4-4 補助金の行き先には、必ず道がある
三日後。
タケルの農場に、見知らぬ男が訪ねてきた。
紺色の上着に、金色の縁取りが入った名札。
男は、丁寧に頭を下げた。
「稲穂タケル様ですね。私、農業経営支援を専門とする『王国農業総合コンサルティング』のセバスと申します」
「コンサルティング?」
「はい。農業支援金の申請から、事業計画の策定、設備の選定、採択後の報告書作成まで、幅広くお手伝いしております」
セバスは、鞄からパンフレットを取り出した。
表紙には、立派な農場と最新型の農業機械が描かれていた。
「今回、稲穂様に最適な支援制度をご提案できると考え、参りました」
「俺に?」
「ええ。三ヘクタールの農地を継承された新規就農者。農業経営の改善に意欲があり、地域の流通問題にも関心をお持ちだとか」
「ずいぶん詳しいですね」
「各種公開情報や、関係機関からのご紹介をもとに、支援を必要とされる方にご案内しております」
セバスは、にこやかに説明を続けた。
「稲穂様には、スマート農業導入支援金をおすすめします。
自動操舵装置、収量管理システム、遠隔監視設備などを導入することで、作業の効率化が期待できます」
「それは便利そうですね。でも、今の俺に本当に必要なのは、収穫した米を安定して販売できる仕組みなんです」
「もちろんです。そのためにも、経営全体の高度化が必要です」
「具体的には?」
「まず、支援金を活用して設備を導入します。
次に、導入効果を測定し、経営改善計画を作成します。
そして、必要に応じて販売管理システムを導入し、事業の持続可能性を高めます」
「……販売先が決まっていないのに、販売管理システムを?」
「将来を見据えた投資です」
セバスは、別の資料を取り出した。
「設備導入費用の一部は支援金で賄えます。
申請手数料と計画策定費用についても、別の助成制度を利用できる可能性があります」
「その申請は、誰が?」
「弊社が代行いたします」
「費用は?」
「採択された場合に成功報酬をいただきます。
申請準備費用は別途必要ですが、条件によっては助成対象となります」
タケルは、パンフレットを受け取った。
説明は流暢だった。
制度の要件も熟知している。
書類作成も、審査対策も、実績報告も任せられるらしい。
農業に集中したい人にとっては、ありがたいサービスだろう。
だが、タケルは一つの疑問を抱いた。
「セバスさん。仮に、俺がこの設備を導入しなかった場合、農業経営は成り立たないのでしょうか?」
「それは経営方針によります」
「では、設備を導入した場合、どれくらい収入が増える見込みですか?」
「導入する機種や運用方法によって異なります」
「具体的な試算は?」
「詳細な経営診断を行ったうえで、ご提示できます」
「診断費用は?」
「別途、お見積もりいたします」
タケルは、パンフレットを机に置いた。
「つまり、今の段階では、設備が必要かどうかも、どれくらい利益が増えるかも分からない。
でも、補助金を使えば導入できるかもしれないから、まず申請してみよう、ということですか?」
セバスは、穏やかに笑った。
「稲穂様。支援制度は、活用しなければ意味がありません」
「必要な支援なら、活用すべきです。ただ、使えるから使う、というのは違うと思います」
「……」
「補助金が半分出るからといって、必要のない機械を買えば、残りの半分は自分の負担です。
買った後には、修理費も保守費もかかる。使わなければ、ただの高価な置物です」
セバスは、少しだけ表情を引き締めた。
「もちろん、弊社はお客様の経営状況を踏まえてご提案しております」
「なら、最初に確認したいことがあります」
タケルは、紙を一枚取り出した。
「俺の農場で、今いちばん困っていることは何か。
どこにお金を使えば、最も大きな改善が得られるか。
その順番を一緒に考えてもらえますか?」
セバスは紙を見つめた。
「……可能です」
「では、まずはそこからお願いします」
男は名刺を置き、丁寧に頭を下げて帰っていった。
コメリアは、門の外へ消える背中を見送りながら言った。
「悪い人には見えませんでしたね」
「うん。実際、悪い人とは限らない」
「でも、補助金を使うことが先になっていました」
「そうなんだ」
タケルは、パンフレットを見つめた。
制度を熟知した専門家は、制度を利用する手助けをする。
設備を販売する企業は、設備を売る。
建設会社は、施設を建てる。
団体は、支援枠の拡大を求める。
行政は、予算を執行する。
それぞれが、自分の役割を果たしているだけかもしれない。
しかし、制度が「何を改善したか」より「何を購入したか」を評価するようになれば、そこには自然と、購入を促す人たちが集まる。
支援金の流れに沿って、仕事と利益が生まれるからだ。
それ自体が悪いわけではない。
問題は、農家のために作られた制度が、いつの間にか制度を利用する人たちのために動き始めることだった。




