龍樹戦
悲鳴が聞こえた場所は、そう遠くはなさそうだった。
極振りした俊敏性を活かして、全速力で木々の合間を駆け抜けていく。
「ハインツさん! このままでは全滅します……っ!」
「わかっている……! だがこのままイルナを見捨てるわけには……!」
鬱蒼と生い茂る森林に妨げられていた視界が急に開ける。
目の前に広がっていたのは、めちゃくちゃに木の根を振り回す巨大な樹木と、抵抗する冒険者の姿だった。
「大丈夫か!? ……あっ」
草木をかき分け、駆け抜けた勢いそのまま荒れ果てた戦場へと躍り出る。
そこでようやく全貌を目にして、どくんと心臓が締め付けられるような感覚を覚えた。
「君は……っ!」
冒険者たちが対峙している魔物は、レントの上位種に位置する龍樹プラネアだ。
決してこんな市街地の付近に存在していい魔物ではない。
だが、そんなことよりも俺に衝撃を与えたのは、龍樹と対峙している冒険者が全員知っている顔だったことだ。
「ガベル、なぜ君がここに……!」
龍樹の攻撃をもろに食らったのか、地面に倒れピクリとも動かない魔法使いの少女、イルナ。
長剣を握り、今も龍樹の攻撃を果敢にいなしている大柄な青年、ハインツ。
そして、ハインツの援護をしながら、イルナを救出しようと試みている少年、ハルバ。
彼らはつい昨日、俺を追放したパーティのメンバーだった。
「いや、理由を聞いている暇はない! 逃げろガベル! 昨日も言ったがここに君の居場所はない!」
パーティのリーダーであるハインツは、俺の登場に一瞬驚きはしたものの、すぐに気を取り直し再び龍樹へと向き合う。
ハインツは強い。うちの街に住み着いている冒険者の中では、間違いなく上から数えたほうが早い、熟練の冒険者だ。
けれど、おそらくハインツは勝てない。
万全の状態ならともかく、手負いのイルナを庇いながらではいずれ力尽きるだろう。
「断る。俺はもうあんたのパーティメンバーじゃない。その命令は聞けない」
「血迷ったか!? 曲がりなりにも数年冒険者をしてきたんだ! 戦って勝てる相手かどうかくらい弁えているだろう!」
ハインツの言葉は全くもって正論だった。
だがそれは昨日までの話。
彼にとっては地続きの昨日と今日でも、俺にとっては世界が変わる一日を経た後だ。
それに。
「勝てない相手とわかって戦っているあんたに言われても、説得力がないな」
ハインツは馬鹿ではない、間違いなく優秀な冒険者だ。
この戦いに勝ち目がないことなど、よくわかっているだろう。
だが彼は仲間を見捨てることなどできない甘い男だ。
それは少しの時間しか接していなかった俺もよく知っている。
「俺が時間を稼ぐ。その間にイルナを助けるんだ」
それだけを口にして、思いっきり地面を蹴った。
木龍の攻撃はレントに比べれば圧倒的に早いが、それでも決して目で捉えられないほどではない。
スキル無しでの三年間の冒険者生活を支えた、この俊敏性と回避力があれば、十分に避け切れることができた。
「魔弾生成」
木龍が尻尾のように振り回す数多の木の根をかいくぐり、滑るこむようにして懐に潜り込む。
「フレイムバレット」
灼熱の弾丸を至近距離で叩き込んだ。
炎は根と枝を焼き、黒煙を上げながら本体である大樹の幹を炙っていく。
木龍は声なき声をあげ、やみくもにふるうだけだった蛇のようにしなる根を、全て俺へと叩き込んでくる。
その全てをかわしながら、根の暴風が当たらない距離まで龍樹から距離をとった。
ちらりとハインツ達の方に目を向けると、イルナに駆け寄っているのが見える。
龍樹の注意が完全に俺へと向いた隙を見逃さなかったようだ。
