第22話 女子二人寄り合えば、そこはもう戦場
教室では軽く朝のホームルームだけ開かれ、そのまま全員で校庭へ移動となった。
長いのに話を何一つ覚えていない開会式を終えると、各クラス毎に建てられたテントの下に集合。基本的にはここがホームで、競技の応援をしたり休憩をとったりするようだ。
今日俺が出る競技は借り物競争だけだし、午前中はここから応援以外することがない。とりあえずテントの下の椅子に座った俺は、隣の久助に話しかけた。
「久助、何か実行委員の仕事で俺が手伝えることないの? 応援ばっかりじゃ暇になりそうで」
久助は体育祭の実行委員になっている。今日はその役職を利用してメールの犯人を炙り出す作戦に協力してもらう予定だから、何かお礼をしておきたいところだ。
「あぁ、それなら給水所に水を運ぶの手伝ってくれないか? ちょうど今から運ぼうと思ってたんだ」
「いいよ、そういうことなら任せて」
久助と一緒に校舎へ移動し、職員室前にあった補給用の水をグラウンドの給水所に運び出す。俺たちが給水所にたどり着く頃には、もう最初の競技である綱引きが始まっていた。
「すまん真太、俺もうひとつの水を取ってくるから、それまでここで補給係頼むわ」
「え、俺? まぁうん、わかったよ」
俺がここに立っていたら、誰も水なんて補給しに来ないのでは?
そう思いながらタンクの前で立っていると、聞こえてくるのは、一生懸命に綱を引く掛け声や、あちこちから届く熱い声援。
体育祭、始まったんだな。
競技に参加している訳でもないのに、その祭りらしい騒々しさを全身で感じていると、少しだけ日常を忘れさせてくれる気がする。
「あ、あの。お水、ください」
競技の方を眺めていたら、いつの間にか目の前に水筒を持つ一人の少女が立っていた。同じクラスで、これまで一緒にパネルの色塗り作業をしていた女の子だ。
水筒を受け取って水を入れる準備をしていると、少女はその間を埋めるように話し出す。
「江守君、ここの手伝いしてるんだね。えらいね」
「えらいなんて。ただ暇だっただけだよ」
「そっか。まだ復学してすぐだから、競技は無理できないもんね」
「一応ね。本当はもう体は元気だけど、団体競技とかでみんなに迷惑はかけられないし」
「迷惑なんて……そんなことないよ」
彼女が持ってきた水筒の水は、まだあまり減っていなかった。補給なんて必要ないその余白に、俺はそっと少しだけ水を注ぐ。
「あのね。パネルの準備の時……色塗りの時とか、外に運んで組み立てる時とか、すごく助かったんだ。汚れ作業も力作業も、嫌な顔ひとつせず引き受けてくれて。それなのに、ずっとお礼も言えなくて。……ごめんね」
「謝ることなんてないよ。少しでも役に立ててたなら良かった」
「うん。まだ後片付けとか、いろいろあると思うから。……困ったら、また頼ってもいいかな?」
「もちろん。何でも任せてくれると嬉しい」
「よかった……へへ」
水を入れ終えた水筒を返すと、彼女は申し訳なさそうに笑ってみせた。
「ありがとっ。じゃあ、江守君……またねっ」
「うん、また」
テントの方に戻っていく背中を目で追いながら、ほっと小さく息をつく。
こんなに対等にクラスメイトと話せたのは初めてだった。これも祭りの特別な空気のおかげ。それと、久助が噂を上書きしてくれているおかげかな……。
久助が戻ってきたらお礼を言おう。そう思って給水所で立ち続けていると。
次は汗ばんだ少女が2人、こちらにやってきた。
左側にいる狐色の髪の少女は、赤色のハチマキを可愛く結びつけたポニーテール。
右側にいる金髪の少女は、しっかりおでこに巻いた青色のハチマキと、上品にまとめられたハーフアップ。
「美耶ちゃん、綱引きでは負けちゃったけど、あれはあくまで力強さの勝敗だからね? か弱い女の子力では私が勝ちと言っても過言じゃないんだからね!」
「は、はぁ? 大人しく負けを認めなさいよっ。勝ちは勝ちだからっ。それに、か弱い女の子の方が上だなんて決まりもないし!」
なんだか直接張り合う様子は久しぶりに見た気がする。俺には気付いていないみたいだし、こっそり裏の方に隠れようかな。
「あっ、真太! こんなところに!」
「……あ、い、いらっしゃい」
ちょうど隠れようとしたところ、タイミング悪く稲荷さんの大きな瞳に捕えられてしまった。
「お手伝いしてるの? えらいね!」
「少しだけだよ。2人は綱引きしてきたんだ?」
「そう! 今回は勝負がつかなかったから、次は玉入れで勝負なの!」
