拒絶と絶望の果て
「っ~~~あ!!」
激しい抵抗とともに、胸を強く突かれた。
油断していた千秋の体がソファーから滑り落ち、床に膝をつく。
「ハッ、ハッ……っ」
荒い息を吐きながら、巧がソファーの端へ逃げ延び、床に転がり落ちるようにして距離を取った。
その顔は真っ青に引きつり、唇は赤く腫れ上がっている。巧はまるで未知のバケモノでも見るような目で、ガタガタと震えながら千秋を睨みつけていた。
「お前……狂ってんのかよ! 気持ち悪い……! 幼馴染だと思って信じてたのに、ずっとそんな目で俺を見てたのかよ!」
『気持ち悪い』
そのたった四文字が、刃となって千秋の胸を深々と穿ち抜いた。
分かっていたはずだった。巧が同性愛に対してどれほど強い拒絶感を抱いているか。テレビのCMを見て露骨に眉をひそめ、「生理的に受け付けない」と言い切っていた言葉が、脳内で何度もリフレインする。
(ああ……終わったんだ)
自分から壊したのだ。
巧の隣にいられる唯一の資格だった「幼馴染」という仮面を、己の身勝手な欲望で破り捨ててしまった。
千秋は床に座り込んだまま、ただ静かに自分の手元を見つめた。
巧を手折った感触、唇に残る巧の体温と甘い蜜の味。そのすべてが愛おしく、そして耐えがたいほどおぞましかった。自分の汚い欲情が、いちばん大切だったはずの巧をこれほどまでに追い詰め、傷つけてしまったのだから。
「……ごめん」
声が掠れて、うまく出なかった。
「巧の言う通りだね。僕、気持ち悪いよね」
ゆっくりと顔を上げると、巧は千秋の言葉に悲鳴を上げるような顔をして、後ずさりした。
その瞳に浮かぶ恐怖を見るだけで、千秋の心臓はズタズタに引き裂かれそうだった。これ以上ここにいさせたら、巧の心を完全に壊してしまう。
「もう来なくていいよ。二度と、君を嫌な目に遭わせないから」
それは、千秋が人生で吐き出した、最も痛痛しく、最も真実な「さよなら」だった。
巧は千秋の言葉が終わるか終わらないかのうちに、弾かれたように立ち上がり、ドアを蹴開けて逃げて行った。
廊下を遠ざかっていく荒々しい足音。そして、バンと激しくドアが閉まる音。
部屋に残されたのは、完全な静寂だった。
千秋は一人、静まり返ったリビングの床で、ポツンと膝を抱えた。
ソファーには、巧が飲んでいた缶ビールが転がり、中身がじわじわと絨毯に染みを作っている。
(もう、あいつは帰ってこない)
もう二度と、振られた愚痴を聞くこともない。
「お前の飯が一番うまい」と笑う顔を見ることもない。
この手で二度と、あの髪に触れることもできない。
千秋は眼鏡をかけ直し、静かに両手で顔を覆った。指の隙間から零れ落ちた涙は、誰にも気づかれることなく、冷たい床へと染み込んでいった。




