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異世界米農家の憂鬱  作者: とんぷぅ
第3章 倉庫に米はあるのに、なぜ市場にない?
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17/24

3-4 犯人を決めれば、会議は簡単になる

その日の午後。


 タケルとコメリアは、王国農政局の地方出張所に呼び出された。


 机の上には、すでに議題書が置かれている。


『市場における米不足の原因究明と、農家の生産責任について』


「……生産責任?」


 タケルは議題書を二度見した。


「俺たち、倉庫の話をしていたはずだが?」


「役所に報告したら、こうなりました」


 コメリアがため息をついた。


 会議室には、地方農政官、農業組合の代表、グラノー商会の担当者、小売業者の代表が集まっていた。


 中央の席に座るのは、バランス卿の代理として派遣された農政監督官である。


「それでは、米不足の原因について協議を始めます」


 監督官は書類を開いた。


「まず、農家の生産量が計画どおりであったか、確認しましょう」


 タケルはすぐに手を挙げた。


「その前に、流通在庫と出荷実績を確認するべきではありませんか?」


「流通の問題については、後ほど検討します」


「なぜ後なんです?」


「生産量の把握が、農政の基本だからです」


「市場で米が足りないのに、生産量の話から始めるんですか?」


「生産計画を守ることは、農家の責務です」


 監督官の声が少し強くなった。


「農家が計画を守らなければ、供給は安定しません」


「それはそうです。ただし、計画そのものが現実と合っていなかったら?」


 会議室が静かになった。


 監督官は、書類を一枚めくった。


「需要予測は専門部署が算出しています」


「その予測に使われた数字は、いつのものですか?」


「前年の消費実績を基礎としています」


「人口の変化は?」


「考慮しています」


「観光客の増加は?」


「別途、関連部署が調査しています」


「家庭での購入量が変わった場合は?」


「販売統計を確認します」


「外食や加工食品の需要は?」


「それぞれの担当部署に確認します」


「……では、その数字を全部まとめて、生産計画に反映する責任者は?」


 監督官は口を閉じた。


 まただ。


 タケルは頭の中で、前世の会社の会議室と、この異世界の会議室を重ねていた。


 部署ごとに正しい数字。


 部署ごとに正しい手順。


 そして、全体として間違った結果。


「稲穂殿」


 監督官が冷たい声で言った。


「農政は複雑です。現場の経験だけで判断できるものではありません」


「そのとおりです」


 タケルはうなずいた。


「だからこそ、現場の経験を無視してもいけない。専門家の予測も必要です。農家の実情も必要です。商人の在庫も必要です。消費者が実際に何を買っているかも必要です」


「……」


「なのに、今の議題は『農家の生産責任』だけです。これでは原因究明ではなく、責任を押しつける相手を決める会議になってしまいます」


 小売業者の代表が、気まずそうに咳払いをした。


「しかし、我々も仕入れ価格が上がれば、販売価格を上げざるを得ません。安く売れば赤字になります」


 商会の担当者も続いた。


「こちらも、契約した価格で仕入れた以上、価格変動のリスクを負っています」


 農業組合の代表は、険しい顔で言った。


「農家だって、肥料代、燃料代、農機具の修理代、人件費を払っています。米の値段が上がったからといって、利益がそのまま増えるわけではありません」


「しかし、消費者は困っています」


 監督官が言った。


「そのとおりです」


 タケルは、今度は強くうなずいた。


「消費者が困っているのは事実です。食べ盛りの子どもがいる家庭も、年金で暮らす人も、毎日食事を提供する飲食店も、米の値上がりは痛い」


 彼は、会議室を見回した。


「だからといって、農家に安く作れ、商人に安く売れ、小売店に利益を削れと言うだけでは、誰かが耐えきれなくなります」


「では、どうすればよいと?」


「価格が上がった理由を分解するんです」


 タケルは立ち上がり、会議室の黒板に書いた。


 生産費。買い取り価格。集荷費用。保管費用。輸送費。卸売価格。小売価格。


「米が高いという結果だけを見て、誰か一人を悪者にしても仕方がない。どの段階で、どんな費用が発生し、どんなリスクが乗り、どこで供給が滞っているのかを調べる」


 タケルは黒板を叩いた。


「そして、農家が再生産できる価格と、消費者が買い続けられる価格を、どう両立させるか考えるんです」


 農業組合の代表が、初めて顔を上げた。


「……農家が再生産できる価格、ですか」


「はい。農家に赤字で作り続けろと言えば、次の年には作る人がいなくなる。逆に、消費者が買えないほど高くなれば、米を食べる量が減り、別の食品に移る人も出てくる。どちらも長続きしません」


「理想論ですな」


 監督官が言った。


「理想論で結構です。食料政策は、今年の数字だけ合わせれば終わりというものではないでしょう?」


 タケルは黒板の一番下に、もう一行書き加えた。


 来年も作れるのか。来年も買えるのか。


「この二つを同時に考えなければ、安定供給にはなりません」


 会議室は、先ほどまでとは違う静けさに包まれた。


 だが、監督官はすぐに表情を戻した。


「稲穂殿のお考えは理解しました。しかし、現行制度では、生産者の作付計画を基礎として供給量を調整することになっています」


「その制度を変える必要があるのでは?」


「制度の変更には、上級機関の承認が必要です」


「では、上級機関に提案しましょう」


「提案書の様式が異なります」


「……様式?」


「現行の様式では、生産調整に関する提案しか受け付けられません。流通改善については、別の申請書が必要です」


 タケルは天井を見上げた。


 異世界でも、書式の壁は高かった。

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