1-5 農家になる前に、農家資格の取得が必要です
農政庁を出た俺は、村の古老を訪ねた。
「タケルさん、農業を始めるには、まず農家組合への加入が必要じゃよ」
「農家組合ですか」
「そうじゃ。水路の管理や共同作業、農地の利用調整など、農業を続けるために必要な組織じゃ」
なるほど。
それは合理的だ。
水は一人で管理できない。共同で使う設備もある。地域で協力しなければならない仕事は多い。
俺はさっそく組合の事務所へ向かった。
「農家組合に入りたいんですが」
「営農実績はありますか?」
「いえ、これから始めます」
「では、加入資格がありません」
「え?」
「当組合では、農業を営んでいることが加入条件となっております」
「農業を営むために加入したいんですが」
「加入するには農業を営んでいる必要があります」
「……」
俺は遠い目をした。
「農家になるためには農家でなければならない」
「そういうことになりますな」
「では、どうやって農家になれば?」
「農家組合にご相談ください」
「ここじゃないんかい!」
その日の夕方。
俺は自宅の納屋に座り込み、天井を見上げていた。
転生初日。
まだ一粒の米も植えていない。
なのに、俺の精神はすでに収穫期を終えた田んぼのように干上がっていた。
「異世界に来れば、第二の人生はバラ色だと思っていたんだがな……」
そのとき、納屋の戸が開いた。
「こんにちはー!」
入ってきたのは、十六歳くらいの少女だった。
腰には小さな農具。背中には苗の入った籠を背負っている。
「あなたが新しい農家さん?」
「そうなりたい人だ」
「なりたい人?」
「まだ農家になるための手続きが終わっていない」
少女は首をかしげた。
「でも、田んぼがあるんでしょう?」
「ある」
「農具もあるんでしょう?」
「ある」
「米を作りたいんでしょう?」
「もちろんだ」
「じゃあ、作ればいいじゃないですか」
俺は少女を見つめた。
なんて単純で、なんて正しい言葉だろう。
「君、名前は?」
「コメリアです。近所の農家の娘です!」
「コメリア……」
俺はその名を心に刻んだ。
この世界には、まだ常識が通じる人間がいた。
「実はな、コメリア。俺は米を作りたいんだ。でも、許可がどうとか、登録がどうとか、組合がどうとかで、まだ何も始められない。神様がこの世界で農業ができるように紹介して、亡くなった叔父さんの後を引き継ぐようにしてくれたんだ」
「へえ。大変ですね。異世界転生者はたまに聞きますが、実際見るのは初めてです」
「大変なんだよ!」
「じゃあ、私が教えてあげます。田んぼのことなら、役所の人より詳しいですよ!」
俺は思わず立ち上がった。
「よし! 決めた! 明日から田んぼを耕すぞ!」
「えっ、でも許可は?」
「あとで考える!」
「水利組合は?」
「あとで考える!」
「作付け計画は?」
「あとで考える!」
「販売登録は?」
「……」
俺は拳を握った。
「米を植える前に、俺の心が枯れてしまう!」
コメリアは、けらけらと笑った。
その後、コメリアはタケルのことを「師匠」と呼び、なつかれることになる。
すみません。
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