「ちょ、ちょっとあんた、さっきのは私の勝ちだって言ったじゃない!」
「ぬぅ。それは……真太に聞こう! ねぇ真太、真太はどっちの勝ちだと思う? 綱引きで勝った方と負けた方、どっちが勝ちだと思う??」
なんだその質問は。
一回自分の言葉を頭の中で再生してから発言してほしいものだ。
「……う、うん、ちょっと意味わからないけど、勝った方が勝ちなんじゃない?」
「そ、そんな……!!」
「フッ。ほらね、今回は私の勝ちだから」
「じゃ、じゃあ次! 次はイメトレしてきた玉入れで勝負だから! 負けない! 怪力おばけの美耶ちゃんには、きっとそんな繊細な動きできないし!」
……ほう。稲荷さん、意外と的を射ている。
「だ、誰が怪力おばけよ! 綱引きで勝っただけじゃない!」
声をあげた金子さんは、すぐに首を捻って俺の方に鋭い睨みをきかせてきた。
……おかしい。俺は黙っていたはずなのに。何かを察知されたか。
「そ、そんなことより、2人とも水もらいに来たんでしょ?」
「そうだった!」
まだ口では争いつつも、稲荷さんと金子さんはそれぞれ持っていた水筒を目の前の台に置く。
「真太、よろしくね。お水たくさん入れちゃって!」
「江守、私は喉乾いたからこの子より多めに入れて」
「ええっ、わわ、私もカラカラだから! 美耶ちゃんより多く入れて! 溢れそうなぐらい満タンで!」
「私のは別に溢れても構わないから。分かってるわよね?」
「や、やっぱり私も溢しちゃっていいよ! ていうかもう、どんどん溢しちゃって!」
「……タンク、そこにあるから。2人はセルフで頼むよ」
2人は顔をしかめた後、渋々自分たちで水筒に水を入れ始めた。
「美耶ちゃんのせいで入れてもらえなかったじゃん」とむくれて水筒の蓋を閉める稲荷さんに、「あんたが張り合うから悪いのよ」と不満そうに水を注ぐ金子さん。次に2人で来たとしても、絶対またセルフにしよう。
そうして騒がしい2人が用事を終えてテントに戻っていった後、俺はまた給水所の番をしながらぼーっと競技を眺める。
声援の中繰り広げられていくのは、大縄跳びに100メートル走、騎馬戦など。汗をかいて疲れそうな競技ばかりだったが、全力で取り組む生徒達の姿がどこか羨ましくもある。来年は、もう少しまともに参加できるといいな。
眺めながら仕事をこなし、小一時間ぐらい経っただろうか。水を取りに行っただけのはずだった久助が、ここでようやく戻ってきた。
「すまん真太。いろいろしてたら遅くなっちまった」
「いいけど、何かあった?」
「おう。頼まれてた犯人探しの作戦、あれの最終調整してたんだ。もうバッチリだぜっ」
「こんな当日まで、ありがとう久助」
「なんてことねーよ。それより真太、ここで立ちっぱなしで疲れただろ? 体育倉庫の前のクーラーボックスにジュース入れといたから、それでも飲んで休んでくれ」
「ありがと。でも久助が一人になるし、もう少し後でいいよ」
「い、いいんだよここは。俺も適当に代わってもらうし。とりあえず真太は休憩だ。ほら、行った行った」
やけに強引に背中を押され、俺は仕方なくその足で体育倉庫の方に向かった。別に疲れてもいないのに、久助はこんな時でも体を気遣ってくれているのか。優しいな。
一人で歩いて倉庫の前につくと、言われた通り青くて大きなクーラーボックスが置かれていた。しかしすぐ近くに2人、女子生徒が屈んでいる。
一人はこちらに気付いたのか、隣の少女にバレないようニヤニヤと手招きしている。巳波さんだ。
もう一人は身を屈めてとても小さくなっていた。後ろから見える髪の色、それと巳波さんの表情から察するに、おそらく金子さんだろう。
目的のクーラーボックスの近くだったこともあり、俺は大人しく2人の元に近寄る。
すると、俺がすぐ近くまで来たあたりで、いきなり巳波さんが大きな声を上げた。
「あ、美耶っち! 後ろ! 背中におっきな虫がついてる!!」
「ええっ?! どど、どこっ?!」
勢いよく後ろを振り返り、背中を確認する金子さん。すぐに巳波さんが「嘘だよーん」とヘラヘラしたので、彼女の慌てていた表情が歪む。
……と同時に、俺と目が合ってしまい、すぐに違う歪みが生まれた。プルプルと顔を震わせ、言葉をなくす。
「なっ…………」
俺もすぐに異変に気がつく。こちらを見ていた金子さんは、自分がよく知る金子さんではなかったのだ。いつもと違うのは、頭のあたり。
金色の髪の上には、ちょこんと可愛らしく、2つの耳が付いていた。
……小さな猫耳が。
「か……ねこさん?」




