第13話 ファンクラブ会員1号
次の日。7限目の体育祭の準備が終わって一人になった俺は、2年3組の教室へ向かっていた。
目的は1つ。金子さんに会うこと。
稲荷さんとファミレスに行った昨日、彼女はメールの送り主ではないと分かったのだが。
今でもメールの返信はなく、結局送り主は誰か分かっていない。
ずっと考えていた。もし俺が次に金子さんに接触したら、メールの送り主はどうするのだろう、と。
送り主は俺が彼女と顔見知りだということを知っている。メールが来たタイミングが金曜日の放課後だったことからも、俺たちが一緒に出掛けるという事実も知られていた可能性が高い。
もしかしたら監視されているのかもしれない。
正直、あの警告を受けた上で金子さんに会うのは彼女を釣りに使っているようで気が進まないが……。
このまま放っておいても何も分からないままだ。
過去の清算、それか記憶の手掛かりになるかもしれないから。今、自分にできる手段を取るしかない。
そしてたどり着いた3組の教室前。廊下から中を見渡し、教室に残っている全員の顔を見ていくも、そこに金子さんの姿はない。もう帰ってしまったのだろうか。
また入口近くにいたメガネの男子生徒に彼女の居場所を聞こうとしたところ、後ろから声をかけられた。
「ねぇ。そんなところでどうしたの?」
振り返ると、そこにいたのは制服の下にパーカーを着こんだ1人の女子生徒。見たことない子だ。
これまで学校で自分から話しかけてくる人なんてほとんどいなかったし、いきなりのことで俺は言葉が詰まってしまった。
「えっ」
「1組の江守君でしょ? うちのクラスに何か用事でもあるの?」
「あっ、えと。金子さんを探してて」
「あー、美耶っち? 美耶っちなら、東棟のホールにいるよ?」
「そ、そっか。ありがと」
俺を見ても顔色1つ変わらない。噂のことを知らないのか、ただ肝の据わった子なのか。でも金子さんの居場所も教えてくれたし、親切な人だな。
彼女に軽くお辞儀をして、俺は東棟のホールへ向かった。
初めて来た東棟の一階。
どこからか吹奏楽部のサックスの音が聴こえてくる。芯があって、厚みがあって、それでもこの夕方の空気に溶けていくような、少し寂しい音。
各クラスの教室がある本棟とは異なり、騒々しさとは大きくかけ離れた不思議な空気。
俺は誰もいない一階の廊下で、金子さんのいるホールを探し始める。
そして一つ一つ部屋を覗きながら歩いていくと。突き当たりまで来たところで、それらしき大きくて重そうな扉が目に入った。
扉を少しだけ開け、中を覗く。
部屋にある大きな窓からは、強くおぼろげな夕日が差し込み、空気に漂う埃がゆらゆらと反射している。
そんな広いホールの中に一人。
真剣な眼差しで舞っている少女がいた──。
動きに合わせて揺れているのは、頭の後ろで束ねられた美しい金色の髪。束からはみ出した顔の横の髪は、汗で濡れた頬にくっついて、離れて。
動く度に吐き出される乱れた息は、その周りだけを熱く包み込んでいる。
そしてしなやかで美しい舞いとは対照的に、その表情はただひたむきで、どこか寂しげで。
上履きが床に擦れる乾いた音を立てながら、流れる汗を気にともせず、彼女は静かに一人、舞い続けていた。
こんな広い空間。誰も見ていないのに、たった一人で……。
俺は音を立てないよう、そっと扉を閉じた。
……今日は、やめておこう。
東棟を出ると、渡り廊下の吹きさらしで日暮れの優しい風が吹き込んできた。
それが深呼吸したくなるほど柔らかな風なのに、自分の鼻から体に流れ込む空気は、ほんの少しだけ。
金子さんには近寄るな、か……。
教室へ戻るため、揺れる庭木をぼんやり見つめながら渡り廊下を歩く。
すると、中ほどまで歩いたところで、俺はまた後ろから声をかけられた。
「江守君」
「えっ……?」
振り返った先に立っていたのは、先ほど3組の前で声をかけてくれた少女。
俺が驚いたからか、彼女はパーカーの前ポケットに突っ込んでいた手を抜き、自分の頭の後ろを撫でた。
「あ、驚いちゃった? ごめんごめん。気になって後を付けてきたんだぁ」
「あぁ、いやまぁ、いいけど」
でも、なんでわざわざ……?
