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第25話 猫になら踏まれたい


 金子さんの手を引いて、お題の札があった場所まで一緒に戻っていく。大人しく連れられている彼女は、ただ顔が見られないよう俯きながら走るだけ。

 ワーワーと聞こえてくる大勢の声。それらが自分に対しての温かな声援ではないとしても、今度ばかりは完全に注目を集めてしまっているだろう。


 

「金子さんっ」


「はわっっ」


「ごめんっ、二人三脚だから。足、結ぶよっ?」



 戻ってきて白線の前に着くと、俺は急いで自分のハチマキを足にくくりつけ始めた。

 テンパっている金子さんはろくな返事をしてくれないが、ライバル走者がすぐそこで同じように二人三脚の準備をしている。1位か2位かの瀬戸際、早くしないと差をつけられてしまう。



「これぐらいなら痛くない?」


「う、うん。……ていうかっ、ね、ねぇ! もしかして今から二人三脚するの?!」


「そう! だからごめんっ、急いでるから、肩組むよ! 後で唐揚げおごるから! ほんとごめんっ!」


「えっ、ちょ、ちょっと!」



 金子さんの肩に右腕をまわすと、彼女も恐る恐る左腕を俺の腰にまわした。

 ……でも、彼女の持て余した右手は自分の頭の上。その手の隙間から、隠しきれないモフモフの耳がこんにちはしている。



「じゃあ"せーの"で行くから! せーの……!」


「わっ、わっ! きやっ! ちょ……!」



 急いで一緒に進み出そうとするが、真っ赤な顔で頭上ばかり気にする彼女がバランスを崩し、俺の体操服にしがみつく。


 

「ちょ、か、金子さん、足、足に集中して!」


「わわ、わ、わかってるわよ!! で、でも、ここ、これがっ……!」


「猫耳! 似合ってるから大丈夫だって!!」


「う、う、うるさいっ!!」


「ちょっ、うおっ!」

 


 よろける彼女を上手く引っ張れず、俺も一緒になってバランスを崩してしまった。2人で地面に手をつくも、這いつくばってる暇はない。すぐに金子さんを鼓舞する。



「じゃあ、アイス! 唐揚げにアイス追加するから! 頑張って!」


「そ、そういう問題じゃないっ! ばか!!」



 立ち上がって再び体勢を立て直す頃には、少し前を先頭走者が進んでいた。どこかで見たことがある眼鏡の男子生徒。斜め前から、威嚇するように睨みをきかせてきている。

 

 ……まずい、差が広がる。

 

 俺たちも次はしっかりと体を寄せ合う。そしてハチマキがピンと突っ張ってしまうぐらい噛み合わない足を、必死で前に出し始めた。



「ね、ねぇっ。耳っ、取っちゃダメ?」


「えっ、ダメだよっ。取ってゴールしたら、お題から逸れて失格になるからっ」


「んんんっっ!」



 集中できない金子さんと、ガタガタの足を一生懸命進めていく。

 顔をあげてみると、先頭走者はさっきより遠い。速くはないペースだが着実にゴールに向かっている。このままでは、2位。このままでは、負ける……!



「あ! わかった金子さん!」


「えっ? な、なにがっ?」


「俺の足踏んで!」


「えっ、はぁっ?! な、なんでよ!」


「いいからお願い! 実は踏まれるの好きだったりするから!!」


「ええっ?! だとしても今じゃないでしょ! 少なくとも、今じゃない!」


「今がいいからっ、お願い!」


「い、意味わかんないんだけどっっ!! ……ふんっ!!」



 ──繋がれた右足に、いつもの衝撃が走った。


 足を乗せられた俺は、その繋がれて踏まれたままの右足を前に踏み出す。



「わっ!!」


「よしっ、金子さん行くよ! ペースは俺に任せて!」


「えっ、えええっっ?!」


 

 足を踏まれたまま、前に走り出した。

 さっきよりずっと速いペース、少し風を感じられるくらい速いペースで。

 

