第31話 もうこれで終わりにする
「手紙って……」
「お、俺が、金子さんに想いを伝えようと思って、勇気を出したのに……!」
俺が金子さんに出したと言われていたラブレター。それが本当は吉崎から出したものだった……?
覚えていない。何がなんだか分からない。
「なんで、なんでよ……。あれは江守の名前が書いてあったのに……」
金子さんは眉をひそめて弱々しく拳を震わせている。
「俺だって知らない! きっと俺のことが嫌いな誰かがやったんだ! そうだ、江守がやったんじゃないのか?!」
「……っ! 江守がやるわけないじゃない!」
「金子さんの気を引こうとして、俺を蹴落とすためにやったんじゃないのか!」
「江守がやるわけない……! だって、だって……ずっと、おかしかった。ほんとはおかしいって分かってた……」
強い口調で言い返していた金子さんの顔が、言葉を重ねる毎に曇っていく。
そしてこちらへ向きを変えた彼女は、目を伏せながら静かに話し出した。
「江守、ごめん……。ずっと言えなかったけど、私、なんとなく分かってた。記憶を失う前のあんたを見てたから。あの手紙はきっと本心じゃないって。何かの間違いだって。なんとなく。分かってたの……」
「金子さん……」
彼女は悪くない。俺が孤立していても、ずっと味方でいてくれたんだ。何も悪いことなんて、ない。
「……わ、分かってたなら、おかしいと思ったなら、なんで何もしなかったんだ! なんで、なんで俺に目を向けてくれなかったんだ!」
「そんなこと……」
「なんで江守ばっかりなんだよ! なんでいつも江守が隣にいるんだよ! ……悪い噂を流しても、周りが避けるようになっても。なんで金子さんは、江守のことを疑わないんだよ! いつだって俺に頼ってくれればよかったのに! おかしいだろ! 江守は告白なんかしてないのに! 気付いてたなら、なんでそれでも江守と一緒にいるんだよ!」
耳に響く吉崎の声が、俺の頭を大きく揺らした。
うるさい。
なにを言ってるんだ。
なんで金子さんが責められているんだ。
なんで彼女が傷ついているんだ。
おかしい。こんなの、おかしい。
「うるさい!」
気付けば、自分の口から喉が痛む程の叫び声が出ていた。
「……吉崎君。君は、金子さんが好きなんじゃないのか? なんで彼女を傷つけるんだよ。なんで手を差しのべないんだよ。教室で、一番近くで、ずっと見ていたんじゃないのかよ……。なんで、その気持ちを素直にぶつけなかったんだよ」
「お前には分からない! 俺が普通にぶつかって、振り向いてもらえるわけがない! そんな中でやっと勇気を出したのに……! それがダメだったらもう、他の手段を取るしかなかったんだよ……!」
「それで俺を蹴落としても、君の評価は変わらない」
震えた吉崎の唇が、残された力で苦しい言葉を絞り出す。
「お、お、お前が悪いやつだって分かれば、きっと金子さんは近づかなくなって。そうしたらまた、教室で一人になるから。次は俺が、手を差しのべられるって……!」
「俺が悪いやつにされるだけじゃない。彼女が一人になるんだ。大事な人が傷つくんだ。なんで、周りも巻き込むんだよ……」
「それは……」
「体育祭のことだってそうだ。稲荷さんの衣装を切り裂いたのも君なんだろ。あんなことする必要はなかったはずなのに……」
「大切なものを傷つければ、稲荷茉子が傷つけば、きっとそっちに目を向けると思ったんだ」
「怪我……したんだぞ」
「衣装がはだけて、困らせるだけのつもりだった。マスゲームが失敗して落ち込んでくれれば、それでよかったんだ」
「いいわけ……ないだろ。たとえ落ちなかったとしても、それでいいわけない。……笑ってたんだ。自分が一番辛いはずなのに。稲荷さん、笑ってたんだよ」
彼女の顔が思い浮かび、吉崎へ向けていた怒りの感情が、次第に自分の中だけに収まっていく。
そして痛いほど跳ね返ってくる。自分の言葉が、自分への言葉として……。
「疑っても、何も言わなかった。何も言ってくれなかった。……でも、言ってくれたんだよ。俺に幸せになってほしいって。なんでそんな優しい彼女が、傷つかないといけないんだよ……」
傷つけたのは自分だった。
彼女を疑って。何が本当か分からなくなってしまって。俺が信じればよかったのは、彼女の気持ちだけだったのに。そんな簡単なこともできずに、あの笑顔を奪ってしまった。
「江守……」
力なく自身の腕を抱えていた金子さんは、俺を見てその顔に影を落とす。
そして小さな拳を握り直すと、振り返り、吉崎の方を向いた。
「吉崎。……あんたなんか、嫌い。もう私と関わらないで。江守とも関わらないで」
「そ、そんな……」
「もう、これで終わり。全部、これで終わり。……私が始めた勘違いだったんだから。……私が、終わらせる」
吉崎と向き合う金子さん。俺からその表情は見えていない。
でも、その静かな口調が、小さく見える肩が、俺には少し寂しそうに見えた。
膝から崩れた吉崎も、それ以上言い返すことはない。ただ涙を浮かべ、床を見つめるだけ。
「……江守。もうすぐ先生が来るから。後は私に任せてよ」
「……うん」
「あんた、行くとこあるんでしょ?」
顔の辺りを拭った彼女は、こちらを向き、穏やかに微笑んだ。
「ありがと。江守」
「なんで金子さんが……。お礼を言うのは俺の方で……」
「あーもうっ、早くしないとまた踏んづけるわよっ」
「ご、ごめん。でもありがと。俺、行くよ。……金子さん、また。またね」
「ふふっ」
最後に見せてくれた微笑みに、返事は付いていなかった。
それでも俺は走り出す。
教室を出て、ネクタイを乱暴に外しながら。稲荷さんの元へと──。




