↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界米農家の憂鬱  作者: とんぷぅ
第4章 補助金申請書が稲より育つ国
PR
25/27

4-5 農政未来連盟の本当の実力

翌週、タケルは王都で開かれる農業政策懇談会に出席した。


 農政局の幹部、農業団体の代表、農業機械メーカー、金融機関、研究者、地域の有力者。


 会場には、王国の農業政策に関わる人々が集まっていた。


 壇上には、バランス卿の姿もあった。


「農業を取り巻く環境は、大きく変化しております」


 バランス卿は、落ち着いた声で話し始めた。


「人手不足、資材価格の上昇、気候変動、流通構造の変化。

 農業を持続可能な産業とするためには、生産性の向上と経営の安定を両立させる必要があります」


 タケルは、真剣に耳を傾けた。


 その後、各団体から要望が発表された。


 農業機械産業協会は、設備導入支援の拡充を求めた。


 地域水利施設連合会は、老朽化した水路や共同施設の整備予算を求めた。


 農政未来連盟は、経営規模の拡大を促進する支援策を求めた。


 穀物流通事業者連盟は、保管施設や物流網の整備支援を求めた。


 それぞれの主張には、理由があった。


 農業機械は、作業の省力化に役立つ。


 水路の整備は、地域の農業を支える。


 経営規模の拡大は、効率化につながる場合がある。


 保管施設や物流網は、米を安定して届けるために必要だ。


 だが、要望を聞き続けるうちに、タケルは気づいた。


 誰もが、自分の分野の予算を増やそうとしている。


 しかし、その予算を増やした結果、農家の手取りがどうなるのか、米の流通がどう改善するのか、地域全体の生産がどう変わるのか。


 そうした話は、あまり出てこなかった。


 やがて、農政未来連盟のバルド理事が立ち上がった。


「農業の未来を守るためには、継続的な投資が不可欠です。設備整備や経営基盤の強化に、安定した予算を確保していただきたい」


 会場から拍手が起こった。


 タケルは手を挙げた。


「質問してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「各団体の皆さんにお聞きしたいのですが、今回の支援策によって、農家の所得がどれくらい改善するのか。

 米の供給がどれくらい安定するのか。

 そうした共通の目標は設定されているのでしょうか?」


 会場が静かになった。


「事業ごとに目標を設定しております」


 農政局の担当官が答えた。


「例えば、機械導入台数、施設整備件数、研修参加者数などです」


「それは、実施した事業の量ですね」


「はい」


「では、事業の結果として、農家の労働時間が何時間減ったか、所得がどれくらい改善したか、流通費用がどれくらい下がったかは?」


「事業によっては、そうした効果も検証しています」


「事業によっては、ですか」


 タケルは、少し考えた。


「もちろん、すべての効果を正確に測るのは難しいと思います。

 でも、設備を何台導入したかだけを目標にすると、導入すること自体が目的になりませんか?」


 バルド理事が口を開いた。


「稲穂殿。設備の導入は、農業の生産性を高めるための手段です。そこは皆、理解しております」


「では、使われていない設備が見つかった場合は?」


「個別の事情を確認する必要があるでしょう」


「同じような施設が、複数の地域で重複して整備された場合は?」


「地域の需要や将来の見通しを踏まえ、総合的に判断することになります」


「その判断を、誰が行うのでしょう?」


「行政と関係者が協議して決めることになります」


 タケルは、ゆっくりとうなずいた。


「つまり、予算を要望する側と、予算を審査する側が協議し、事業を実施した後も、その事業の成果を関係者が評価するわけですね」


「そのとおりです。関係者の協力がなければ、政策は実行できません」


「それは必要です。ただ、同時に、利害関係のない立場から検証する仕組みも必要ではありませんか?」


 バルド理事の目が、わずかに細くなった。


「利害関係のない立場、ですか」


「はい。支援を受ける側、支援事業を実施する側、予算を執行する側。

 それぞれの意見は大切です。でも、全員が同じ方向を向いているからといって、必ずしも正しい結果になるとは限りません」


 タケルは続けた。


「誰かが悪意を持っていなくても、事業を続けること自体が目的になってしまうことはある。

 予算がついたから設備を作る。

 設備を作ったから成功とする。

 翌年も維持費が必要だから、さらに予算を求める。

 そうなれば、最初の目的が置き去りになってしまいます」


 会場の空気が重くなった。


 バランス卿は、黙ってタケルを見ていた。


 やがて、静かな声で言った。


「稲穂殿の指摘には、検討すべき点があります」


 タケルは、少しだけ驚いた。


「ただし、支援制度には、短期的な収益だけでは評価できないものもあります。

 災害への備え、地域の水利施設の維持、農村の雇用、将来の担い手育成。

 すぐに数字に表れない価値もございます」


「そのとおりです」


「ですから、単純に費用対効果だけで判断することもできません」


「はい。必要なのは、数字を増やすことではなく、何を守るための支援なのかを明確にすることだと思います」


 バランス卿は、わずかにうなずいた。


「その点は、私も同意します」


 タケルは、少しだけ希望を感じた。


 しかし、懇談会の終了後。


 廊下で、農政局の若い職員が同僚に話しているのを耳にした。


「今回の新規事業、来年度も継続する方向らしいぞ」


「成果の検証は?」


「これから報告書をまとめるんだって」


「先に継続が決まっているのか?」


「予算編成の都合もあるんだろう。関係団体も期待しているみたいだし」


 タケルは、足を止めた。


 まだ何も確定したわけではない。


 予算の継続には、長期的な計画が必要な場合もある。


 だが、もし成果を検証する前から、事業を継続することが既定路線になっていたら。


 そのとき、検証とは何のために行われるのだろう。


 タケルは、背筋に冷たいものを感じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。