2-5 裏技ではない。制度の想定内です
数日後。
俺は再び農政庁を訪れた。
今度は、戸籍の継承を証明する書類を手にしている。
受付の女性は書類を確認すると、驚いたように目を見開いた。
「タケル様、こちらは……」
「叔父の家督を継承しました」
「えっ、継承?」
「はい。戸籍管理局で手続きを済ませました」
女性は慌てて奥へ引っ込んだ。
しばらくすると、バランス卿が現れた。
「タケル殿! その書類は本物ですか!?」
「本物ですよ」
「しかし、あなたは新規就農者として申請を……」
「その申請は取り下げます。私は叔父の家業を継ぐ者として、正式に継承手続きを済ませました」
バランス卿は、書類をじっと見つめた。
やがて、深いため息をついた。
「……なるほど。確かに、この制度なら農地の権利も出荷資格も引き継がれます」
「そうでしょう?」
「ですが、なぜ最初からこの手続きを?」
俺は笑顔で答えた。
「それを教えてくれる人が、誰もいなかったからです」
バランス卿は黙り込んだ。
「……それは、申し訳ない」
「いえ、いいんです。制度を知らなかった私にも責任はありますから」
俺は一拍置いて、続けた。
「ただ、農政庁の窓口で『農家になるには農家でなければならない』と言われたとき、家業を継ぐ人間がどうやって農家になるのか、誰も説明できなかったのは問題だと思います」
「……」
「制度があるなら、利用者にわかるように案内するべきです。新規就農と家督継承を区別するなら、最初の窓口で確認すればいい。必要書類も、それぞれ一覧にしておけばいい」
俺は、持参した改善提案書を机に置いた。
「会社員時代、こういう問題を何度も見てきました。制度を変える前に、まずは手続きの流れを見直すだけでも、ずいぶん違うはずです」
バランス卿は、しばらく提案書を眺めていた。
「……タケル殿。あなたは農家になる前から、農政改革を始めているのですね」
「いや、まずは米を作らせてください」
「ははは。確かに、それが先ですな」
ようやく、話が通じた。
俺は胸をなで下ろした。
これで、やっと田んぼに集中できる。
そう思った、その瞬間だった。
バランス卿が、別の書類を差し出した。
「ところで、タケル殿。継承された農地の作付け計画についてですが」
「……はい?」
「昨年度の地域全体の生産量が基準を超過しておりまして、今年度は作付け面積を調整していただく必要があります」
俺は、書類を見た。
『作付け面積調整通知書』
そこには、こう書かれていた。
『農地継承に伴う生産計画の再確認について』
「……」
俺はゆっくりと顔を上げた。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「俺、まだ一粒も米を作っていませんよね?」
「ええ」
「叔父から田んぼを継いだばかりですよね?」
「ええ」
「なのに、どうして作りすぎの責任を取らされるんですか?」
バランス卿は、困ったように笑った。
「地域全体の生産調整ですので、個別の事情だけでは……」
「個別の事情だけでは、何です?」
「……」
俺は机を叩いた。
「まだ作っていない人間に、作りすぎだと言うんですか!?」
バランス卿は静かに答えた。
「制度上、そうなっております」
「また制度かよおおおおおっ!」
農政庁の廊下に、俺の絶叫が響き渡った。




