食品サンプル職人さんの情熱は相変わらずです
本日、悠利はルークスと共にブライトの工房に訪れていた。何故かというと、ルークスがタグの具合を確認してほしいと希望したからである。ルークスはブライトに作って貰った王冠に従魔タグを装着しており、それをとてもとても大切にしている。汚れたら体内に取り込んでゴミや埃を取り除く程度には、大切にしている。
ただ、どれだけ大切にしていても日々つけっぱなしにしていれば、何かの折りにぶつけて傷が付いたり、歪んだりすることもある。目に見えて大きな傷などはないのだが、ちょっと気になると感じる程度にはルークスは王冠のことを気にしているのだ。
「うん、ここがちょっと曲がってるのが気になるんだな? 何かにぶつけたのか?」
「キュキュゥ……」
ブライトの言葉に、ルークスはしょんぼりした雰囲気でうなだれていた。ルークスが王冠を大事にしていることを知っているブライトは、ルークスの頭を優しく撫でて言葉をかけた。
「安心しろ。この程度ならすぐに直せる。ついでに、ピカピカに磨いてやるからな」
「キュ!」
「大事にしてるのは知ってるから、別に怒ったりしないさ」
ブライトにそう言われて、ルークスはぱぁっと大きな瞳に喜びを浮かべた。感謝の意を示すようにぺこぺことお辞儀を繰り返した後、それなら自分はこっちで恩返しをしますと言わんばかりに工房内の掃除を始めた。まぁ、いつものことである。
そんなルークスとブライトのやりとりを見た後、悠利は一先ず工房の一角、ブライトが客と打ち合わせをしたり休憩をしたりするためのテーブル周りを片付けていた。具体的に言えば、落ち着いたらお茶をするための場所を確保しているのである。
悠利のその行動も、ルークスのお掃除と同じ程度にはブライトには馴染んだものだった。遊びにやってくると勝手にごそごそやるのがこの一人と一匹なのだ。最初の頃はツッコミを入れていたが、最近ではもう慣れたブライトである。
ひとまず、ルークスの王冠を丁寧に修理して、宣言通りにピカピカに磨き上げるブライト。ブライトにしても、ルークスが自分の作品を大事に使ってくれているのは嬉しいのだ。相手が人間だろうと魔物だろうと、そこは変わらない喜びがあるようだ。
少しばかり曲がっていた先端部分はピシッと真っ直ぐ伸び、日々あちこちを走り回っているのでどうしても劣化の見られた表面は研磨されてピカピカと輝いていた。光を反射するその煌めきを見て、ルークスは嬉しそうにぽよんと跳ねた。
「掃除ありがとうな。ほら、直ったぞ」
「キュー!」
「おっと……。飛びつくな、飛びつくな」
「キュイキュイ!」
喜びのあまり、ルークスはブライトの腕の中に飛び込んだ。本気を出せば壁を粉砕できるような体当たりも出来ちゃうルークスであるが、人間がか弱いことは解っているので今のは単純に甘えた飛びつきである。悠利が受け止められる程度の勢いなので、ブライトも難なくルークスを受け止めていた。
ご機嫌のルークスは、ブライトに王冠を装着して貰って更にご機嫌だった。嬉しそうに、悠利の元へやってきてピカピカになった王冠を見せている。……ちなみに悠利は、そんなルークスの姿にうちの子がとても可愛いと悶絶していた。飼い主バカは健在である。
ルークスの用事が終わったので、急ぎの仕事が入っていないブライトは悠利の誘いに応じて一緒にお茶をすることになった。ほどよく冷えたアイスティーに、紅茶を練り込んだクッキーを二人と一匹で楽しむ。
「このクッキー、甘さ控えめな感じで食べやすいな」
「紅茶の茶葉が練り込んであるやつなんですよね。大人向けだと思います」
「仕事の合間に摘まむのに良さそうだなぁ」
「ルシアさんのところで売ってますよ」
「あそこかぁ……」
悠利の言葉に、ブライトはむむむと唸った。大食堂《食の楽園》でパティシエとして腕を振るうルシアのことを、ブライトも知っている。彼女の手がけるスイーツが美味しいことも知っている。値段もお手頃で、実にありがたい。
ならば何故渋い顔をしているかと言えば、人気店だからである。品切れになることはあまりないが、それでも購入するには並ばなければならないことが多いのだ。悠利の場合は散歩のついでとか、仲間達が買ってきてくれるとかで問題ないのだが。
一人で工房を切り盛りしているブライトとしては、あまり買い出しに時間をかけることも出来ないらしい。いっそ人材派遣ギルドにお使い依頼を出そうか、みたいなことを呟いていた。
そんな風にのんびりとお茶を楽しんでいた悠利達であるが、突如嵐が訪れた。呼び鈴も鳴らさず、ノックもせず、バーンと勢いよく扉を開けて中に飛び込んできた人物がいるからだ。
「ブライト、見てくれ! 新作が出来た!」
「お前はせめて呼び鈴を鳴らすかノックをしろ、サルヴィ。あと、返事があるまで勝手に入るな! 客がいたらどうするつもりだ」
「そういう気配はしなかったから大丈夫だ!」
「威張るな!」
