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第23話 男女五人寄り合えば、それはもうカオス


「な、なんで江守が……!」



 俺を認識した瞬間、金子さんの両手は自分の頭上へ。

 すぐにモフモフの耳を覆い隠すが、両手を使っているおかげで剥き出しになった顔は、みるみる赤く染まっていった。



「金子さん。俺、えっと。……見てないよ」


「んんんっ!!」



 引きちぎるように乱暴に耳を外した金子さんは、隣にいた相方へ矛先を向ける。



「すみれっ……!!」


「なっはっは。ごめん、ごめんって。でも最高に可愛かったよ~。ねぇ、えもっち。えもっちも可愛いって思ったでしょ?」

 

「うん。よく似合ってたよ。……あ、見てないけど」


「………っっ!! す、すみれ!!」



 金子さんの矛先は再び巳波さんの方へ向いた。

 が、当の本人は攻撃的な視線を向けられているはずなのに、可愛い子猫を愛でるかのように金子さんの頭を撫で始めている。

 

 

「まぁまぁ。美耶っち、えもっちの役に立ちたいって言ってたし、よかったでしょっ?」


「こ、これのどこが役に立ってるのよ!!」


「目の保養みたいな~?」


「こんなんが保養になるわけないでしょ!!」


「え~、美耶っち知らないの? えもっちはねぇ、実はこういう猫耳少女がだぁ~い好きだったりするんだよ。可愛い子がモフモフの耳をつけて、手をこ~やってしながら『にゃんにゃん』って言ってるのがドストライクだったりするんだよ」


「えっ」



 驚き……というよりほとんど軽蔑に近い視線を感じる。

 金子さんは歪んだ顔でこちらを見ながら、外した猫耳を黙って巳波さんに押し付けていた。



「み、巳波さん。俺そんなこと言ったっけ?」


「んー? 裏掲示板に書いてあった気がするっ」


「随分と便利な言い訳を見つけたみたいだね」



 やれやれとため息をつきながらクーラーボックスを開けると、久助が言った通り冷やされたジュースが何本か入っていた。

 俺はその中から適当にオレンジジュースを取り出し、そこにいた金子さんへ差し出す。

 特に喉も乾いていなかったため、ただの善意。恥をかいた彼女を労うつもりで。



「これ久助にもらったやつだけど。あげるよ」


「なっ……。こんなのくれても『にゃん』とか絶対言わないから!」


「あれ。俺、新たな噂の発生に立ち会ってる?」



 それでもジュースは受け取った金子さん。火照った体を冷ましたいのか、すぐに蓋を開けて飲み始めた。


 そして横でクスクスと笑っていた巳波さんは、受け取っていた猫耳をポケットの中に突っ込む。


 

「で、結局その耳はなんだったの?」

 

「ん、これ? 後で競技に使うやつだから、ちゃんと頭に付くか美耶っちにフィッティングしてもらってたんだ~」


「ふぅ~ん」


「ちょ~~どそれが見られるなんて? ラッキーだったね、えもっち♪」

 


 絶対に見せたかっただけに違いない。そして久助もグルということか。2人は意外に、混ぜると危険な組み合わせなのかも……。

 なんて考えていると、ここで遠くから甲高い笛の音が聴こえてきた。

 巳波さんは首にかけていた青のハチマキをおでこに付け始める。



「よしっ、じゃあ私、次の種目出る予定だからそろそろ行こっかな」


「え、待って! わ、私も一緒に戻るからっ」


「いや、美耶っちは次休憩だし、ここでゆっくりしててもいいんだよ?」

 

「い、いいのっ。応援するから戻る!」



 よほどあの耳が恥ずかしかったのだろう、俺と2人きりになるのを避けたいらしい。

 金子さんはすぐに立ち上がり、俺の胸に「んっ」とジュースの缶を押し付けてきた。

 ……って。飲みかけに口を付けられるのは恥ずかしくないのか。ま、まぁ? 俺もそんなの気にしてないけど?


