2-6 豊作は、罪なのか
その夜。
俺は自宅の机で、作付け面積調整通知書を眺めていた。
ようやく農家としての資格を得た。
これで、農地の管理も、農業用水の利用も、米の販売も、正式に進められる。
だが、今度は作付け面積を減らせという。
「……何なんだ、この世界は」
コメリアが、湯気の立つスープを持ってきた。
「師匠、また役所で何かあったんですか?」
「農家として認められたと思ったら、今度は米を作るなと言われた」
「えっ、どうして?」
「地域全体の生産量が多いからだそうだ」
コメリアは首をかしげた。
「でも、うちの村では、もっと米が欲しい人がたくさんいますよ?」
「そうだな」
「王都でも、米が高くて困っている人がいるって聞きました」
「その通りだ」
「なのに、どうして作っちゃいけないんですか?」
俺は答えられなかった。
もちろん、農政庁にも言い分はあるのだろう。
米が余れば価格が下がり、農家の収入が不安定になる。翌年の生産量が減れば、食糧不足につながるかもしれない。
生産量を調整すること自体に、何の意味もないわけではない。
だが、需要がある場所に米が届いていないのに、生産量だけを見て作付けを減らすのは、何かがおかしい。
「コメリア。米を作る目的って、何だと思う?」
「食べるためです!」
即答だった。
俺は笑った。
「そうだよな。食べるためだ」
「それ以外にありますか?」
「いや、もちろん、農家が生活するためでもある。農地を守るためでもある。国の食料を確保するためでもある」
俺は窓の外を見た。
暗闇の向こうに、田んぼが広がっている。
「だからこそ、作る量を減らすことが必要なときもあるんだろう。でも、作るなと言うなら、その分、農家がどうやって生活するのかも考えなきゃいけない」
「……難しいですね」
「ああ。難しい」
俺は、作付け面積調整通知書を机に置いた。
「でも、難しいからといって、考えるのをやめていい理由にはならない」
コメリアは、にっこりと笑った。
「師匠なら、何とかできそうですね!」
「……君は俺を何だと思っているんだ?」
「農政庁の人たちより、農政のことを考えている人!」
「褒めているようで、全然うれしくないぞ!」
俺は苦笑した。
それでも、心の奥には小さな火が灯っていた。
この世界の制度は、確かに面倒だ。
だが、変えられないと決まったわけではない。
まずは、自分の田んぼから始めよう。
農家が何を作り、どれだけ収穫し、どこへ届けるのか。
その情報を集め、見えるようにする。
会社員時代に学んだことを、今度は農業に生かすのだ。
俺はノートを開いた。
表紙には、大きくこう書いた。
『異世界農業改革計画』
その下に、第一の目標を記す。
『農家が安心して米を作り、消費者が安心して米を買える仕組みを作る』
「よし。明日から本格的に始めるぞ!」
コメリアが元気よく答えた。
「はい、師匠!」
そのとき、窓の外から役所の使いが駆け込んできた。
「タケル様! 大変です!」
「今度は何だ!?」
「農政庁から追加の通知が届きました!」
使いが差し出した封筒には、見慣れた紋章が押されていた。
俺は恐る恐る封を切った。
『農地継承者に対する生産調整説明会のお知らせ』
『説明会への出席にあたり、事前資料の提出をお願いします』
そして、最後にこう書かれていた。
『なお、説明会では、作付け面積調整通知書の内容について説明いたします』
俺は静かに封筒を閉じた。
「……説明するために、説明会を開くのか」
コメリアが首をかしげた。
「何か問題でも?」
「いや。問題しかない」
俺は天を仰いだ。
「この世界の農政、改善するまでに何年かかるんだ……」
窓の外では、秋の風が稲穂を揺らしていた。
そして俺は、まだ知らなかった。
この通知書が、王国全体を巻き込む大騒動の始まりになることを。