 視界の端に映る金子さんは、目を見開きながら一緒になって走っている。繋がれた方の足に体重を乗せ、前だけを見ている。

 足を乗せただけ。彼女が体重を預けてくれただけだった。それがなぜだか全て噛み合って、おかしなぐらい前へと進む。

 

 風を受けて後ろになびく彼女の髪が、俺の肩に何度も当たった。後ろからまわされた左手は、ぎゅっと力強く、体操服の裾にしわを作った。


 ハァハァと息継ぎをするペースが、完全に重なった。



「は、はやっ……は、速いっ!!」


「うんっ……ははっ! 速いっ、速いねっ、俺たち……!」


「うんっ……! あははっ! 速い! あははっ、あははっ……!!」



 自分たちでも驚く速さで、息はもうあがりそうなのに、次第に笑いが込み上げてきた。

 いつの間にか先頭走者を抜き去って、前にはもう誰もいない。

 足元なんて見なくても。お互いの顔なんて合わせなくても。俺たちはただ同じ方角、同じ前を向き、この熱い風を追い抜いていく。

 猫耳なんて、気にしない。噂なんて、気にしない。


 ずっと遠かった青空が、今では自分の色そのものになってしまったようだった。

 誰かが隣で走ってくれるだけで、こんなにも頼もしいんだ。こんなにも、楽しいんだ……!


 

 流れる汗と、眩しい日の光。

 それと目を細めてしまうほどの最高の笑顔で、もう何も見えはしない。


  

 ──お腹のあたりで、ゴールテープの擦れる感触を感じた。



 

*****


『1位は赤組! 目にも留まらぬ速さで追い抜き、見事に逆転しました!!』


  

 ハァ……ハァ……。


 

 一緒になって膝に手を付く金子さんと、息を整えながら顔を合わせる。


 

「……まさか、足踏んでとか、言われるなんて……ははっ」


「……ははっ……でも、やっぱり、上手だね、踏むの……」


「……ばかっ、元気だったら、踏み潰してたわよ……ははっ」


「……ふふっ」



 くくりつけていたハチマキをほどいていると、アナウンス席から一人の男子生徒が走ってきた。その興奮気味の放送部員は何やら嬉しそうにマイクで喋っている。


 

『おめでとうございます!! では1位の赤組にインタビューです!』



 インタビューがあるなんて聞いていなかったが……。



『見事に逆転1位です! どうでしたか?!』


 

 ハチマキを外して一緒に体を起こした金子さんの方に目を向けると、彼女は少し微笑みながらコクりと頷いた。

 俺も頷き返し、向けられたマイクに応える。



「すごく嬉しいです。少しでも赤組に貢献できてよかったです」


『この競技は一人あたりの配点が高いので大貢献だと思いますよっ! ちなみにお題は猫耳美少女でしたが、よく見つけられましたね!」



 金子さんの方を見ると、彼女は忘れていた猫耳の存在を思い出したようだ。また恥ずかしそうに両手でそれを覆い隠していた。



「えと、それはたまたまです」


『あははっ、運がよかったんですかね? でもなぜ真っ先に彼女を?』


「そ、そうですね。ちょうど猫耳の存在を知ってて、すぐに浮かんだから──。……いや、それだけじゃないですね。彼女にお願いしたのは、彼女だったからです。努力家で、人のことに本気になってくれる。ちょっと恥ずかしがり屋ですけど、とても優しい人だからです」


『そうですか。……ふふっ』



 マイクを戻した放送部員は、首をかしげて優しく笑った。

 

 

『……素晴らしい連携で見事に1位! 赤組のインタビューでした! おめでとうございました!!』



 ──会場に、控えめな拍手が鳴り響いた。


 

 そして放送部員が去っていった後。

 金子さんは猫耳を外してこちらに歩み寄る。


 

「……さ、作戦だからって、言いすぎよ」


「作戦か。はは。そういえばそんなのもあったかも」


「……ばか」



 俺の胸元に押し付けられたのは、外したばかりの猫耳。

 かけられた強気な言葉とは裏腹に、そこにはまだ彼女の温もりが残っていた。

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