第30話 犯人
週明けの登校日、俺は朝早めに登校した。
あのパソコン室で稲荷さんが出て行ってから、休日の間一度も連絡ができなかった。
今まで通り、何か真実を知ってしまうのが怖かったというのもある。でも、直接会って話したかった。
次はちゃんと二人きりで話したかった。ごめんね以外の言葉を言ってほしかったから。
しかし、自分の席でじっと登校を待っていても、なかなか彼女は現れない。
他のみんなが登校してきても、校門を閉める時間になっても、始業のチャイムが鳴っても、結局彼女が現れることはなかった。
隣は空席のまま。
唯一いつも話しかけてきていた隣の彼女がいないだけで、教室は随分と広く感じる。
チラチラと視線を送ってきていた彼女がいないだけで、授業はどこか静かに感じる。
……はぁ。
稲荷さんは今、何をしているのだろうか。何を思っているのだろうか。
それを考えているだけで、開かれている授業の内容なんてこれっぽっちも頭に入ってこなくなっていた。
そして放課後。
俺が自分の席で帰り支度をしていたところ。
教室に入ってきた一人の女子生徒が、俺に声をかけてきた。
「江守」
「金子さん。どうしたの?」
「ちょっと来て」
後をついて教室に出ると、少し行ったホールのところで彼女は立ち止まった。
そして真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「犯人が分かったわ」
「…………え?」
……犯人?
何の、犯人だ。
いや、ひとつしかない。
でも、なんで。どうして……。
「今からその人がいる教室に行くけど。江守も行くわよね」
「う、うん……」
「分かったわ。じゃあ付いてきて」
それだけを言って、彼女は静かに歩き出す。
「……金子さん。犯人って」
「入れば分かるわ」
「そ、そう。じゃあなんで見つかったの? 金子さんが見つけてくれたの?」
「ううん。先生よ。全部先生が解明してくれた。パソコンを使ってる人を炙り出して、掲示板のことも、メールのことも、たばこのことも、全部繋がってたって、全部特定してくれた」
「そ、そうなんだ……」
あれほど自分たちでどうにかしようとしていたのに、結局は大人の力に頼るなんて。
最初から頼ればよかったという後悔、それに今までの行動ひとつひとつが思い返され、頭の中をグルグルと回り出す。
「このこと、巳波さんや久助は知ってる?」
「何も伝えてないわ。まずはあんたにと思ったから。それに実際に会うのは私たち二人だけでいいと思う。もう、誰も巻き込まないで、私たちだけで」
「そうだね。それは俺も同じ気持ちだよ」
二人で進んでいくと、着いたのはひとつの空き教室。
教室の前で立ち止まり、金子さんはまた俺の顔を見つめる。
「江守、じゃあ入るわよ」
「うん」
この先で、分かるんだ。
俺が教室で一人だった理由が。
開かれたドアの向こうには、こちらに背を向け、一人の生徒が座っていた──。
*****
「吉崎、あんただったのね」
教室に入った金子さんが声をかけ、座っていた男子生徒は立ち上がってこちらに振り返る。振り返ったその人物の顔を見て、俺は言葉を失ってしまった。
そこにいたのは、メガネの男子生徒。
金子さんと同じ1年3組の生徒。
何度か教室で見かけたこともある。
借り物競争の時は俺の前を走っていた。
でも、ただそれだけ。それだけなんだ。
顔は覚えているけど、俺は名前すら知らないんだ。
なんでこの人なんだ。
意味が、分からない。
「吉崎、何か言いなさいよ」
吉崎と呼ばれた男子生徒は、立ち尽くしたまま無言を貫く。
「……金子さん。この人が、犯人ってこと?」
「そう。先生が突き止めてくれた。だから間違いないわ」
「そっか。じゃあ君が、掲示板に書き込みを……?」
「……あぁ、そうだよ」
不貞腐れた様子の吉崎は、低く聞こえづらい声でそう答えた。
「メールを送ってきたのも、たばこを仕込んだのも君なの?」
「……そうだよ」
「いや、でも、なんで……。俺、ほとんど接点ないし。話したことすらないから、なんで……」
「……ふ、ふ、ふざけんなっ!」
黙り込んでいた吉崎は俺の方を睨むと、突然大きな怒声を上げた。
「え、江守が……江守のせいで……!」
「お、俺が何かしたってこと?」
もちろん何も心当たりなんてなかった。
話したことすらない相手に、俺がしてしまったことなんてないはず。
でも、記憶を失う前だとしたら──。
「暴力事件、全て嘘だったと思ってたけど。もしかして俺が君に?」
「違う。……違うっ。なんで、覚えてないんだよっ」
「ごめん」
口を閉ざしていた金子さんが、握り拳を強く握りながら吉崎に声を上げた。
「江守が何をしたって言うのよ」
「……お、俺はずっと、か、金子さんに憧れてたんだよ……」
「……え?」
「なのに、なんで、なんで。俺の出した手紙が……!なんで、江守が出したことになってるんだよ……!」




