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第12話 高校生カップルだもん


 その日の放課後。

 帰りのホームルームが終わったタイミングで、俺は隣の稲荷さんに声をかけた。

 彼女の恋人隠蔽工作に合わせて、他のクラスメイトたちにはバレないよう、一応小声で。

 


「稲荷さん、今日これから空いてる?」


「えっ?! あ、空いてるよっ!」


「それなら前の埋め合わせの件、今日でもいいかな? 稲荷さんが大丈夫なら夕飯でも一緒にどうかなと思って」


「も、もちろんだよっ! まさか真太の方から誘ってくれるなんて~。しかも放課後も一緒にいられるってことかぁ~。へへへ~」



 また緩んだ顔になった彼女は、両手で頬を抑えながら左右に揺れだした。

 ……稲荷さんよ。そんなに分かりやすく反応すると俺たちの関係が周りにバレてしまうのだが。

 


「あっ。でも私ちょっとだけ用があるからさ、それまで待っててもらってもいい?」


「うん、いいよ」


「ありがとっ。じゃあ5時半に校門で!」


「わかった」



 それから俺は、約束の時間になるまで自分の席で宿題をして過ごすことにした。

 机に肘をついて顎を乗せ、進まないシャーペンを持ちながら考える。


 ……稲荷さんは何か知っているかもしれない。


 彼女が首の傷や記憶喪失のことを隠しているのはもう分かっている。でも、暴力事件やメールのことは何も聞いたことがない。

 それは無邪気に話しかけてくる彼女に心配をかけたくなかったからだ。

 

 でも、心のどこかで彼女を疑ってしまっている自分がいた。

 メールの送り主が彼女だとしたら。暴力事件、消えた記憶、全て彼女が繋がっているのだとしたら……。


 そんな疑惑は晴らしたい。久助の時と同じように。

 たとえ嘘をつかれていようが、彼女が悪意を持って近づいているわけではないのだと。

 疑わないために、疑って。自分で証明するんだ──。



*****

 

 約束の時間が近づき、校門で待っていると。

 彼女は5時半ぴったりに現れ、笑顔で俺のもとへ駆け寄ってきた。

 


「ごめんね、待たせちゃって」  

 

「ううん、全然。稲荷さん何食べたい? 何かリクエストがあるなら聞くよ」


「あっ、じゃあ私行きたいお店があるのっ。そこでもいい?」


「うん、いいよ」


「やった! じゃあ行こっ」



 相変わらず元気な稲荷さんと一緒に、人けのない校門から街の方へと歩き出す。

 


「そういえばこの時間まで何してたの?」


「え?ちょ、ちょっと調べものだよ。図書室行って本探したり~……」


「たしか前も図書室行ってたよね。探してるのって、何の本?」


「えぇ、えっと……魔道書! 花畑を出す魔法が使えたらなって、思ってて~!」


「ふぅーん、そうなんだ」


「やっぱり私も、人を笑顔にできる魔法が使えたらなって!」


「そっか」


「くだらない魔法かもしれないけど、そういうのが意外と大事で~」


「へぇ~」


「私も、人間のことを知るために旅に出たいな~なんて?」


「ふぅ~ん」


「……ね、ねぇっ。逆にもうちょっと興味持ってほしいんだけどっ!」



 そこからあれやこれや、稲荷さんの漫画トークを聞きながらしばらく歩くと、彼女はある店の前で立ち止まった。

 どうやら目的の店に着いたようだ。

 


「よし着いたっ、じゃあ入ろっか」


「え、うん。でも稲荷さん、ここでいいの?」


「うん、いいのいいのっ。行こっ?」



 彼女に続いて店の中に入る。

 肉を焼いたようないい匂いに、周りが見渡せる開放的な店内。ポップかつ落ち着いた装飾と、それによく似合うストライプのエプロンを着けた店員さんたち。

 ニコニコと話しかけてきた女性の店員さんに案内され、俺たちは4人掛けぐらいのボックス席に向かい合って座った。



「稲荷さん、ほんとによかったの? ファミレスで」


「うんっ。高校生っぽくていいでしょ? 私ずっと憧れてたんだぁ。放課後にカップルでファミレスに来るの。青春って感じがしてさぁ」


「憧れって、俺たち付き合ってたのにファミレスも来たことないんだ?」


「えっ、そのっ、え、遠距離の壁っていうのは、それぐらい高く険しいものだったんだよ。……て、ていうか、そんなことより、メニューメニュー。何にしよっか? ほらほら、いろいろあるよ~?」



