2-3 戸籍係の職員は、秘密を秘密だと思っていなかった
翌日。
俺は王都の戸籍管理局を訪れた。
農政庁とは違い、こちらは比較的こぢんまりした建物だった。
受付で叔父の名前を伝え、戸籍の確認を申し出る。
「稲穂作蔵様ですね。ご親族の方でいらっしゃいますか?」
「甥です。農地の相続手続きで、確認したいことがありまして」
「承知しました。少々お待ちください」
職員は分厚い台帳を取り出し、ページをめくった。
やがて、ある欄で手を止めた。
「ああ、こちらですね」
差し出された記録を見て、俺は眉をひそめた。
そこには、こう記されていた。
戸籍上の本名:稲穂作一(継承)
通称:稲穂作蔵
「……は?」
俺は二度見した。
いや、三度見した。
「すみません。これ、どういう意味ですか?」
職員は、何でもないことのように答えた。
「ああ、稲穂さんとこは急死だったから、継承の手続きができてなかったんですね」
「……継承?」
「農家を継ぐんであれば、タケルさんが継承する、でいいですよね」
「……はい?」
あまりにも軽い。
軽すぎる。
今、俺の人生を左右するような重大なことが、昼食の献立を決めるくらいの気軽さで処理されようとしていないか?
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は机に身を乗り出した。
「本名が『稲穂作一(継承)』というのは、どういうことですか?」
「そのままですよ。稲穂家の家督を継ぐ者が、先代の名前と地位を引き継ぐ仕組みです」
「いや、名前と地位って……」
「農地の名義も、各種の申請者資格も、家督の継承が済んでいれば原則として引き継がれます。ですから、農家を継ぐ場合は、戸籍の継承手続きを済ませればいいんです」
俺はゆっくりと椅子に座り直した。
「……待ってください」
「はい?」
「つまり、農家になるために農家としての実績が必要だと言われたのは?」
「通常の新規就農の場合は、そうですね」
「でも、家業を継ぐ場合は?」
「先代の戸籍上の地位を継承すれば、既存の農家として扱われます」
「……」
俺は両手で顔を覆った。
なんだ、それ。
俺はここ数日、何十枚もの申請書を書いた。
農地利用許可申請書。
営農計画書。
事前相談予約票。
書類提出に関する確認書。
確認書の確認票。
それらを必死に作成し、農政庁の窓口で何度も門前払いを食らった。
だが、必要だったのは――。
「戸籍の継承手続き、たった一つ……?」
「はい。家督を継ぐのであれば」
職員は首をかしげた。
「何か問題でも?」
「問題だらけですよ!」
俺の声が、戸籍管理局に響き渡った。




