表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/32

第28話 容疑者・突入


 目を覚ますと、そこはまだ保健室のベッドの縁だった。

 窓の外から吹き込んできたぬるい風が、癖のついてしまった自分の前髪を揺らす。枕に埋めていた顔の左半分が、一気に血が流れてきたせいでピリピリと痛む。

 そしてベッドの中心に向かって差し出していた自分の左手は、もう何も握ってはいない。


 部屋には、自分だけしか残っていなかった。



 外に出てグラウンドの方に向かうと、熱いアナウンスや忙しない(せわしない)BGMとは別の、まだ騒がしい生徒たちの声が聞こえてくる。

 生徒たちは片付け中。祭りが終わった後の余熱でも、寝起きの自分には少しだけ暑く感じるぐらいだ。


 1組のテントにたどり着くと、そこではまだテントや椅子の片付け中。数人のクラスメイトが残っていたため、俺はその手伝いを名乗り出た。


 

「ごめん、遅くなっちゃったけど手伝わせて」


「あっ、江守君来てくれたっ。助かるよ」


「そうそう、私たち待ってたんだからね」

 


 午前中に給水所に来てくれたあの女子と、すぐ近くにいたもう一人の女子が笑顔で反応する。

 今までずっと誰かに助けられていたのに、クラスメイトから頼りにされているなんて……。


 笑いながら力仕事を押し付けてくる二人に、もしかしたらこき使われているだけ?という可能性も否定できないが。何はともあれ、こうして一緒に話しながら作業できるのは、やっとクラスの一員になれたような気がした。



「よしっ、じゃあこれで片付けも終わりだね。江守君がいたから私たち楽できちゃったかも~」


「うん、よかったけど。『応援も片付けの内』って理論にはまだ納得いってないよ俺は」


「んー? ふふふっ。お疲れお疲れ!」


「あ、誤魔化してる」


「あははっ。じゃあ労ってあげるから! 労いも片付けの内ってことで、この後打ち上げお菓子パーティでもやらない?」


「お菓子パーティか、いいね」



 行こうか迷っていたところ、ちょうど俺の元に一人の女子生徒が駆け寄ってきた。外した青いハチマキを手に持っていた巳波さんだ。


 

「えもっち、ここにいたんだ」


「うん」



 声をかけてきた彼女の表情を見て、俺の笑顔は少しずつ消えていった。たぶん彼女は真剣に俺のことを探してくれていたから。その緩まない表情が、ある一つのやり取りを思い出させる。


 

「ご、ごめん二人とも。お菓子パーティはすごく参加したかったんだけど、俺まだ用事があったんだった」


「そっか~、それなら仕方ないね。じゃあまた今度、タイミングがあったらしようねっ」


「うん。ありがと」



 クラスメイトの二人が校舎の方に帰っていくと、待ってくれていた巳波さんは落ち着いた声で話し出す。


 

「ごめんね、えもっち。せっかくクラスの子達ともっと打ち解けられるかもしれなかったのに」


「いや、いいんだよ。それより巳波さん、俺を探しにきてくれたのって……」


「うん。あのメールの逆探知の件」


「そっか。……じゃあ、とりあえず座れるところで話そっか」


「そうだね」


 

 そこから二人で校舎の手前まで移動した。

 移動の途中、遠くから聞こえてくるのは和気あいあいとした生徒たちの声。片付けも終わって閑散としてしまったその空間で、俺たちは特に言葉を交わすことなく、日陰に置いてあった石製のベンチに腰かけた。



「それで逆探知の結果なんだけどさ……一つだけ分かったことがあったの」


「……うん」


 

 ほとんど乾いていた口の中にある、ほんの僅かな唾をゴクリと飲み込む。巳波さんも小さく一呼吸置いてから話を始めた。



「あのメール、学校のパソコンから送られてた。学校のパソコンから送るから学校のアドレスだったの。遠隔操作とかアカウントの乗っ取りなんかじゃない。ただその時間に、そのパソコン室のパソコンから送っただけ」