一瞬そんな疑問が過ったが、理由なんてすぐに予想できてしまった。
彼女はたぶん金子さんの友人だ。お尋ね者の俺が友達に近づこうとしている、きっとそれを怪しんで後を付けてきたんだ。
「美耶っち、一人でマスゲームの練習してたでしょ?」
「え? あぁうん。すごく頑張ってた」
「邪魔しないでくれてありがとね。たぶん、見られたくなかっただろうから」
「そっか」
金子さんはクラスで孤立しているかと思っていたが、こうして心配してくれる友人もいるってことか。よき理解者って感じだし、こういう子が一人いるだけでも少し安心だ。
「でもこんなところまで追いかけてくるなんて。もしかして、江守君は美耶っちのこと大好きなのかな?んー?んー?」
「……ん?え?」
あれ。なんか思っていたよりも軽いノリだな。
ある意味疑われているのに違いはないが、加害者として警戒されているわけではないのか。
「美耶っち可愛いもんね~。スタイルもいいし、髪も綺麗だし~っ」
「それは……ってか、えと。ご、ごめん。今さらで悪いんだけど、君は誰?」
「おお~っと。大事なこと忘れちゃってたねぇ」
彼女は両腕を腰に当てると、ふふんと自信満々で自分の名前、それと珍しい肩書きを名乗った。
「私は2年3組、美耶っちと大親友の巳波すみれ。まぁそれは表の顔で~。裏の顔は、その界隈で右に出るものはいない、天才高校生ハッカー! 天才ハッカーすみれちゃんと呼びたまえ!」
「え? 天才ハッカー……それ、ほんとに自分で言う人いるんだ」
「ん? 何か言ったかね?帰宅部のエースくん」
「すみませんなんでもないです」
すごい強烈なキャラの人だ。もしかしてこのパーカーも、ハッカーっぽさを演出するための衣装的なものなんだろうか。
というかまず女子高生でハッカーって実在したんだ。世の中は広いな。
「えっと、その天才ハッカーさんはなんで俺のこと知ってるの? 1年のときから知り合いだったとか?」
「え? だって、江守君有名人じゃん?」
「あ、あぁそういうことね。だいぶ悪い方のだけど」
「ちなみに私たち1年のときはクラス違ったし、今まで話したことはないよん。今日が初めてっ」
「それでこんな誰もいないところで話しかけてくるなんて、巳波さんも相当物好きだね」
「フッフッフ。だってさ、美耶っちファンクラブ入会希望者かと思って??」
「ファンクラブ?」
「そうっ! 非公認、会員は私だけ~っ」
両手ピース、満面の笑みを向ける彼女。
絶対金子さん本人は許可してないんだろうな。
それにしても巳波さんは明らかに他の生徒達と接し方が違う。物理的な距離も近いし、ニヤニヤ話しながらも、俺のことをどこか観察しているような気もする。……となると。
現れたタイミング、物怖じしない態度、こちらのことを知っている口振り。
もしかしてこの子がメールの送り主か……。
「で、えもっちは美耶っちのどんなところが好きなの~?」
「えもっち? てか俺まだ好きとは言ってないんだけど」
「え?じゃあ好きじゃないの? それって生きてて楽しいの?」
「えぇ、なに、その急な突き落とし。ファンクラブ会員じゃなくて狂喜の崇拝者じゃん……」
「あははっ。ウケるねー、えもっち」
「いや、俺は君が怖いんだけど」
彼女と話していたその時。
自分のポケットに入れていたスマホがブブッと震えるのを感じた。
何か通知がきたのか? 俺はすぐにスマホを取り出して画面を確認する。
「ん? どしたのえもっち」
「いや、なんでもない……」
届いていたのは、一件のメールだった。
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From if1898@ekhs.ed.jp
日時 2026年 4月27日 17:03
件名 なし
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警告を無視した罰を与える
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背筋に力が入った。
スマホを握る手にも、嫌な汗が滲む。
罰……。メールの送り主は、俺の味方なんかじゃない……。
それが顔にも出てしまったのか、巳波さんが心配そうに俺の方を覗いてきた。
「だいじょーぶ?」
「あ……うん。ごめん。大丈夫」
スマホを操作している素振りもないし、送り主は彼女ではないのか……。
俺はすぐに後ろを振り返り、辺りを見渡す。
しかし渡り廊下にも、中庭にも、ここから見える場所に人がいそうな気配はない。
いつ見られていたんだ。
今日は金子さんと話してはいないのに。俺が近づこうとしてここに来たのがバレているということか……。
黙り込む俺を見つめていた正面の少女は、そっと小さく、1歩だけこちらに近づく。
そして腕を後ろで組みながら、下から見上げるようにこう言った。
「なにかあったんでしょ。……相談してみる? 天才ハッカーすみれちゃんに。……フフ」




