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第14話 美少女高校生だけでは物足りない


 グイと不自然なほど近寄られたことで、俺の足も一歩後ずさる。

 

 この子を信用してもいいのだろうか……。


 しかし、手掛かりのない今の状況。本当にネット関係に長けているのであれば、こんなに頼もしい存在もいないのは事実だ。

 そしてもしこの子がメールの送り主と関係していたとしても、近くで観察すれば、その目的や意図が分かる可能性だってある。


 ここは一度協力をお願いして、様子を見てみるか。



「じゃあ、少しだけ相談にのってほしいかも」


「ふふっ、お任せあれ~。あ、でもさ。私からもお願いがあってね」


「お願い?」


「うん。稲荷茉子ちゃんのこと、教えてほしいな~って」


「え? 稲荷さん?」



 他のクラスなのに稲荷さんのことを知っているのか。まぁ転校生なんて話題になるだろうし、おかしくはないのだが。

 それでもなぜ俺に稲荷さんのことを聞くのか、深い理由がある気がしてならない。


 

「なんで稲荷さんのこと知りたいの?」


「え?だって可愛いじゃん? 美少女転校生の情報なんて欲しいに決まってるよ~」


「ほんとは?」


「……うっっ。ほんとは……あります。少しだけ。下心が」


「それはそれで教えちゃいけないような」


「ま、まぁまぁ。簡単にでいーからっ。稲荷茉子ちゃんはどんな子なの? 教えてよ」


「どんな子って。まぁ、ちょっと強引なところもあるし」


「あるし?」


「変わったとこもあるけど」


「あるけど?」


「いい人……だとは思う」


「ほうほう、そっかそうなのねぇ。じゃあ2人はどんな関係なの??」



 彼女はまたパーカーのポケットに手を突っ込むと、うっすらと笑みを浮かべた。

 巳波さんは俺たちが付き合っていることを知ってて聞いてるのか?

 この笑みはただの好奇心か、それとも……。

  


「俺たちは、別にただのクラスメイトで……隣の席ってだけだよ」


「それだけ?」


「う、うん。ていうか、もういいでしょ、稲荷さんのことは」


「うーん。ま、今日のところは勘弁しておいてあげる~っ」 



 今はまだ下手に情報を与えるわけにはいかない。

 「罰を与える」というメールにこの子が関わっているのだとしたら、稲荷さんを巻き込むのだけはダメだ。

 必要な情報だけ、あくまで自分の話だけを伝えるんだ。



「んじゃまぁ、さっき相談があるって言ってた件に話を戻すけど。どーしたの?」


「あぁ。実は先週、それとついさっき。こんなメールが届いて」



 俺は自分のスマホを開き、2件のメールを見せた。 

 スマホを受け取った巳波さんは、その短いメッセージを見つめながら黙り込む。

 

 そして、表情1つ変えずに画面を見続けた後……。


 彼女の左頬の筋肉。

 それがほんの僅かに、ピクリと動いたのが分かった。



「この1通目のメールの日付、たしか美耶っちと一緒にスマホ買いに行った日だよね?」


「うん、そうだけど。なんで知ってるの?」


「そりゃあ教室のすぐそこで、あんな大きい声で話してたからね~。主に美耶っちが」


「……そうでした」


「だから2人が出掛けたことは、意外と多くの人が知ってるかも。とりあえず、えもっちはこのメールの送り主を探してるってことでいい? それとその目的も」


「そう、そうなんだ。まだほとんど何も分かってなくて」


「そっか。でも2通目が来て、この人の目的はちょっとだけ分かったよね。この人にとって、えもっちは邪魔なんだってこと。たぶん、2人が近づくと都合の悪い人がいる」


「……うん」


 

 そうだ。分かっていた。

 最初から敵意があるかもしれないということも。

 それに気付いていたのに、自ら踏み込んでしまったから。罰を与えるというメールが届いたのも、自分の責任だ。

 

 

「この人に心当たりはないの?」


「今のところはないよ。俺が暴力事件のことで避けられてるのは巳波さんも知ってるよね? だから正直、可能性は全校生徒にあると思ってる。でもまぁ、仲良くしてる知り合いは、その時間にメールを送ることはできなかったみたいだし。その人以外は全員容疑者ってところかな」


「そっか。……でもえもっち。すごく、簡単なこと見落としちゃってる」


「え?」



 スマホの画面をこちらに向けた彼女は、さっきまでのおふざけが嘘だったみたいに、真剣な面持ちでこう言った。


 

「送信時間、ここに書いてあるのはたしかだけど。でも、いつでも送れるんだよ。……メールなんて、簡単に予約送信できちゃう。……誰だって、その時じゃなくても送れちゃうんだよ」



