調香師さんとパティシエさんのコラボレーションです
ここからまたちょっとレオーネさん出没頻度が上がります。
特に続き物って感じではないですけども。
試作品のケーキに関しての意見を聞きたいとルシアに言われ、悠利は護衛役のルークスを伴って大食堂《食の楽園》に足を運んでいた。
これは別に珍しいことではない。悠利は食べる側としての視点以外にも、作り手としての視点も持っているので、そういう意味でルシアに意見を求められることはよくあるのだ。ただ美味しく食べるだけのヘルミーネには出来ないお手伝いである。
だから、そのことに関しては良いのだ。悠利の護衛を自認しているルークスを伴っての来訪も、いつも通りだ。いつも通りではなかったのは、案内された個室に先客がいたことだった。
「レオーネさん?」
「はぁい、ユーリちゃん、こんにちは」
「キュピピー」
「ルークスちゃんも、こんにちは」
「キュ!」
素敵な笑顔で挨拶をしてくれたのは、美貌のオネェさんだった。本日も麗しの美貌に相応しい化粧と装いのレオポルドは、困惑している悠利にいつも通りの挨拶をしてくれる。流れるようにルークスとも挨拶を交わすのは、流石過ぎた。
きょとんとしている悠利だったが、ルシアに促されて席に着く。……なおルークスは、早速室内の掃除を始めていた。勿論、ルシアに許可を取ってからである。自分の仕事が掃除だと思っている節があるルークスだ。
「あの、今日はルシアさんの試作品の味見って聞いてたんですけど、何でレオーネさんがいるんですか?」
「あたくしも、試作品の味見に来たのよ」
「レオーネさんが?」
その答えに、悠利はぱちくりと瞬きを繰り返した。レオポルドはルシアのスイーツのファンであり、新作が出るとしっかりと購入していく常連さんでもある。そのことを悠利は知っているが、あくまでもお客さんというポジションだと思っていた。
試作品の味見を頼まれることがあるとは、思わなかったのだ。いや、正しくは、レオポルドが試作品の味見を頼まれることがあるとして、自分がそこに同席することになるとは思っていなかった、が正しいだろうか。
混乱している悠利に、ルシアが事情を説明してくれた。
「レオーネさんには今回の試作品に材料を提供して貰っているのよ。それもあって、一緒に味見をとお願いしたの」
「材料、ですか?」
「えぇ、材料よ」
不思議そうな悠利に、ルシアはにこりと微笑んだ。そこで悠利はハッとした。そういえば先日、採取のお手伝いを頼まれたときに必死に探していたレア素材について、ルシアの新作に使うものだと聞いていたことを思いだしたのだ。終わったことだったのでついうっかり忘れていたのだ。
悠利が思い出したことに気づいたのだろう。レオポルドは楽しげに笑っていた。仕方ないわねぇと言いたげな親愛の情に満ちた微笑みであった。悠利は照れたように頭を掻いた。
「この間の採取で皆で探したあの、オレンジ色の夢幻花を使った新作ってことなんですね?」
「えぇ、その通りよぉ。もうユーリちゃんったら、うっかりさんねぇ」
「すみませーん」
ちゃんとルシアと仕事をすると言っておいただろうみたいな感じのレオポルドに、悠利は素直に謝った。あの日は、必要なレア素材を無事に手に入れられた喜びよりも、初めて妖精を見た衝撃の方が記憶に残ってしまったのだ。
レオポルドもそれは解っているのか、言葉は柔らかく、別に悠利を咎めているわけではなかった。二人のそんなやりとりに首を傾げつつ、ルシアはそっと新作のスイーツを出してくれる。
透明ガラスの器に入ったそれは、淡いオレンジ色が美しいムースだった。薄くスポンジが敷かれており、その上にオレンジ色のムースが鎮座する。てっぺんには、お花のように飾られた生クリームと、彩りなのかミントの葉が添えられていた。
見た目はとてもシンプルなスイーツだ。どこからどう見ても、ただのシンプルなムース。色がオレンジなのと、ふわりと香る匂いがオレンジであることから、オレンジのムースなのだろうなと悠利は思った。