 話題を押し潰すように机の上に広げられたメニューには、パスタやオムライス、ハンバーグにピザなど、美味しそうな写真がズラリと並んでいる。

 

 メニューを眺める稲荷さんが「チーズ乗せようかな、乗せないでおこうかな……」と一人で悶々としていたので、俺は先にタブレットを操作し、チーズハンバーグセットを注文リストへ。結局稲荷さんも同じセットを選んでいた。

 彼女はまだ、チーズを出す魔法は覚えていないらしい。


 

「そういえば稲荷さん、金曜の放課後もずっと図書室にいたの?」



 料理を注文した後。

 手持ち無沙汰になった俺は、気になっていたこと……今日の本題を切り出した。


 

「金曜日って、真太が金子美耶ちゃんと出掛けた日? それなら今日みたいに図書室行ってて。そしたらクラスの子たちに会ってさ、結局そこからは一緒にマスゲームの練習してたよ?」


「そっか。何時から何時ぐらいまで?」


「んー。図書室行ってすぐ練習することになったし、ずっと踊り続けてたから……4時半から6時ぐらいまでかな?」


「そうなんだ。練習、頑張ってるんだね」


「うん。あ、もしかして真太、私が浮気してないか心配してるの? それだったらクラスの子たちに聞いてもらってもいいよ? 私、ほんとにずっと踊ってただけだもん。他の誰にも会ってないし、スマホすら触ってないんだからっ。……ていうかさぁ、浮気者はどっちなんだろうねぇー? ねー?」



 正面から向けられたジットリとした視線に、俺は思わず目を反らす。

 

 浮気の件はさておき、あのメールが届いたのは17時過ぎだ。

 彼女が嘘をついているようには見えないし、その時間は証拠もあるようだし。……よかった。とりあえずメールの送り主ではないのか。



「あの日は本当にスマホ買うのが目的で。金子さんとは何もなかったから」


「ほんとに? 美耶ちゃんのこと好きになったりしてない?」


「うん。してないよ」


「ほんとに?」


「ほんとに」

 

「そっか。でも、気持ちが傾いちゃったら……もしそんなことがあったらさ……」



 (うつむ)いた稲荷さんは、手元にあった水のグラスをそっと手に取る。

 そしてその周りについた水滴を、ゆっくりと指でなぞった。


 

「……語り合うしかないんだよね」


「そ、それはまぁ……」


「……拳で」


「えっ」


「私と美耶ちゃんが」


「ええっ」


「本気でっ」

 

「あ、あの、それはちょっと、物騒だからやめてほしいんだけど??」



 フンスと鼻息を漏らす彼女は、大きく頬を膨らませ、いつの間にか握っていたフォークを机に突き立てている。


 なぜこの2人はこんなに張り合うんだ……。



「い、稲荷さん。とりあえず金子さんのことはいいからさっ。あっ、そうだ。ひとつ稲荷さんにお願いしたいことがあったんだ」


「ん?お願い?」


「うん。俺、スマホ買ったって言ったでしょ? 連絡先、教えてほしくて」



 俺はポケットに入れていたスマホを取り出し、早速アプリを立ち上げる。

 そしてその画面を向けると、彼女は持っていたフォークを置いて、じっと見つめた。


 

「真太。この画面、まだ何も……」


「うん。買ってからまだ誰も登録してなくて」


「そっか、そうなんだね」


「でも最初に登録するなら、やっぱり稲荷さんかなって」


「えっ」



 彼女を置いて金子さんと2人で出掛けた罪悪感もある。

 しかしそれよりも、稲荷さんに助けられてきたから。嘘をつかれていても、何だかんだ俺にとっては特別……かもしれない人だから。

 最初に登録するのは彼女だと、これを買ったあの日から決めていた。



「いいかな……?」


「……う、うんっ」



 向けられた画面と、自分の画面。それらと少しにらめっこした後、登録を終えた彼女は静かに俺のスマホだけをこちらに返してきた。


 画面には、『稲荷茉子』という連絡先が一件。



「私が最初……」


「うん」


「待っててくれたの?」


「うん。誰も登録しないで、待ってた」


「そっか……そなんだ……」

 


 自分のスマホを両手で持っていた彼女は、それを口元に近づけ、目を優しく細める。

 そしてスマホで隠された口元の横。少し赤らんだ頬を覗かせながら、曇りのない声でこう言った。



「嬉しいっ。……ありがと。……ありがとっ」



 もらったのは、こっちなのにな……。


 彼女が握るスマホの向こう側。その隠された口元には、きっと優しくて温かい笑顔があるから。

 花畑を出す魔法なんてなくても。俺にとっては、それだけで十分だった。

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