↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界米農家の憂鬱  作者: とんぷぅ
第3章 倉庫に米はあるのに、なぜ市場にない?
PR
18/25

3-5 農家が悪い。商人が悪い。役人が悪い。

会議は、予定時刻を三十分過ぎても終わらなかった。


 いや、正確には、終わらせることができなかった。


 誰もが自分の事情を説明し、誰もが相手の事情に疑問を呈していたからだ。


「農家が作付計画を守らないから、供給が乱れるのです!」


「計画どおりに作ったら、今度は作りすぎだと怒られるんですよ!」


「商人が米を倉庫にため込んでいるからではないですか!」


「契約と資金繰りを無視して、すべて放出しろと?」


「小売店が利益を取りすぎているのでは?」


「仕入れ価格も運送費も上がっているんです!」


「行政の予測が間違っていたのではありませんか!」


「予測は過去の実績に基づいています!」


 声が飛び交う。


 誰もが、自分には正当な理由があると主張していた。


 タケルは、ふと気づいた。


 この会議では、全員が「自分は悪くない」と証明しようとしている。


 その一方で、誰も「どうすれば米が届くのか」を話していない。


「皆さん」


 タケルは、手を叩いた。


 ようやく、全員がこちらを向いた。


「いったん、犯人探しをやめませんか?」


「犯人探しとは失礼な!」


 監督官が顔をしかめた。


「では、原因究明と言い換えましょう。今の話を聞く限り、農家にも商人にも小売店にも事情がある。行政にも、過去のデータや制度上の制約がある」


 タケルは一人ずつ見た。


「ですが、事情があることと、問題がないことは別です」


 その言葉に、全員が黙った。


「農家は、作物を育てる責任がある。でも、需要予測の誤差まで一方的に背負う必要はない。商人は、在庫を管理する責任がある。でも、供給不安を解消するために無条件で損をしろという話でもない。小売店は、消費者に商品を届ける責任がある。でも、仕入れ値を無視して赤字販売を続ければ、店そのものがなくなる」


「行政の責任は?」


 コメリアが尋ねた。


「あるよ」


 タケルは即答した。


「正確な情報を集め、制度を設計し、必要なときに判断する。それが行政の役割だ。予測が外れたなら、なぜ外れたのかを検証して、次に活かす。現場が困っているのに、昔の規則だからと何もしないのは、制度を守っているようで、制度の目的を見失っている」


 監督官の頬がぴくりと動いた。


「稲穂殿。行政を批判するのは簡単です」


「ええ。農家を批判するのも、商人を批判するのも簡単です」


 タケルは肩をすくめた。


「簡単だから、みんなやりたがるんでしょうね」


 コメリアが吹き出した。


 農業組合の代表も、思わず口元を緩める。


 商会の担当者は、笑っていいのか迷っている顔をしていた。


 監督官だけは笑わなかった。


「では、稲穂殿は、どのような解決策をお持ちなのです?」


「まずは、三つです」


 タケルは黒板を消し、書き直した。


 一つ目。


 地域全体の在庫と出荷予定を、共通の基準で把握する。


 二つ目。


 需要予測と実績の差を定期的に検証し、予測が外れたときの対応手順を用意する。


 三つ目。


 農家、流通業者、小売店、行政が、それぞれの費用とリスクを明らかにしたうえで、供給を安定させる方法を協議する。


「これなら、誰か一人に責任を押しつける必要はありません」


「情報を集めるには、人員も費用もかかります」


 商会の担当者が言った。


「そのとおりです」


「在庫情報を公開すれば、商売上の秘密が漏れる恐れもあります」


「だから、必要な範囲に限定する。全取引の詳細を公開する必要はありません」


「予測を頻繁に見直せば、農家が作付計画を立てにくくなります」


 農業組合の代表が言った。


「だから、変更の基準と時期を決める。予測が外れた責任を、収穫直前になって農家に押しつけるのは避けるべきです」


 タケルは、一つひとつ答えた。


 簡単な解決策などない。


 だが、問題があるからといって、問題を見ないことにしてよいわけでもない。


「一度にすべてを変える必要はありません。まず、この地域だけで試しましょう」


 会議室の窓から、午後の光が差し込んでいた。


 監督官はしばらく黒板を見つめていたが、やがて書類を閉じた。


「……試験的な調査としてなら、上申できるかもしれません」


「ありがとうございます」


「ただし、所定の申請書が必要です」


「やっぱり出た!」


 タケルの叫びが、会議室に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。