「これが、今回レオーネさんに協力して貰って作ったムースになります。……味見をして、感想を聞かせてほしいのよ、ユーリくん」
「はーい」
そう告げたルシアの表情が、少しいつもと違うような気がした悠利だった。けれど、何がどう違うのかよく解らなかったので、素直に目の前の新作ムースを堪能することにした。
そっとスプーンを縦に入れれば、柔らかなムースに簡単に沈む。一番底までスプーンを沈めてから、悠利はスポンジごとムースを掬った。……やはり、どうせ食べるなら全てを一緒に食べたいと思ったのだ。
口の中に運べば、ぶわりとオレンジの香りが広がる。柔らかなムースは簡単に溶けて、口の中に充満する。しっとりとしたスポンジがそのムースの余韻を受け止め、牛乳の味がしっかりとする生クリームが全体をまとめている。端的に言って、とても美味しい。
「……?」
美味しいのだけれど、悠利は首を傾げた。淡いオレンジ色のムース。オレンジの香りが口いっぱいに広がるようなムース。とても美味しいけれど、違和感がずっと存在する。その答えが解らずに、悠利は一人うんうんと唸っていた。
ルシアのスイーツだから、とても美味しい。スポンジも、ムースも、生クリームも、全て丁寧な仕事で仕上げられていて、文句の付けようなんてどこにもない。ないのだけれど、何とも落ち着かない感じがして、唸ってしまうのだ。
そんな悠利を見ていたルシアとレオポルドは、顔を見合わせて笑った。どうやら二人には、悠利が何に困惑しているのかが解っているようだった。
「あのー、ルシアさん」
「何かしら、ユーリくん」
「このムース、美味しいです。とても美味しいですけど、何か変です」
「ユーリくんは、変だって思うのね?」
「はい」
こくんと頷く悠利。その悠利に、パチパチとルシアとレオポルドは拍手をしてくれた。まるで褒めるような二人の行動に、悠利は意味が解らないと言いたげに首を傾げた。
「流石ねぇ、ユーリちゃん。あたくしも食べてみたけれど、そこまではっきりと気づけなかったわ」
「気づく……?」
レオポルドの言葉に、悠利はちょっと考えた。レオポルドの口ぶりからして、このムースは普通のムースではないらしい。そして、ルシアのスイーツを沢山食べているレオポルドでも気づかなかった些細な何か。レオポルドは気づかず、悠利は気づいた。その理由は何なのか。
考えて、考えて、悠利はハッとした。ルシアの方を見て、思わず叫んでしまう。
「このムース、オレンジの匂いは凄くするのに、オレンジの味がしない!」
「はい、正解」
「え、何でですか?」
ルシアに正解と言われて、悠利は呆気に取られつつも質問をしてしまった。オレンジ色のムースで、オレンジの匂いがするのだから、オレンジの味がするはずなのだ。けれど、匂いで誤魔化すかのように、オレンジの味はしなかったのだ。
悠利が感じた違和感は、それだった。味覚と嗅覚は密接に繋がっていて、味を感じる能力は匂いにとても影響される。風邪などで鼻が詰まっていると味がしないというのは、ある意味で間違ってはいないのだ。
なので、強烈なまでのオレンジの匂いがすることでオレンジ味のムースだと思っていたのに、よくよく考えるとオレンジの味が全然しなかったことに悠利は違和感を抱いていたのだ。けれど、こんな引っかけみたいなスイーツが出てくると思わず、気づくのに遅れてしまったのだ。
ただし、ルシアの名誉のために言っておくが、ムースはとても美味しかった。ムースそのものにオレンジは含まれていないようだが、オレンジの匂いが強いのでオレンジの味を感じる、みたいな感想になる。それを上手に利用しているとも言えた。
「オレンジの味がするような気がするけれど、実際はオレンジを使っていないムース。それが、今回作りたかったものなの」
「……謎かけですか……?」
「違うわよ」
ルシアの説明を聞いても、悠利には意味が良く解らなかった。何で普通にオレンジを使ったオレンジの味がするムースじゃダメなんだろう、という感想しか出てこない。
そんな悠利に、ルシアはどうしてこんな不思議なムースを作ったのかを説明する。大真面目な顔で。
