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異世界米農家の憂鬱  作者: とんぷぅ
第3章 倉庫に米はあるのに、なぜ市場にない?
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3-2 米がないというのに、倉庫は満杯だった

 北部穀倉地域の中心街。


 市場では、朝から米を求める人々が列を作っていた。


「一袋、金貨三枚だって?」


「先月は二枚だったじゃないか!」


「文句を言うなら買わなければいい。こっちだって仕入れ値が上がっているんだ!」


 店主の怒鳴り声に、客たちが不満を募らせる。


 店先には、値札だけが立派に並んでいた。


 米袋は、ない。


「ひどいな……」


 タケルがつぶやくと、コメリアが市場の奥を指さした。


「ここだけじゃありません。隣町でも似たようなものです」


「生産量が多すぎるから作るなと言われたのに、店には米がない。どういうことだ?」


「それを調べるのが、今日の仕事です」


 二人は市場の商人から聞き取りを始めた。


 最初に訪れたのは、グラノー商会。


 王国有数の穀物商であり、街道沿いに巨大な倉庫をいくつも所有している。


 商会の門前には、荷車が何台も停まっていた。


 ところが、荷車に積まれているのは小麦ばかり。


「米を売ってほしいんです」


 タケルが受付で告げると、商会の職員は困った顔をした。


「申し訳ありません。現在、一般向けの販売予定はございません」


「倉庫にはあるんですか?」


「在庫に関するお問い合わせにはお答えできません」


「ないとは言わないんですね」


「あるとも申し上げておりません」


「会社員時代に聞き飽きた返答だ……」


 タケルが頭を抱えた、そのとき。


「おや。先日、農家資格を取得されたという稲穂殿ではありませんか」


 奥から現れたのは、立派な衣装に身を包んだ男だった。


 グラノー商会長その人である。


「お話は伺っていますよ。新しい農政に異議を唱えておられるとか」


「異議というより、疑問です。市場に米がないのに、生産を減らせと言われている。まずは流通の状況を知りたい」


「なるほど。では、こちらへ」


 商会長は二人を応接室へ案内した。


 テーブルには茶菓子が並べられたが、米菓子は一つもなかった。


 この世界でも、空気を読む菓子選びというものがあるらしい。


「率直に申し上げましょう」


 グラノー商会長は、湯気の立つ茶を口にした。


「我が商会には、米があります」


「やっぱり!」


「ただし、売ることができる米と、売るべき米と、売ると損をする米は、それぞれ別なのです」


 タケルは眉をひそめた。


「米は米でしょう?」


「農家の方には、そう見えるかもしれません。しかし商売には、契約、保管費、輸送費、借入金、品質管理、そして価格変動というものがございます」


「……続けてください」


「例えば、昨年、我が商会は農家から米を買い付けました。当時は供給が不安定で、翌年にはさらに値上がりするとの見方が強かった。そこで、資金を借り、保管設備を確保し、相応の価格で仕入れたのです」


「高く買ったんですね」


「ええ。農家の方々にとっては、よい条件だったはずです。収穫前に買い取り価格を提示し、契約を結んだものもあります」


 商会長は、指を一本立てた。


「ところが、仕入れた後に価格が下がれば、我が商会は損失を抱えます。倉庫代も、人件費も、輸送費も、借入金の利息も、米の価格が下がったからといって消えてはくれません」


「だから、安く売れない?」


「安く売れば、損失が確定します。もちろん、利益を確保するために販売時期を見極める必要もあります。ですが、私どもが利益だけを追っていると決めつけられるのは困りますね」


 タケルは黙って聞いていた。


 商会長の言い分には、筋が通っていた。


 商人も、買った米をただ積み上げているわけではない。


 資金を投じ、在庫を抱え、価格変動のリスクを負っている。


 しかし――。


「では、ひとつ教えてください」


 タケルは身を乗り出した。


「倉庫に米があることと、市場に米があることは、なぜ別々の話になるんですか?」


 商会長は、初めて口を閉じた。

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