「じゃ、じゃあパソコン室を見張れば、いつか犯人が現れるかもしれないってこと?」


「うん、そうなる」

 


 ということは、犯人は緊急連絡用のアドレスを使うセキュリティだけ突破できるということ。パソコン室自体は誰でも使えてしまうし、まだこの情報だけで犯人特定とまではいかない。



「それでね、私ずっと引っ掛かってたことがあって」


「引っ掛かってたこと?」


「うん。茉子っちのこと。……茉子っちってさ、えもっちが記憶喪失になってから現れたんだよね?」


「そうだけど」


「記憶喪失だから、茉子っちと付き合ってた記憶とか、そういうのはないんだよね?」


「まぁ。……うん」


「えもっちに暴力事件の噂がたったのもその頃だったでしょ? しかもそれって誰かがわざと流してた噂で」


「う、うん……」


「そのせいでえもっちは孤立することになって。誰にも頼れなくなって。でも、その中で近くにいられたのって、誰なのかな……。独り占めできたのって、一番得したのって、誰なのかな……」



 巳波さんの視線は俺から外れ、重い瞼がその瞳を押し潰していた。

 陰を作るその表情が、今はどこか怖い。自分の額に嫌な汗が伝う。



「そ、それは偶然だと思うけど。稲荷さん、俺が落ち込んでた時も励ましてくれたし、そんな人には見えないっていうか……」


「だからこそなんじゃないかな。えもっちが落ち込んでる時に手を差しのべて、自分に依存するようにして。その方が本当の信頼とか、心まで手に入れられるっていうか」


「い、いや……でも稲荷さんがそこまでする必要は……」


「……だって。茉子っちがえもっちのこと好きなのなんて、誰が見ても分かっちゃうよ……。もし嘘の彼女だとしても、その気持ちぐらいは、私が見ても分かる」



 その言葉を否定する根拠は何も持ち合わせていなかった。彼女の向ける感情が、好意的なものだということは自分でも感じ取っていたから。


 

「メールの件も、美耶っちに近づくなって内容だったでしょ? 二人が近づいて一番都合が悪いのって、茉子っちじゃないかな……」


「そ、それは動機としては合ってるかもしれないけど……」


「茉子っち、何度かパソコン室に行ってたみたいだしさ……」



 あの日曜日もそうだった。稲荷さんが制服で学校に向かっていた日。あの日もたしかに、パソコン室がある東棟の方へ向かっていた。でも……。



「じゃ、じゃあ、今回マスゲームで落ちたのは? 稲荷さんの衣装に切り裂いた跡があったから。あれは事故じゃないよ。誰かにやられたはず。メールの犯人がやったはずだよ」


「それは……茉子っち、全然怪我してなかったでしょ? マスゲームに集中してたはずなのに。最初から落ちるのが分かってたみたいに」


「そ、それはそうだったけど。わざわざそんなこと……」


「えもっちに心配してほしかったとか……。直前まで、借り物競争で美耶っちと密着してたから。気を引きたかったとか、そういう可能性もあるのかもって」


 

 並べられていく巳波さんの予想に、俺はただ、視界が少しずつ霞んでいく。

 緊張で握っていた拳も、今は力無く膝の上に落ちているだけ。顔を上げて彼女の顔を見ることすらできなかった。

 

 

「……まだ、稲荷さんだって決まったわけじゃないよね。稲荷さん以外にもメールを送れる人はたくさんいるはずだから……」


「たしかめに……いく?」


「……うん」 


「……もちろん犯人が来るとは限らないけど。パソコン室、今は部活でも使ってないはずだから」


「……分かった。行こう」



 俺たちは重い足取りのままパソコン室へと向かった。

 早く終わらせたい。早く解決したいと思っていたのに。今は誰もいないでほしいと、ただそれだけを願って。



*****


「入るよ」


「うん」



 パソコン室の前に着いた俺たちは、中が見えない扉から、部屋にいる誰かの気配だけを感じ取っていた。


 そして手を掛け、ゆっくりとドアを開けた──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