「あのね、ユーリくん。今回私は、オレンジが食べられない人のためのムースを作ったのよ」
「オレンジが、食べられない……?」
詳細は、こういうことだった。体質や病気などで、特定の食材を食べることが出来ない人が存在する。そういう人達にも、楽しんで貰えるスイーツをルシアは作りたいと考えた。現代日本で言うところの、アレルギー対応スイーツみたいな感じだ。
しかし、粉類を代替することも、甘さを加えるための材料を代替することも出来るが、特定の果物の味を代替するのはなかなか難しい。その材料を使わずに、その味を表現するのは至難の業と言えた。
そんな中、ルシアはレオポルドと話をしていて夢幻花の存在を知った。色によって香りが異なる夢幻花。その匂いは特定の果物のそれと全く同じであっても、成分的には夢幻花のものしか存在しない。
今回の場合、オレンジ色の夢幻花は強いオレンジの匂いを感じさせるが、成分的にオレンジとは無関係だ。すなわち、オレンジの摂取が体調に影響を及ぼす人々にとって、まったくもって無害なのだ。
味覚は嗅覚に影響されるということをルシアも理解していて、だからこそオレンジ色の夢幻花を香り付けに使うことによって、オレンジを使っていないのにオレンジの味がするような錯覚を感じさせるムースを作ったということだった。なかなかない発想のスイーツである。
「あえて今回オレンジで試したのは、ルシアさんの知り合いでオレンジが食べられなくなった人がいるってことですか?」
「えぇ、その通りよ。常連のご婦人が病気になってしまって、薬との兼ね合いでオレンジが食べられないんですって」
「あー、薬との兼ね合いですかー……」
ルシアの説明に、悠利は遠い目をした。体調云々もアレなのだが、薬との兼ね合いで特定の食材が食べられなくなるパターンは、結構大変だ。薬の効果がなくなってしまうとか、悪い方向に作用してしまうとかがあるので。
ルシア自身、多くの人々に美味しいスイーツを食べてほしいという願いを持ってパティシエをやっている。だからこそ、常連のご婦人がオレンジを食べられなくなった、つまりはオレンジを使ったスイーツも食べられなくなったというのを、重く受け止めたらしい。
それも、そのご婦人はオレンジが好物だったのだという。病気や体質の変化が理由で好物が食べられなくなるというのは、実に悲しい。食べることが大好きな悠利は、何て辛い状況なんだと神妙な顔になった。
「オレンジが食べられないってことは、オレンジから抽出した香料も使えないってことになるでしょう? それでレオーネさんに相談したら、夢幻花のことを教えてくださったの」
「流石レオーネさん!」
「あたくしも、そういう理由で香水の相談を受けることがあったからよぉ」
凄い凄いと褒める悠利に、レオポルドはにっこりと笑った。様々な材料を用いてオーダーメイドで香水を作る調香師のオネェさんは、様々な植物に造詣が深いのである。香りの方も、成分が肌に付くことを考えると使えない素材が出てくるので。
香料だけならアレルギー的な反応も少ないのではないか? と思われるかもしれないが、実は、香料を使用したものの方が強い反応が出ることも多いのだ。原材料が同じ場合、そこから抽出した香料にも強い成分が残っている場合はあるので。
思わぬ所で、調香師さんとパティシエさんの領分が重なっていることに、悠利は感心した。単純に彩りのような感じで香り付けに使うのかと思っていたら、まさかの味を錯覚させるための大本命としての役割に関わっているのだから。料理の世界は奥が深い。
「ところでレオーネさん、夢幻花って白いのと色つきで花そのもの成分に違いとかあるんですか?」
「不思議なことに、花の色で成分は変わらないのよねぇ。だからこそ使い勝手は良いんだけれど」
そう告げた後、「まぁ、滅多に色つきの夢幻花を発見できないのだけれど」とレオポルドは付け加えるのを忘れない。今回、オレンジ色の夢幻花を発見できたのは悠利の幸運が仕事をしたような感じなので。
その言葉に、悠利は心配そうな顔をした。今回採取できた夢幻花は一つだけだ。そこから抽出できた香料は少ないのではないかと、思ったのだ。