 向けられたスマホの画面。そこに表示されていた17:11という数字。目の離せないそれが、視界の中で次第にかすんでいく。

 なんで気付かなかったんだ、こんな簡単なこと……。



「だから、えもっちが言うその人が送り主だとは限らないけど。まだ、違うって決めるには早いと思う」


「……そう、だね」



 返されたスマホの重みで、俺の手はゆっくり地面の方へと落ちていく。


 振り出しに戻ってしまった。

 ……いや。そんなことよりも。

 また彼女を疑わないといけないことが、今の自分には受け入れ難い真実だった。

 


「えもっち、ちょっと顔色悪いけど大丈夫?」


「……え、あ、あぁごめん。なんでもないよ」


「そう? まぁアドレスについてはさ、調べといてあげるよ。何かヒントぐらい掴めるかもしれないし」


「うん、ありがと」

 

「あぁあと、もう一回スマホ貸して? 私の連絡先も登録しておくね。何かあったら連絡するから」



 彼女は俺が力なく握っていたスマホを半ば強引に奪い取ると、手際よく登録を済ませてそれを返してきた。

 2件目の連絡先。画面には「巳波すみれ」の文字が表示されていた。


 

「うふふっ。天才()()()高校生ハッカーの連絡先ももらえるなんて、感謝したまえ、えもっち」


「なんか肩書き増えてるじゃん」


「ふふっ、よしよし。それだけツッコミできるなら、えもっちは大丈夫だっ。美耶っちファンクラブ会員仲間として、私が2人の邪魔なんてさせないから。いつでも私に頼るんだぞっ?」


「入会希望を出したつもりはなかったんだけど。でも、ありがとう巳波さん。君が天才ハッカーなのかはまだ分からないけど、優しい美少女高校生なんだってことは間違いないみたいだし。今日声を掛けてくれてよかったよ。ありがとう」


「……えぁ、うぅ」



 巳波さんは一歩後退して片手で口元を覆い隠す。

 さっきまでの勢いをなくした彼女は、横の方に視線をそらしながら呟いた。


 

「は、ハッカーは闇属性だから、光属性の攻撃には弱いんだけどっ」


「闇属性のいいハッカーってことね」


「い、いいハッカーじゃない。闇の中の闇だからっ」


「ははっ。なにそれ」



 ここで巳波さんのいる側……東棟のドアから、この渡り廊下に出てくる生徒が見えた。金子さんだ。

 マスゲームの自主練が終わったのだろう。タオルを首に下げ、顔を拭きながら歩いてくる。

 巳波さんも振り返り、その存在を確認した後こちらに顔を戻す。


 

「じゃあ巳波さん、俺は行くから。できればこの事は金子さんには内緒にしておいて欲しい」


「そうだね、りょーかい。またね、えもっち」


「うん、また」



 そうして俺は、こちらに向かってきていた金子さんがたどり着く前に後ろを向き、一人で足を踏み出す。

 

 ───振り返る直前。視界の遠くで捉えた彼女と、一瞬だけ目が合った気がする。

 でももう、不用意に彼女に近づく訳にはいかない。


 俺はそのまま、また居場所のなくなった自分の教室へと歩みを進めた。

 


*****


 次の日の朝。登校中。

 朝から強く照りつける太陽で、首元が少しだけ疼く。

 この時期にしては少し気温が高く、歩くだけで暑くなってしまった俺は、脱いだ制服の上着を手に持ちながら学校へ向かった。


 教室の前に着くと、いつものように後ろのドアへ向かう。中に入っても誰かに挨拶することはなく、目の前の席に静かに座るだけだ。

 

 ここ数日、クラスメイトから強い警戒心を感じることは少なくなっていた。俺が登校してきて以来、特に目立った行動や事件を起こしていなかったからだろう。

 好んで近寄って来る生徒もいないが、みんなの関心の対象から外れてきている、そんな感じだった。

 

 それなのに。

 今日は俺が静かに教室に入ると、すでに登校していた数少ないクラスメイトたちは、すぐこちらに視線を向けてきた。

 あの視線。肺の中の酸素を薄くするような、あの怯えた視線を……。

 

 俺は自分だけが脱いでいた上着を、そっと机の上に置いた。

 そして視線を感じていた方へ目を向けると、クラスメイトたちはすぐ目をそらし、視界から俺の存在を消す。

 

 居場所のない、ではない。居心地の悪い、少し前の教室に戻ってしまったようだった。

 

 

「……あぁ江守、来たか」



 開放されていた教室の前のドアから入ってきたのは、担任の先生。

 俺の顔を見るなり、神妙な面持ちでその名を呼び、手招くわけでもなく言葉を続けた。

 


「話があるから、今から職員室に来なさい」

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