第10話 スマイルはお金でも買える
しばらく歩き、金子さんの案内でたどり着いたのは街中の携帯ショップ。
明るい店内には、好奇心がそそられる多種多様なスマートフォンたちが陳列されていた。
「おお~」
入店し、どれから見て回ろうかと胸を躍らせていたところ、金子さんが入口のすぐそこにあった商品棚を指差す。
「あったわ」
「ん? え?」
「イマドキの高校生はこれだから」
陳列状況から察するに、彼女が手渡してきたスマホはこの店でも売れ筋の一番人気な機種だ。
シンプルで使い勝手は良さそうだが、本当にこんな簡単に決めてしまっていいのだろうか? 一瞬だけ不安がよぎる。
しかしあまりに迷いのない金子さんに対し、なんだか負けてられないと思った俺は、手渡された箱と向き合って腹をくくる。
「な、なるほど……。よしっ」
「何か外せない機能とかあるなら、他のも見て回ればいいけど」
「い、いや、いい。これにする。金子さんのオススメなら、これにする」
「そ……そっ。じゃあ手続き進めるわよ」
そこから店員さんの説明を素直に聞き、金子さんのアドバイスを受けながら手続きを踏んでいった。
データ通信量、保証、契約オプション、全て標準。
金子さんは「高校生なんだから」とデータ通信量だけモリモリにしようとしてきたが、連絡を取る知り合いも少ないし、今のところ動画も見ない俺にはあまり必要がない。
断ると、「たしかにネットの友達ばかり増えてもアレね」と悪気もなく言ってきたので、俺は絶対にリアルフレンドを増やしてこの子に見せつけよう。と、心の中で誓った。
こうして初めての大きなお買い物は、意外にもすんなりと完遂されたのだった──。
「金子さんありがとう。とりあえずスマホ買えたし、説明も一緒に聞いてくれたから助かったよ」
店の外の表通りに出ると、空の端の方はもう橙色に染まりつつある。
早歩きのサラリーマンや、部活帰りらしき他校の学生たちが通り過ぎる中、俺たちはすぐそこの街路樹の麓で立ち止まった。
「べ、別に私は、ただの気まぐれだから」
「うん。でも、ありがと」
「なっ……」
ただお礼を言っただけなのに、彼女は驚いて言葉を無くしていた。
「にしても金子さんって、あんまり迷ったりしないんだね」
「え?」
「女の子って、ウインドウショッピング?みたいに、見てるだけでも楽しいって感じなのかと思ってたから」
「だ、だって……。で、デートとかしたことないから、分かんないのよっ! 悪かったわね、女の子らしくなくて!」
そういうつもりで例えたわけではなかったが。
というか、そういえばこれデートだったのか……。
「そ、そんなことないって。でも金子さんの即断即決、男気があってよかったよ」
俺は笑顔で親指を立てる。
「あんたそれ褒め言葉じゃないから」
返ってきたのは鋭い眼光だった……。
「……ま、まぁとりあえず目的は果たせたし、次は俺が男気を見せる番かな。何かお礼させてよ。あそこで唐揚げでも買おうか?」
来る時から気になっていたのだが、スマホショップの2軒隣に唐揚げ屋があるのだ。
店頭では、油をバチバチさせながら、色黒タンクトップのおじさんが元気よく声を出して接客している。
俺が指し示したその店に、一瞬だけ視線を向けた金子さん。
……しかし何を言うでもなく、さっきよりさらに強くこちらを睨んできた。
なんでだ。唐揚げってみんな好きなんじゃないのか。
「あ、き、気分じゃなかった? 他に何か欲しいものとかない?」
「……じゃ、じゃあ。……あれ」
次は少しうつむき、口を結んだ彼女。
白く細い手で控え目に指差したのは、向かいの通りにある、斜体のアルファベットが並んだ黒い看板。
近くの洋菓子店がやっている、お洒落なクレープの屋台だった。
「あぁ、あっちね。わかった。任せといて」
店の前に行くと、彼女が指定したのは「プレミアムトリプルクリームイチゴクレープ チョコソーストッピング」なるもの。
同じものを注文して二つ分のお金を払うと、店員さんが目の前で生地を焼き始めた。
遠くから漂ってきていた唐揚げの匂いが、次第に甘くて芳しい乙女の香りに上書きされていく──。
金子さんってこういうの好きなんだな。
「なんか意外かも」なんて言ったら、睨まれるだけでは済まない気がする。「可愛いとこあるね」なんて、えらそうなことも言えない。
どうやったら良い意味で伝わるだろうか……。
「金子さん、なんかクレープとか似合うよね」
「……うう、うっさいわね! 帰ったらランニングするからいいの!」
結局、また睨まれてしまった。
*****
近くのベンチに腰掛け、時々可愛らしい声を漏らす金子さんと一緒に、クリームたっぷりで豪華な円錐を頬張る。