不安が顔に出ていたのだろう。レオポルドは楽しげに笑って告げてくれた。
「夢幻花から抽出した香料はね、少量でも物凄く強い匂いを発するのよ」
「へ?」
「確かに抽出できた香料は少ないわ。でもねぇ、一般的な香料の数十倍の強さを持っているのよ」
「……そんなに凄いお花だったんですか、アレ……」
「そうよ」
呆気に取られる悠利に、レオポルドは楽しげに笑った。伊達に、妖精が育てた花ではないということだろうか。驚きつつも、それなら必要量はとりあえず確保できているらしいと理解して、悠利はホッと胸をなで下ろした。
何せ、とてもとても珍しい素材である。次もまた探してくれと頼まれて、依頼を受けた冒険者が見つけられるとは限らない。……何となくだが、今回妖精と接触した悠利やアロールを連れていけば、もう一度あの妖精に会えそうな予感もするが。
今後、定期的に必要になる場合にどうするかは横に置いておくとして、悠利は謎が解けたので美味しい美味しいムースを堪能することにした。オレンジを使っていないと言われても、真剣に考えなければ気づかないほどに、これはオレンジを感じさせるムースであった。
美味しいと満面の笑みでムースを食べる悠利を、レオポルドもルシアも優しく見守ってくれている。ルシアが悠利を呼んだのは、悠利がオレンジを使っていないことに気づくのか、味をどう判断するのかを知りたかったからだ。
幸いなことに、悠利は違和感に気づきながらも美味しいと言ってムースを食べている。ルシアの中でそれは、ある種の及第点を得られたということになる。一安心と言うように胸をなで下ろすルシアの姿を見て、レオポルドは優しく笑っている。
「ところでルシアさん」
「何かしら、ユーリくん」
「このムース、限定販売とか、そのご婦人だけに提供するとかだったりします……?」
「え? そんなことはしないけど……」
「良かったぁ……」
ルシアの言葉を聞いて、悠利は心底安心したというように息を吐き出した。そのちょっと大袈裟な反応に、ルシアはきょとんとしている。彼女は自分の影響力を理解していなかった。
「だって、自分達が食べられない限定スイーツが存在するとかになったら、ヘルミーネもブルックさんも凄い顔しそうなんですもん……」
「あ……」
「……するわね、あの男は絶対に」
「デスヨネー」
ルシアのスイーツをこよなく愛するスイーツ同盟の二人の名前を挙げた悠利に、二人は確かにと言いたげな反応をした。特にレオポルドは、元パーティーメンバーということもあってブルックの反応が目に浮かぶと言いたげな顔だった。
自分達が購入出来ないスイーツを、試作品の味見に協力するという形とはいえ悠利だけが食べたと知ったら、間違いなくあの二人は圧をかけてくるだろう。ヘルミーネは物凄い勢いで責めてきそうだし、ブルックも責めはしないだろうが重い空気は背負いそうだ。それを防げたので、悠利は安堵したのだ。
「と、いうわけなんで、正式販売が決まったらヘルミーネに教えてあげてください。そこからブルックさんに情報は回るので」
「仲良しなのね」
「スイーツが絡んだときは、物凄く仲良しです」
苦笑するルシアに、悠利は大真面目な顔で頷いた。普段はともかく、スイーツが絡んだときのヘルミーネとブルックはそれはもう仲良しだ。無二の友とでも、共犯者とでも言わんばかりの仲良しっぷりである。周囲が思わず呆れる程度には。
そんな雑談をしつつ、悠利はルシアの美味しいムースを堪能した。味がする気がするのにオレンジを使っていない不思議なムース。これを初めて食べたときにヘルミーネがどんな反応をするのか楽しみだなぁと思う悠利だった。
その後正式販売されたオレンジを使用していないオレンジ風味のムースは、皆に衝撃を与えながらも美味しいと評判になるのでした。スイーツの世界がまた一つ広がりました。
アレルギー対策スイーツみたいな感じですかね?
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





