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僕が死ぬまで生きていて ー子どもたちがあの世へ逝く前に寄るのは、ニートの僕の部屋ー  作者: 七千凜紗


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四章  かくれんぼの忘れ物

 給湯器が壊れた。昨日、お風呂に入ろうとした時、地獄を見た。

 上着が必要になってきた晩秋、三姉妹がいないな、と違和感は感じていたのだ。まあそういう日もあるのか、と思いつつ今日はゆっくり入れるとウキウキして、いつもの癖で入浴剤を入れて足を突っ込み、体温がお陀仏した。そこは20リットルも貯められた冷水だった。

「教えてくれてもいいのに……」

 そう呟いて力なく服を着直し、泣いた。身も心も寒い。


 この時季、お湯は生活に必需品ではないが、すぐ冬になる昨今なので大家さんに相談する。

 このアパートの一階の一号室に住んでいるオオヤさん。中年というにはまだ若い女性だ。

「すぐ手配しますね」と言って型番などをスマホで撮る。少し離れてその様子を見ていると、もう十年以上経つのね……と独りごちていた。


 僕がこのアパートで暮らすようになったのは、高校二年の時。三年目になる。

 実家は寺で、父が住職で、弟が継ぐことが決まったからだ。追い出されたわけではない、父も弟もいい人だ。僕が勝手に家を出た。タトゥーはその時に入れた。校則が『近隣のコンビニ前で五分以上、集団で立ち止まらない』の一つだけしかないという高校でよかった。これでも進学校で、僕は頭がよかった。イトウはアホなのでよく考えず、校則の厳しい私立高校に行って三年間詰襟をきっちり着て、悶絶していた。

 優しかった母親はその時にはもういなかった。僕が小三の時に病気で亡くなっている。何の病か聞いてないし、当時のことはよく覚えていない。


 オオヤさんが携帯で工務店っぽいところに電話し「今この型が廃盤で、同じサイズの物を取り寄せになるそうです。なので、連絡が来たらまたお知らせしますね」と教えてくれた。この季節ならまあいいか。と思ったところで、あのスーパー銭湯の嫌な思い出がよみがえってきた。当分あそこに行かなければならないのか。家族風呂を一人で借りないといけない。イトウは女になったのでもうついてこないだろう。ナカノは……ナカノは今、どこにいるんだろうか。


 オオヤさんが「じゃあこれで」と帰りそうになったところで、ハッと思い出し呼び止めた。うちの押し入れの中板が先日割れてしまったのだ。そう伝えると、オオヤさんはハイハイと良い笑顔で「一度見せてもらえますか?」と言って家の中に入った。

 掃除をしていなかった部屋を見せるのは恥ずかしかったが、オオヤさんは気にせず和室に行った。押し入れは小さいが、この小さい賃貸の収納場所として貴重なものだ。主にイトウが使う布団しか入ってないけど。その押し入れを開けて、すぐに言う。

「あー、綺麗に真っ二つですね。これは大工さんを呼びましょう」


 まずい。油断していた。下段に移した布団の間から、知らない男の子の青白い顔だけがはみ出している。目をカッと開き、大きく口を開いて、餌をもらう池の鯉のような表情をしていた。

 幸いオオヤさんは見えない人だったので、僕は涙目をメガネの裏に隠しながら「ありがとうございますよろしくお願いしますすみません急用を思い出したのでそれではこれで」と言って部屋から退出を願った。本当はお茶の一つでも出すべきだったが、新人幽霊の華麗な登場に焦りを隠せなかった。それなのにオオヤさんはまたハイハイと笑って、こちらに気を遣わせずさっと出て行ってくれた。いい人だ。


「えーと、まあ、君のやりたいことは、だいたい予想はつくから」

 非常に不本意だが、やっぱりイトウを呼ぶしかない。僕はSNS通話をかけたが、こういう時に限って出ないところが腹立つ。珍しく大学にでも行ってるんだろう。

 僕は考えあぐねて、思いついた案を本当に実行するか十分ほど悩んだ。そして実行すると決めて、移動し、スマホを手に取る。今すぐ確実に来てくれるのは、オオヤさんしかいない。変な人だと思われるのは今更構わないが、困らせてしまわないだろうか。もし良くない霊だったら、もし失敗したら、迷惑をかけてしまう。

「やっぱりイトウにしよう」

 そう思ってスマホをもう一度持った時、玄関のチャイムが鳴った。

「スズキさーん、オオヤですー」

 僕は意を決して、今までにない大声を出した。

「すみません!! 中に入って、僕を出してもらえませんか?!」

 オオヤさんは何事かと急いで入ってきてくれた。果たして、僕の居場所が、わかるだろうか?

「スズキさん? どこですか?」

 その声が少しずつ近づいてくる。もう少しだ。

 さっき二人で開けたはずの押し入れ。今はそこが閉まっている。そして家主はいない。

 押し入れの襖が勢いよく開けられ、オオヤさんは明るく「みーつけた!」と言ってくれた。


 子どもの頃、母親にいつも言われていたのは「押し入れに入らないこと」。布団でぎゅうぎゅうのそこにそもそも入る余裕はなかったが、僕と弟は小さい時、上の段の布団の間に上半身を突っ込んで遊ぶということをしていたら、こっぴどく叱られたのだ。下の段には物がなく、なぜか上の段に布団が詰まっていた押し入れ。大人が出しやすいというのもあるだろうが、もし下の段に布団があったら、僕たちはふざけて全身を中に突っ込み出られなくなっていただろう。


「オオヤさん、ありがとうございます」

 僕は押し入れから出て、後ろ手で下段の布団の重なった部分を持ち上げた。深呼吸のような風がそこからふっと抜けて、少し光が差した。

「見つかっちゃいました」「見つけちゃいました」

 二人で声を出さずに笑い、そうそう、と言ってオオヤさんが連絡してくれた、大工さんの作業日時の打ち合わせが始まった。

 押し入れが直ったら、また布団を上の段に戻そう。僕の母がそうしてくれたように。



※以下センシティブな表現があります。閲覧注意※





FILE:04 【瑞穂新聞】昭和五十二年十月十五日(土曜日)夕刊


■押し入れで悲劇の窒息死 団地でかくれんぼ、九歳男児 布団の山、声届かず

十四日午後六時ごろ、蒼海県豊穣市北町の公団豊穣団地三号棟、会社員・Tさん(三八)方から「遊びに来ていた友人の姿が見えない」と一一〇番通報があった。豊穣署員が駆けつけ室内を捜索したところ、寝室の押し入れに積み上げられた布団の間から、同団地に住む小学三年生、K君(九)がぐったりして倒れているのを発見。直ちに病院へ搬送されたが、死亡が確認された。


■隠れ場所が「棺」に

同署の調べによると、K君たちはこの日午後四時ごろから、団地の友人ら五人で「かくれんぼ」をして遊んでいた。K君は鬼役から逃れようと、寝室の押し入れに潜り込み、重なり合った布団の隙間に深く身を投じたものとみられる。

そのままK君は出られなくなり、友人らが何度も名前を呼んだものの、厚い布団が防音壁となって声が届かず、応答もなかった。


■団地生活の盲点

密閉性の高い団地の一室で起きたこの悲劇。鍵っ子たちの放課後の遊び場が、一転して音の届かない「死角」となったことに、団地住民の間には大きな衝撃が広がっている。


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