2-2 叔父の名前が、どこにもない
納屋の奥には、叔父が使っていた古い机があった。
引き出しを開けると、帳簿や契約書、農地の地図がぎっしりと詰まっている。
「さて、どこから調べるか……」
俺は会社員時代の癖で、まず資料を分類することにした。
土地関係。税金関係。農業組合関係。販売契約関係。
そして、それぞれの書類に記載された名義を確認していく。
ところが。
「……おかしいな」
「どうしたんですか?」
「叔父さんの名前がない」
農地の所有者欄。
農業用水の利用契約。
共同水利組合の登録名簿。
米の販売契約。
どの書類にも、叔父の名前である『稲穂作蔵』の記載が見当たらなかった。
「そんなはずはないでしょう? この田んぼは叔父さんがずっと使っていたんですよ」
「そうだ。帳簿もあるし、納税記録もある。なのに、公式書類の名義だけが違う」
俺は一枚の契約書を手に取った。
そこには、こう書かれていた。
『農地管理者 稲穂作一継承前管理名義』
「……作一?」
「叔父さんの名前じゃないですね。誰ですか?」
「誰だろう?親族がいないから、叔父さんの農地を継ぐことになったはずなんだが」
さらに別の書類を確認する。
『共同水利組合員 稲穂家継承名義』
『農産物出荷登録 稲穂家継承名義』
『農地保全義務者 稲穂家継承名義』
どれも、個人名ではなく『継承』という文字がついていた。
「なんだ、これ……」
俺は腕を組んだ。
会社員時代に、何度も似たような状況を見たことがある。
帳票の名前が違う。
契約書の名義と実際の担当者が一致しない。
現場では当たり前に運用されているのに、誰もその理由を説明できない。
こういうとき、表面的な書類をいくら眺めても答えは出ない。
必要なのは、元になっている制度を調べることだ。
「コメリア、戸籍というものはあるか?」
「戸籍? もちろんありますよ。生まれたときに登録されて、家族や家督の関係が記録されるものです」
「よし。明日、役所で確認しよう」
俺は叔父の資料を丁寧にまとめ直した。
この世界の農政は、複雑なだけではない。
どうやら、制度の根っこに何かが隠れているらしい。




