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異世界米農家の憂鬱  作者: とんぷぅ
第1章 定年退職したら異世界でも農政に泣かされた
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1-4 作りすぎるな。でも、足りなくなるな

なんとか窓口を突破し、俺は農政庁の会議室に通された。


そこには、立派な制服を着た中年男性が座っていた。


胸元には金色の徽章。


名刺には『王国農政庁・食糧需給調整局長 バランス卿』と書かれている。


「あなたが新しく農地を相続されたタケル殿ですか」


「はい。米を作りたいと思いまして」


「結構。農業は国家の礎です」


「ありがとうございます」


「ただし、米の生産には細心の注意が必要です」


バランス卿は一枚の資料を取り出した。


「まず、米を作りすぎてはいけません」


「はい?」


「豊作になれば価格が下落し、農家の収入が不安定になります。したがって、適切な生産量を維持する必要があります」


「なるほど。価格の安定ですね」


「その通りです」


「では、不作になったらどうするんですか?」


「食糧不足を防ぐため、増産をお願いすることになります」


「……」


俺は資料を見つめた。


「ちょっと整理させてください」


ホワイトボードを借り、俺は図を書いた。


豊作になる。


↓


米が余る。


↓


価格が下がる。


↓


農家が困る。


その横に、もう一つの流れを書く。


不作になる。


↓


米が足りなくなる。


↓


価格が上がる。


↓


消費者が困る。


「つまり、豊作でも困る。不作でも困る。農家は米を作る量を調整しろと言われるけど、天候は思いどおりにならない」


「自然とはそういうものです」


「いや、そこは知っています。四十二年間、会社で働いていましたから」


「ほう。会社勤めのご経験が?」


「ええ。売上が落ちたら営業に頑張れと言われ、売上が伸びたら今度は生産能力が足りないと言われました」


「それは大変ですな」


「大変でしたよ! でも、会社には予算も販売計画もありました。需要を予測し、在庫を管理し、外れたら原因を分析して、次の計画を修正する。そういう仕事をしてきたんです」


俺はホワイトボードに大きく書いた。


『作付け計画は、需要予測と一体で考える』


「もちろん天候や価格は予測どおりにはいきません。でも、だからこそ情報を共有し、何が起きても対応できる仕組みを作るべきじゃありませんか?」


バランス卿は腕を組んだ。


「しかし、価格が下がれば農家が困ります」


「では、農家の所得を支える仕組みはどうなっていますか?」


「価格の安定が基本です」


「価格が下がらないように生産を抑えるんですか?」


「そのような政策もございます」


「では、価格が上がって消費者が困ったら?」


「市場の状況を注視します」


「注視するだけですか?」


「……」


俺は思わず机を叩いた。


「注視って便利な言葉ですね! 会社でもありましたよ。売上が悪化したら『状況を注視します』。納期が遅れたら『進捗を注視します』。最後には何も間に合わなくなって、現場に全部しわ寄せが来るんです!」


バランス卿は咳払いした。


「タケル殿。農政は企業経営とは違います」


「ええ、違います。食料は国民の命に直結しますから、もっと慎重にやるべきでしょう」


「ならば、なおさら生産調整が必要です」


「慎重にやることと、需要の変化に対応しないことは違います!」


会議室が静まり返った。


俺は少し冷静になり、椅子に座り直した。


「すみません。熱くなりました」


「いえ……」


バランス卿は資料を片づけながら言った。


「タケル殿のおっしゃることにも、一理はあります」


おっ。


「ですが、制度を変更するには、関係各局との調整が必要です」


来た。


「そして、調整に必要な資料を作成するためには、所定の申請書が必要になります」


「結局、書類かよ!」



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