3-5 農家が悪い。商人が悪い。役人が悪い。
会議は、予定時刻を三十分過ぎても終わらなかった。
いや、正確には、終わらせることができなかった。
誰もが自分の事情を説明し、誰もが相手の事情に疑問を呈していたからだ。
「農家が作付計画を守らないから、供給が乱れるのです!」
「計画どおりに作ったら、今度は作りすぎだと怒られるんですよ!」
「商人が米を倉庫にため込んでいるからではないですか!」
「契約と資金繰りを無視して、すべて放出しろと?」
「小売店が利益を取りすぎているのでは?」
「仕入れ価格も運送費も上がっているんです!」
「行政の予測が間違っていたのではありませんか!」
「予測は過去の実績に基づいています!」
声が飛び交う。
誰もが、自分には正当な理由があると主張していた。
タケルは、ふと気づいた。
この会議では、全員が「自分は悪くない」と証明しようとしている。
その一方で、誰も「どうすれば米が届くのか」を話していない。
「皆さん」
タケルは、手を叩いた。
ようやく、全員がこちらを向いた。
「いったん、犯人探しをやめませんか?」
「犯人探しとは失礼な!」
監督官が顔をしかめた。
「では、原因究明と言い換えましょう。今の話を聞く限り、農家にも商人にも小売店にも事情がある。行政にも、過去のデータや制度上の制約がある」
タケルは一人ずつ見た。
「ですが、事情があることと、問題がないことは別です」
その言葉に、全員が黙った。
「農家は、作物を育てる責任がある。でも、需要予測の誤差まで一方的に背負う必要はない。商人は、在庫を管理する責任がある。でも、供給不安を解消するために無条件で損をしろという話でもない。小売店は、消費者に商品を届ける責任がある。でも、仕入れ値を無視して赤字販売を続ければ、店そのものがなくなる」
「行政の責任は?」
コメリアが尋ねた。
「あるよ」
タケルは即答した。
「正確な情報を集め、制度を設計し、必要なときに判断する。それが行政の役割だ。予測が外れたなら、なぜ外れたのかを検証して、次に活かす。現場が困っているのに、昔の規則だからと何もしないのは、制度を守っているようで、制度の目的を見失っている」
監督官の頬がぴくりと動いた。
「稲穂殿。行政を批判するのは簡単です」
「ええ。農家を批判するのも、商人を批判するのも簡単です」
タケルは肩をすくめた。
「簡単だから、みんなやりたがるんでしょうね」
コメリアが吹き出した。
農業組合の代表も、思わず口元を緩める。
商会の担当者は、笑っていいのか迷っている顔をしていた。
監督官だけは笑わなかった。
「では、稲穂殿は、どのような解決策をお持ちなのです?」
「まずは、三つです」
タケルは黒板を消し、書き直した。
一つ目。
地域全体の在庫と出荷予定を、共通の基準で把握する。
二つ目。
需要予測と実績の差を定期的に検証し、予測が外れたときの対応手順を用意する。
三つ目。
農家、流通業者、小売店、行政が、それぞれの費用とリスクを明らかにしたうえで、供給を安定させる方法を協議する。
「これなら、誰か一人に責任を押しつける必要はありません」
「情報を集めるには、人員も費用もかかります」
商会の担当者が言った。
「そのとおりです」
「在庫情報を公開すれば、商売上の秘密が漏れる恐れもあります」
「だから、必要な範囲に限定する。全取引の詳細を公開する必要はありません」
「予測を頻繁に見直せば、農家が作付計画を立てにくくなります」
農業組合の代表が言った。
「だから、変更の基準と時期を決める。予測が外れた責任を、収穫直前になって農家に押しつけるのは避けるべきです」
タケルは、一つひとつ答えた。
簡単な解決策などない。
だが、問題があるからといって、問題を見ないことにしてよいわけでもない。
「一度にすべてを変える必要はありません。まず、この地域だけで試しましょう」
会議室の窓から、午後の光が差し込んでいた。
監督官はしばらく黒板を見つめていたが、やがて書類を閉じた。
「……試験的な調査としてなら、上申できるかもしれません」
「ありがとうございます」
「ただし、所定の申請書が必要です」
「やっぱり出た!」
タケルの叫びが、会議室に響いた。




