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第4話 絶体絶命彼女


 転校生……?


 先生から紹介された稲荷さんは、皆の前で愛想よく丁寧に自己紹介している。

 そんな突然現れた可愛い転校生に、クラスメイトたちは男女問わずざわめき出した。かくいう俺も状況は呑み込めておらず、頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。

 

 昨日は彼女だと言っていた。

 なのにどうして、今日このタイミングで転校生として現れたんだ……。

 

 一通り自己紹介を終えると、「一番後ろの空いている席に」という先生の指示で、彼女はこちらの方に向かってきた。

 そして他生徒たちの横を通り抜け、俺のすぐ側でピタリと足を止める。


 

「よ、よろしくね~」

 


 こちらに軽く挨拶して、隣の席に座った。


 俺とは昨日会ったはず。割と長時間、一緒に話したはずだ。じゃあ何故この子はこんな余所余所しく挨拶してくる? 学校では俺と初対面を装うつもりなのか?


 いや、でも。

 その割には、結局座った後チラチラ見てくるな……。

 

 何を考えても謎ばかり。 

 教壇の上で先生が話す中、ずっと悶々としていた俺は小声で隣の少女に話しかけてみる。


 

「あ、あの……稲荷さん? 全然状況が分からないんだけど」



 彼女は髪を耳にかけ、首を軽く傾けてこちらを覗く。

 そして艶やかに微笑んだ後、人差し指をそっと自分の唇に当てた。



「シーーッ」



 


****** 


 カーーーン。カーーーン。

 

 何教科か授業を受け終わり、ついに訪れた昼休み。ここに来て初めての長い休憩時間だ。


 

「ねぇ、稲荷さん。お昼一緒にどう?」



 少し驚いた表情の彼女を連れ出し、人けのない場所を探すため教室を出る。

 

 出る時には背中からクラスメイトたちのヒソヒソ声が聞こえた。

 それもそのはず。ここまでの休み時間は複数のクラスメイトが稲荷さんに押し寄せ、俺たちの間にはずっと人の壁ができてしまっていた。居場所のなかった俺は、トイレとか意味のない校内散歩に行くしかなかったぐらいだ。

 

 クラスの話題は、完全に【記憶喪失の男子生徒<<<美少女転校生】なのである。


 

 (なまめ)かしく……というより不気味にウフフと微笑み続ける彼女を連れ、屋上へ続く階段を上がってみる。

 しかし残念ながら外への扉は施錠されてしまっていたので、仕方なく2人で手前の階段に腰かけた。薄暗くジメジメした、誰もいない空間に。


 

「ふぅ」


 

 彼女の口から出てきたのは、疲れと悲哀を吐き出したような大きなため息。

 

 

「稲荷さん、さっきからずっと黙ってるけど……」


「だって……」


  

 俺が声をかけると、彼女の不気味な仮面はすぐに剥がれ落ちた。

 

 

「出る時めっちゃ皆に見られてて緊張したんだもん……!!」


「はい?」


「教室出る時、すっごい注目されてたんだよ! し、真太が、『2人きりになりたい』なんて急に誘ってくるから!」


「なんかセリフ盛られてない?」 

 


 彼女はいつも通りだった。

 いや、まだ会って2日目なのだが。昨日と全然一緒だった。



「だって私、今日転校してきたばっかりなんだよ? あんまり波風立てたくないっていうか、目立ちたくないっていうか。割と無難なキャラで挑もうとしてるのに」


「もう十分目立ってるって。どう見ても本日の主役だったし。あとキャラバレも時間の問題だと思うけど?」


「い、一応ね、昨日の夜考えてきたの。どんな感じにしようかなって。いっそ最初から真太とのイチャイチャを見せつけて、皆からバカップル扱いされるのも、いいなぁ~って。……へ、へへ……」



 緩んでこぼれ落ちそうになった口元を両手で支える彼女。上を向いた視線は、ここからは見えない空……いや、宇宙の方へ向けられている。

 


「でも、気付いたの。敢えて皆の前では付き合ってない感じを装って、怪しまれたりして。裏で2人きりになった途端ラブラブになる……それもめちゃくちゃ、いいって……」


「大変だね」



 一瞬ムゥっと鋭い目つきで睨まれたが、「まぁお昼誘ってくれたのは嬉しかったけど」と彼女は自分のお弁当の袋を開け始める。


 俺も休み時間に買っておいた購買のパンの袋を開け、いただきますと手を合わせた。

 少しずつ千切りながらイチゴジャムパンの糖分を摂取していると、ハッとあることを思い出す。



「あっ、ねぇ、稲荷さん」


「どーしたの?」


「俺たちって恋人同士なんだよね?」


「も、もちろんそうだよっ?」


「じゃあなんで稲荷さんは今日転校してきたの? 元々別の高校だったわけでしょ?」


「え、えと。遠距離だったんだよ。私と真太」

 


 遠距離?

 高校生で遠距離なんて、中々あるものではない。実に怪しい。



「ふーん? じゃあ俺の学校での様子とかはあんまり知らないってこと?」


「うん、そうなの。ごめんね。でも、私は真太と同じ高校に通いたくて引っ越してきたんだよ? 記憶がなくて大変かもしれないけど、何か困ったことがあれば私が全力で支えるからねっ」



 まただ。

 昨日の帰り際見せてくれた、俺を包み込むような可愛らしい笑顔。

 この笑顔だけは嘘じゃないと信じたいものだ……。



「だからね、前のこととか、無理に思い出さなくていいから。これから一緒に楽しもうねっ」



 彼女はそう言うと、箸で掴んだ自分の卵焼きを嬉しそうに差し出してきた。

 「あーん」という優しい声と一緒に、俺の口に甘い卵焼きが突っ込まれる。


 

「どう?おいしいっ?」


「うん。甘い……」



 まだ記憶の手掛かりは何も見つかっていない。 

 でも、きっと自分の手で掴んでみせる。彼女との関係を続けながら。

 

 この、偽りかもしれない、怪しい関係を。

  

 


 

*****

 

 帰りのホームルームが終わり、俺は自分のスクールバッグに荷物を詰めていた。

 

 今日は帰ったらアパートの部屋にある荷物を確認しようと思っている。

 昨日は退院したばかりで何もする余裕がなかったが、部屋には思い出の物とかがあるかもしれない。それを見つけられれば、何か記憶を思い出すにキッカケにもなるだろう。

 

  

「江守……江守真太(えもり しんた)はどこ?」



 荷物を詰め終え立ち上がると、突然自分の名前を呼ぶ声がした。教室の後ろの出入口、俺のすぐ目の前だった。



「え?」


「あっ、いたわね! 返事をしに来てあげたわよ!」



 名前を呼んだのは、この学校の制服、この学年の生徒と同じ青色のリボン。腕を組んで見下ろすような角度に首を傾ける、金髪の少女。

 その強い眼光は、真っ直ぐに俺の方に向けられていた。

 


「え、なんて?」


「聞こえなかったの? だから、こ、()()()()()……! してあげるって言ってるの!」



 その言葉を聞いた瞬間、すぐそこで「ガサッ」と鞄が落ちる音がした。

 落としたのは隣にいる稲荷さん。俺の()()()彼女。

 

 突然明かされた衝撃の事実に、彼女の瞳は何を捉えるか──。


  

 いや、何も捉えてはいなかった。

 びっくりするぐらい大きくなったその瞳は、ぐるりと白目を剥いていた。

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