相当甘いものが好きなのだろう。さっきまでツンとしていた彼女も、それが嘘だったかのように幸せそうだ。
しかし何か言ってしまうとそっぽを向かれてしまう気がしたので、俺はその様子を耳と視界の端だけで味わった。
「そういえば、たしかあの子……稲荷茉子も、マスゲームのセンターになったんだって?」
クレープを食べ終えて普段通りに戻った彼女が、何気ない顔で重要人物の名前を出してくる。
「え?うん。そう言ってた。『も』ってことは、金子さんもなの?」
「そうよ。今日、ついさっき推薦されて決まったことだけど。でもなんか、あの子にだけは負けたくないわ……。赤とか青とかどうでもいいから、マスゲームだけは勝たないと」
そんなに目の敵にしなくても。とまぁ、立場上そんな事は言えない。
切磋琢磨、良きライバル、高め合う仲……ってことにしておこう。
「C組は青なんだね。ちなみにマスゲームのテーマは何なの?」
「たしか、『天災により剣角を失ってなお、残された足と翼で再起し飛翔する天馬』だったかしら」
「お、おぉ……。その感じ、うちだけじゃなくて安心した。でもすごいね、センターなんてさすがじゃん」
「さすがでもなんでもないわよ。他のクラスと違ってうちのクラスは『華があるからセンター』っていうわけじゃないもの」
「なんで?」
「良くも悪くも、目立つから誰もやりたがらなかったのよ。だから私が選ばれたわけ。表向きは推薦でも、本当はやりたくない事を押し付けられただけよ」
たしかに誰もやりたがらないようなクラスもあるかもしれないが、それで彼女が選ばれる理由にまではならない気がする。
金子さんはクラスの中でどういう立ち位置なんだ……?
俺の顔から察したのか、彼女はまた淡々と話を続けた。
「江守は覚えてないだろうけど、私、一年生の時に何人かの先輩に告白されてて。どの人も話したことすらなかったし、ためらいなく断ったのよ。……でも、今のクラスの女子の中に、私が振った先輩のファンの子がいてね」
「それで妬まれるってこと……?」
「妬まれてるっていうか……。まぁ元がこんなだし、たぶん嫌われてるのよ。あからさまな嫌がらせとか、そういうのはないけど。今回は推薦っていう体で、センターを押し付けたんだと思う」
「嫌われている」という重い言葉。
それを簡単に話す彼女は、ただ事実を受け入れたような目をしていた。
何も悪いことなんてしていないのに……。
「そっか、そうだったんだ。……でも、華があることに代わりないし」
「なっ……」
「センターにはぴったりだと思う」
「そ、それだけは素直に受け取っておく……。あ、ありがと……」
「うん。応援してる」
珍しく素直になってくれたが、俺とは目を合わせてくれない。彼女は食べ終えたクレープの紙を、膝の上で小さく小さく折り畳んでいた。
「それにさ」
「え?」
「みんなから避けられてるなんて、俺と仲間だね」
「ぷっ、ふふ。……一緒にしないでもらえる? 江守よりはマシなんだけどっ?」
*****
金子さんとクレープを食べ終わり、解散した後。
一人でアパートに帰ってくると、俺は夜ご飯なんてそっちのけで、買ったばかりのスマホの真っ白な画面を眺めていた。
予想はしていたが、新しいスマホに前のデータは何も残っていなかった。
大体クラウド上に保存されているはずだし、上手く引き継ぎできれば、何か過去のデータが見られるかもと思っていたが……そう上手くはいかないものだ。
それでも、一つだけ分かったことがある。
新しいスマホに引き継ぐデータ。たしかにそれは確認できなかったが、データを入れる箱は、今も存在しているのだ。
ちゃんと自分の名前でアカウントがある。その中身がないだけ。やはり部屋の中と同じく、何者かによって消されてしまったのだろうか……。
そのまま隅々までチェックしていたところ、一通だけ、受信ボックスにメールが届いていることに気が付いた。
宛名は登録されていないアドレス。
送られてきたのは、今日の放課後。
本文も、たった一言だけ……。
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From if1898@ekhs.ed.jp
日時 2026年 4月23日 17:11
件名 なし
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金子美耶には近寄るな
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