいいって言うなら、好きにすればいいけどっ」


「ポッと出……? そ、それはこっちの台詞なんだけど……!!」


 

 理科室の分厚い遮光カーテンの隙間から漏れ出た日の光。

 いつからかそれが真っ直ぐ横に延び、2人を隔てるように境界線を作っていた。


 

*****


 かろうじて日が落ちていない、カラスたちがねぐらに戻り始める時間帯。

 俺はまたアパートに帰ってきた。また、この相変わらず生活感がない、綺麗に整理された部屋に。


 帰るとき、付け回そうとする稲荷さんを()くのが大変だった。

 理科室の一件があり"彼女"という立ち位置をアピールしたいのか、「彼女だから一緒に帰る」とか、「彼女だから家まで送る」とか、その必死さは昨日以上だった。

 「男には一人になりたい時もある」と言って納得してもらえたが、「男の子の日なのね」と小恥ずかしそうに呟かれたので、本当は適当言ったことに少しだけ後悔している。



 それはさておき、ここからする事はただ1つ。

 ──この中から、俺の記憶に繋がる何かを探し出す。

 

 上着だけ脱ぎ捨てた俺は、早速部屋の中のあちこちを1つずつひっくり返し始めた。

 制服が入っていたチェスト、いくつも置いてあった収納ケース、まだ1度も開けていないクローゼットの中……。


  

 小一時間ぐらい捜索しただろうか。

 収納という収納は全て開けて確認した。しかし、出てきたものは学校で使う最低限の道具や生活必需品ばかり。

 

 結局、俺が捜していたもの──記憶への手掛かりは、何一つ出てこなかった。

 学校のみんなと共有できる物も、彼女がいたことを裏付ける物も。そして今回一番の目的としていた、自分のスマートフォンも。


 スマホが見つかれば、写真やメッセージのやりとりから過去の自分の動きがすぐに分かるはずだ。記憶を思い出せなくたって、証拠としてそれが残っているだけで十二分に役立つ。

 しかし、どこにもなかった。高校2年生、一人暮らしなのに。


 こんなに探して何も出てこないなんて、明らかにおかしい。

 まるで何者かに、意図的に排除されたかのような違和感だった。失くした記憶と共に、過去の自分の存在をまるごと消されてしまったかのような……。

 


 日が落ちて、部屋の中を深い闇が包み込む。

 クローゼットの前で立ち尽くしていた俺の脳裏に、一人の人物の顔が浮かんでいた。

 


 一丸 久助(いちまる きゅうすけ)

 今日、唯一俺を友人として受け入れてくれたクラスメイト。

 

 不思議に思っていた点はあった。

 まずは、久しぶりに登校してきて、今日1日で話しかけてきたクラスメイトが彼だけだったこと。

 いくら俺が不人気だろうが、普通もう数人ぐらいは話してくれるものだろう。それに彼が話しかけてくれるのとは対照的に、クラスメイトたちはどこか俺を腫れ物扱いしているかのようだった。確信とまではいかないが、こちらの視線を避け、距離を置かれていた気がする。


 そして、彼は言っていた。

「事故で記憶喪失になったと聞いた」……と。

 

 担任の先生が俺の記憶喪失の件を皆に伝えたのは、今朝のホームルームの時間だ。彼が俺に話しかけてきたよりも後のこと。

 

 もちろん、考えすぎなのかもしれない。

 親友なら、事前に先生から聞いている可能性は大いにあり得る。正真正銘、たった一人の友人なのかもしれない。



 しかし、証明することはできなかった。

 記憶も、思い出の物すらも残っていない自分には……。



 暗闇の中握りしめていたクローゼットの取っ手が、キリリとひりついた音を立てる。

 その音が妙に身体に響き、首の傷と、健康なはずの心臓が小さな針を突き立てられたように痛んだ。

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