 

 こっちに手を振ってから走っていく巳波さんと、振り返ることもなくそれを追いかけていく金子さん。

 2つの青いハチマキが、カラフルなグラウンドの中に混ざっていった。


 そして残された俺と、オレンジ色のアルミ缶。

 

 ……缶の中身は、空っぽでした。



 

*****


「真太、一緒に昼飯食べようぜ!」



 お昼になると、クラスのテントから一緒に競技を見ていた久助が声をかけてきた。

 特に誰とも約束していなかったため、快諾して2人で体育倉庫に向けて歩き出す。


 午後の最初の種目は借り物競争だ。犯人を炙り出す作戦の件を久助に確認しようと思っていると、校舎の方から稲荷さんが出てきた。


 

「あっ、しん……江守くん! とマルキューくん!」


「おぉ、稲荷さんじゃないかよ。弁当取りに行ってたのか?」


「そうっ。2人も今からお昼だよね? 私も一緒していい?」


「おう、もちろん。なっ、真太!」


「え、うん。いいよ」



 こうして3人に増えた俺たちは、体育倉庫前に行き、丸めて置いてあったブルーシートを広げ始める。

 広げたシートの四隅に石を置いて、真ん中に3人で座ると、稲荷さんが俺の手元を覗いてきた。



「ねぇ江守くん、今日はそのサンドイッチしかお昼ないの?」


「そうだよ。さっき買ったやつ」


「じゃあ、私の食べてっ。気合い入れすぎていっぱい作りすぎちゃったの」


「あ、あぁ、ありがとう」



 まるで偶然を装ったかのようなこの会話。しかし俺はもう分かっている。

 稲荷さんは最初から俺に作ってきてくれている。なぜなら昨日の放課後、「明日のお弁当作りすぎちゃうかもしれないなぁ~」って隣で呟いていたから。

 

 2段の重箱を取り出した稲荷さんは、蓋を開けると久助の方に目をやった。

 


「マルキューくんも食べる?」


「さんきゅ。でも俺は母親の弁当あるから、真太に食わせてやってくれ」


「分かった! じゃあ江守くん、どれがいい? ゆかり? かおり?」


「え?」 


 急に可愛い名前が飛び出してきたかと思ったが、ふりかけの種類か。色とりどりのおにぎりが弁当箱に詰め込まれていた。

 俺はもらったウェットティッシュで手を拭きながら、その美味しそうな弁当箱の中身を眺める。



「あかりかな? やっぱりうめこ? ……それとも、お()()()()



 瞬間、俺の腕の筋肉がピクリと痙攣した。

 このおにぎりばかりのラインナップの中に、いなり寿司だと……。



「ねぇねぇ、江守くんはどの子にする? どの子がいい?」 


「え、えっと……」


 

 首を傾げる稲荷さんを上目遣いで確認しつつ、俺はおにぎりたちの上に手を伸ばした。

 左から順に手をスライドさせていく。ゆかり、かおり……正直どれも美味しそうだからそのまま手に取ってしまいたくなる。そしてあかり、うめこを過ぎ……いなり寿司。

 ここにきたところで、俺の手をじっと見つめていた稲荷さんの顔に、パァっと笑顔が溢れた。

 

 ……これ、実質選択肢1つしかないじゃん。 

 俺が震える手でそれを取ると、正面の彼女は噛み締めるように小さくガッツポーズをしていた。

 


「や、やっぱサンドイッチにはいなり寿司だよね~……」


「でしょでしょ! さすが江守くん分かってるね!」


「そうなのか? 2人とも変わってるな」



 サンドイッチのお供にいなり寿司という、何とも言えない組み合わせ。でも味はちゃんと美味しい。俺は結構いなり寿司が好きなのかもしれない。


 そのまま2つ目をかじっていると。

 久助のソフトモヒカンの向こう側から、女子が2人こっちに向かってきているのが見えた。


 

