3-6 倉庫を開ければ、すべて解決するのか?
会議の後、タケルはグラノー商会長と一緒に倉庫を訪れた。
巨大な木造倉庫の扉が開く。
中には、米袋が整然と積まれていた。
薄暗い倉庫に、乾燥した穀物の香りが漂う。
「これだけあるのに、街では米が買えないんですね」
コメリアがつぶやいた。
「この米がすべて、明日から市場で売れるなら、そうでしょうね」
商会長は、米袋の山を見上げた。
「ですが、品質検査が終わっていないものもあります。別の地域へ運ぶ契約があるものもあります。今すぐ出荷できるとしても、袋詰め、荷車の手配、運搬人の確保が必要です」
「物流にも時間がかかる、と」
「ええ。倉庫から市場までは、距離だけの問題ではありません。荷車を動かすにも、人が必要なのです」
タケルは倉庫の奥を見た。
そこには、検査待ちの米袋が積まれていた。
「この検査は、どれくらいかかるんですか?」
「通常なら三日ほどです。ただし、現在は依頼が集中しており、十日ほどかかる見込みです」
「十日!」
「検査官の数は限られていますから」
「検査官を増やせば?」
「養成には時間がかかります」
「検査方法を改善すれば?」
「規則で定められた手順があります」
「検査の優先順位を変えれば?」
「公平性の問題がございます」
「……なるほど」
タケルは額に手を当てた。
米不足を解消するために米を出そうとしても、検査待ちで出せない。
検査を急ごうとしても、規則がある。
規則を変えようとしても、承認がいる。
承認を求めるには、申請書がいる。
申請書を提出するには、別の証明書がいる。
そして、その証明書を発行する部署は、昼休みに入っていた。
「コメリア」
「はい」
「この世界の行政は、米を腐らせないために、手続きのほうを発酵させているらしい」
「発酵と腐敗は違いますよ」
「そこは農家の娘らしい指摘だな」
コメリアは笑った。
しかし、すぐに真剣な顔に戻った。
「タケルさん。ひとつ気になることがあります」
「何だ?」
「倉庫の米は、いつまで保管できるんですか?」
商会長の表情が変わった。
「適切な環境で管理すれば、一定期間は保管できます。しかし、品質を維持するためには費用がかかります。時間が経てば、品質評価が変わるものもある」
「つまり、出荷が遅れれば遅れるほど、費用が増える?」
「そうです」
「そして、品質が落ちれば、売れる価格も下がる?」
「その可能性はあります」
コメリアは、倉庫の米袋を見つめた。
「じゃあ、誰も得をしないんじゃないですか?」
商会長は答えなかった。
高値で仕入れた米を、安く売れば損失が出る。
しかし、売らずに保管し続ければ、費用がかかり、品質の劣化リスクも増す。
市場では、米を買えない人が困っている。
農家は、来年の生産をどうすべきか判断できない。
小売店は、商品がなければ売り上げを失う。
行政は、供給量が足りているという過去の見通しに縛られている。
全員が自分の損失を避けようとした結果、地域全体の損失が膨らんでいた。
「グラノー商会長」
タケルが言った。
「市場に出せる米を、すぐに出すことはできますか?」
「一部であれば可能です。ただし、価格と数量を調整する必要があります」
「では、試験的に供給しましょう。行政にも市場にも、実際にどれくらい米が動くかを見てもらう」
「売値をどうするかが問題ですな」
「農家への支払い、保管費、運送費、販売費。それぞれを見えるようにして、どこまでなら無理なく供給できるか考えましょう」
商会長は、ゆっくりとうなずいた。
「よろしいでしょう。私どもも、売れない在庫を抱え続けたいわけではありません」
「ただし」
商会長は、指を一本立てた。
「この試みが成功したとしても、必ずしも市場価格がすぐ下がるとは限りません。供給量だけでなく、仕入れ価格や他の契約、消費者の購買行動にも左右されます」
「わかっています」
「そして、もし価格が急落すれば、今度は高値で仕入れた商人が損をし、翌年の農家への買い取り条件にも影響するかもしれません」
「……そうですね」
タケルはうなずいた。
米を出せば解決する。
そんな単純な話ではない。
大切なのは、いま困っている消費者を助けながら、次の年に米を作る人と運ぶ人も残すことだ。
目先の価格だけを追えば、別の場所で問題が起きる。
タケルは、倉庫の出口に向かって歩き出した。
「まずは、出せる米を出す。そして、なぜ残りの米が出せないのか、一つずつ調べる」
「農政局は、納得するでしょうか?」
コメリアが尋ねた。
「納得してもらう必要はある。でも、納得するまで何もしないわけにもいかない」
タケルは振り返った。
「現場で起きている問題を、現場の人間が見える形にする。それが最初の一歩だ」




