3-1 米はあるけど、米がない
農家資格を手に入れた翌朝。
稲穂タケルは、役所から届いた通知書を食卓に広げていた。
朝食は、炊きたての白米。
異世界に来てから、米を食べることだけは欠かしていない。
しかし、今日の米は少し苦かった。
「……作付面積を減らせ、だと?」
通知書には、実に丁寧な文面で、実に理不尽な命令が記されていた。
『本年度、北部穀倉地域における米の生産予定量が、王国農政局の定める適正供給目標を超過する見込みとなりました。つきましては、新規就農者を含む各農家において、作付面積の調整にご協力ください』
「俺、まだ一粒も収穫していないんだが?」
「タケルさん。役所は、あなたが何をしたかより、あなたがどこに分類されているかを大切にするんです」
向かいで朝食を食べていたコメリアが、さらりと言った。
「会社員時代にも似たようなことはあった。実績より、部署の予算。現場の実態より、管理表の数字。だが、食料でそれをやられると困る」
「食べ物は、表の上では増えたり減ったりしませんからね」
「いや、表の上では増えたり減ったりするんだよ。実際の米が動かなくてもな」
タケルは、前世の会社で何度も見た光景を思い出した。
現場の仕事を減らすために導入された管理システム。
そのシステムを運用するために増えた入力作業。
入力作業を減らすために新設された確認会議。
会議を短縮するために作られた議事録。
議事録を管理するための新しいシステム。
そして、誰も本来の仕事をする時間がなくなった。
「コメリア。ひとつ聞きたい」
「なんですか?」
「この国には、米が余っているのか?」
「役所によれば、余っています」
「市場では?」
「高くて、買えない人が増えています」
「……なるほど」
タケルは箸を置いた。
「それは、米が余っているんじゃない。米についての情報が余っていて、肝心の米が足りないんじゃないか?」
「タケルさん、朝から難しいことを言いますね」
「会社員の悪い癖だ。問題が見つかると、つい会議を開きたくなる」
「それだけはやめてください」
「俺もそう思う」
タケルは立ち上がった。
「まずは現場を見る。米が本当に余っているのか、誰がどこに持っているのか。そこからだ」
こうして、タケルの異世界農政改革は、初めて田んぼの外へと向かった。