「んんんっ」



 ……巳波さんと金子さんだ。

 なんだか危険を感じた俺は、持っていたいなり寿司を急いで口に押し込む。



「ああっ、えもっち! こんなところでお昼食べてたんだね!」


「あ、あぁ。さっきぶりだね、2人とも」


「それに丸っちと、稲荷茉子ちゃんもいる!」



 ぽかんとしている稲荷さん。その様子を見る限り、彼女は巳波さんのことを知らないのか。


 

「ねね、私3組の巳波すみれって言うの。美耶っちの大親友~♪ よかったらお昼一緒してもいいかな?」


「え、う、うん、いいよ!」



 巳波さんは横にいた金子さんに腰をまわして嬉しそうに笑っている。たぶん稲荷さんと仲良くなりたいだけだろうが、金子さんも巻き込んで……大丈夫か?この集まり。

 

 2人が弁当箱を置いてブルーシートの上に座ると。場所は選ばないらしい。案の定、恒例のやつが始まった。



「そういえば美耶ちゃん。さっきの玉入れは私の圧勝だったね! ふふんっ」


「なによ、ちょっと勝ったぐらいで。それに私、綱引きで勝ってたから! まだ1勝1敗だしっ!」


「でも美耶ちゃんが綱引きで勝ったのは1回でしょ? 私の玉入れは玉5つ分勝ってたから、5倍勝ちなんだよ!」


「1勝は1勝、どんな算数よ! しかもあんた、か弱い女の子力がどうこう言ってたのに、思いっきり野球投げしてたじゃない!」


「か、勝ちに必要だったから仕方ないの!」


「そもそも玉入れであんな全力投球してる子、見たことないんだけど?!」

 


 言い争う2人をよそに、久助が囁いてくる。



「なぁなぁ、この2人こんなに仲良かったんだなっ」


「え? これ仲良いの?」


「たしかに美耶っちがこんなに他の人に素を出してるのは珍しいよねぇ」


「そうなんだ。……あんまりいつもと変わらない気がするけど」


「それは真太だからだろ。俺にはもっと、ただ冷たいだけだぜ?」


「いや、でも俺も足踏まれるから。ツンツンされてるのには変わりないよ」


「えっ、えもっち。なにそれ、ご褒美じゃん」


「え。……な、なるほど。さすが古参ファン、熱量が違う」


 

 巳波さんは、フッと、したり顔で腕を組んだかと思うと、すぐそこの稲荷さんの弁当箱が目に入ったのか、まだ言い合ってるところへ嬉しそうに話しかける。



「あっ! 茉子っち、もしかしてそれ手作りなの?」


「え? うん、そうだよ! すみれちゃんも??」


「そうなの! ちなみに美耶っちも!」


「女子はすごいな、手作りなんて」


「でしょ? あ、もしかして丸っち、みんなの食べてみたい?」


「いや、俺は自分の弁当あるから。みんな真太に食わせてやってくれ!」



 ……なんだって?

 これはさっきと同じパターン。いや、それよりもまずいかもしれない。



「じゃあ、しん……江守くん、私の卵焼きどうぞっ?」



 皿代わりに借りていた稲荷さんの弁当箱の蓋に、卵焼きが一切れポンと置かれた。

 そして隣の金子さんからも手が伸びてくる。


 

「そ、そんなに可哀想なお昼ご飯なら、私のもあげるわよ」



 黄色い卵焼きが2つ。この展開は非常によろしくない。絶対にアレがくる。



「……どっちが好みか、食べ比べしてみてよ!」



 ……きた。

 置かれてしまったものを返すなんて、そんな失礼なことはできない。でもくれたのはこの2人だ。正直な味の判定なんて、もっとできるわけないじゃないか。

 頭を悩ませていると、それを察したのか巳波さんが手を伸ばしてきた。



「じゃあ私もあげる!」



 ……これは、救いの手だ。

 なんだかんだ巳波さん、味方なんだよな……。


 微笑む彼女に心の中で感謝していると。

 彼女がくれたそれは、なぜか俺の膝の上に置かれていた。



「あ、割り箸ね。……ありがと」

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