「さて、どうするかねこいつ……」
乱れた呼吸を整え、怒り心頭の龍樹へと目を向ける。
龍樹はこちらを追っては来ず、太い根を地面に刺してその場に留まっていた。
ドクン、ドクン、と地面に刺さった根が脈打つたびに、俺のスキルで燃やされた箇所がみるみる復元されていく。
「反則だろそんなの……」
一発や二発魔弾を当てた程度では恐らく致命傷には至らないだろう。
消耗戦になればこちらの負けは確実。
一気に決めるしかない。
「大丈夫、俺ならできる。ここで逃げたら冒険者失格だ!」
龍樹が回復を終えたのか、地に刺していた根を引き抜き、再び移動を始める。
暴れ狂う根が周囲のものを全てなぎ倒し、瞬く間に荒地へと変えていく。
あれは食らえば、間違いなく死ぬだろう。
「いくぞ!」
覚悟を決め、銃口を龍樹に向ける。
引き金を絞れば、灼熱の弾丸が龍樹を燃やし尽くさんと炎塵を振りまいた。
だが、龍樹も先ほどの攻防で学習をしたようで、根を何本か犠牲にしつつも炎弾を完全に防ぎきる。
どうやら根は幹や枝よりも回復が早いようで、あっという間に復元されていった。
同時に、龍の顎を模した枝が、俺を嚙み殺そうと何本も襲いくる。
その全てを避けながら、俺は次の攻撃のチャンスを伺っていた。
魔弾生成一回で連続して打てる魔弾の数は六回。
これは昨夜の検証でわかったことで、一発打つごとに銃に込められた魔力は少なくなっていく。
先ほど二発打ったため、残りは四発
そして、俺自身の魔力を鑑みれば、魔弾生成が使えるのもあと一回が限度だ。
そして最後の魔弾生成の使い道はもう決まっている。
だからなんとしてでもあと四発で龍樹の隙を産み出さなきゃいけない。
「アイスバレット」
立て続けに二発、暴れ狂う根の付け根に氷の弾丸を叩き込む。
魔弾は何本もの氷柱を生みだしながら、龍樹の体を凍らせていった。
根元の可動域を封じられ、龍樹の機動力が目に見えて落ちる。
「いける!!」
残った二発も、同様に龍樹の根元へと打ち込みんだ。
そして、最後の一撃を放つ用意を始める。
「魔弾生成」
体に残った魔力を振り絞り、魔銃に力を込めた。
再び魔銃が力強く光り輝き、必殺の弾丸を生成していく。
--勝った、と気が緩んだ一瞬の隙を、龍樹は見逃さなかった。
地面に潜らせていた根が、大地を突き破り、その鋭さを保ったまま俺のこめかみに向かって殺到する。
意識の外側、完全に死角になっていた場所からの攻撃に、咄嗟に体は反応しない。
終わった、と死を覚悟したその瞬間、ブォンと風を切る音ともに、鉛色の物体が視界の端を通り抜ける。
見れば、イルナを救出したハインツが、手にした長剣を思いっきり投擲していた。
槍のようにまっすぐ飛ぶ長剣は、寸分違わず俺を狙っていた根を切り裂き、森の奥へと消えていく。
「決めろガベル!」
自らを守る武器を手放す、決死の一撃によって拓かれた活路を、無駄にはしない。
全身全霊を込めて、魔銃の引き金を引いた。
「フレイムバレット・フルバースト」
現時点で俺が持つ、最高火力の一撃。
魔弾生成で生み出した六発分の魔力を、一撃に束ねて打ち出す必殺の弾丸。
赤を通り越し、白く輝く魔弾は、龍樹の根などもろともせず、圧倒的な破壊を振りまいて全てを燃やし尽くす。
着弾とともに爆風が吹き荒れ、龍樹を跡形もなく灰へと変えていった。
「終わっ……た……」
気が抜けると同時に、体からすっと力が抜ける。
急激に魔力を失った上、残存魔力もほとんどない。
人生で経験したこともないような虚脱感を覚えた俺は、そのまま眠るようにして地面へと倒れ込んだ。