凄まじい勢いでブライトの前までやってきた青年は、満面の笑みで手にした小物を示している。しかし、ブライトの方はそれどころではなく、相変わらず過ぎる幼馴染みにツッコミを入れていた。……このとても自由な青年サルヴィと、ブライトは腐れ縁の幼馴染みなのである。
ブライトの幼馴染みのサルヴィは、現在は食品サンプル職人としてじわじわと名を上げている途中の人物だった。元々は、樹木系の魔物から採取できる特殊な樹脂を日用品に加工する職人だ。趣味で美味しかった料理の模型を作っていた彼に、食品サンプル職人という道を示したのは悠利である。
なので、悠利にとっても馴染みにお兄さんである。なので、この人、相変わらずだなぁという顔をして見ているだけである。
しばらく幼馴染み二人のやりとりが続く。けれど、結局どれだけ小言を口にしても暖簾に腕押しなのを理解して、ブライトは溜息をついてからサルヴィに来訪理由を問いかけた。
「それで、何をしに来たんだ」
「新作を見て貰いたかった」
「今度は何を作ったんだ……」
「オレンジを使っていないオレンジのムースだ!」
「はぁ?」
何だそれと言いたげな顔をするブライト。オレンジのムースと言いながら、オレンジを使っていないとはこれいかに、である。普通に考えたら何を言っているのかさっぱり解らないだろう。
しかし、その場には悠利がいた。ルシアの新作である、オレンジ色の夢幻花の香料を使った、オレンジを使っていないオレンジ風味のムースの存在を、悠利は知っているのだ。なので、混乱しているブライトに手短に説明をする。
「ブライトさん、それ、オレンジが食べられない人向けにルシアさんが開発した新作のムースですよ。レオーネさんが香料の提供で協力しているんです」
「また不思議なものを考えるな……」
悠利の端的な説明で何となく把握したらしいブライトは、とりあえずサルヴィが手にしたムースを見る。ふわふわとしたスポンジ生地の上にオレンジ色のムースが載り、生クリームとミントの葉が飾られているムースを完全再現した一品である。
「……ちなみに、出来映えは?」
「ほぼ完璧じゃないかと」
「相変わらず無駄な完成度を……」
仕事でもないのにここまでの完成度を誇るなと言いたいらしい。まぁ、サルヴィを相手にそれを言っても無駄である。彼は作りたいと思ったものを作るだけなのだから。
いつもなら、サルヴィは幼馴染みのブライトに会心の出来の新作を見せるだけで満足する。悠利やルークスにも見せて、本物そっくりだという感想を聞いて終わる。そう、いつもなら。
今日のサルヴィは違った。悠利の説明を聞いてから、何やら真剣に考え込んでいる。
「サルヴィ、どうした? 何を考え込んでいるんだ?」
ブライトの問いかけに、サルヴィは顔を上げた。そして、悠利の方を見て口を開く。
「つまりあのオレンジ風味のムースには、レオーネの作った香料が使われているのか?」
「え、えぇ、そうです。それがどうかしましたか?」
「俺もそれが欲しい!」
「「はい?」」
食い気味で告げたサルヴィの言葉に、悠利もブライトも間抜けな声を上げた。何を言っているんだと言いたげな二人に、サルヴィは切々と訴えた。
自分は今まで、美味しいと思った料理を完全な見た目で再現してきた。しかし、あくまでも再現できたのは見た目だけ。手触りも香りも、当然ながら味も再現することは出来ない。模型だからそれは仕方ないと思っていた。
しかし、本物に香料を使っているのならば、同じ香料を使えばより本物に近い模型、食品サンプルを作ることが出来るのではないか、と。料理そのものの匂いを再現するのは難しいが、元々香料を使っているのならどうにかなるのではないか、と。
サルヴィの説明を聞いた悠利は、なるほどなぁと思った。イメージは、現代日本に存在する香り付きの小物である。様々な匂いを香料として再現し、それを使うことでより本物に近い臨場感を伝えてくる商品は色々とあった。香り付きの文房具とか、ティッシュペーパーとか、飾り小物とか。サルヴィはそういう方向の発想を手に入れたということだ。
本当に、ある意味でこれは才能と思えた。悠利が食品サンプルの存在を伝える前から自作していた男である。何か、そちら方面での発想という意味で、彼には天賦の才があるのかもしれない。……ただ、それを仕事に繋げるつもりがまったくないのが困りものだが。基本的に彼は己が作りたいものを作るだけの、道楽で生きているようなタイプである。
とりあえず、全力で欲しい欲しいと伝えてくるサルヴィの圧に負けて、皆でレオポルドの店である《七色の雫》に出かけることになるのであった。
突然現れた悠利達を、レオポルドはひとまず笑顔で迎え入れてくれた。幸いなことに店は忙しくないらしく、売り子の女性に店番を任せて奥のスペースで皆で話し合うことになった。なお、サルヴィはその間ずっと無言である。ややこしくなるからお前は黙っていろとブライトに言われたからであった。言いつけはちゃんと守れる男なのだ。
「それで、突然やってきてどうしたわけ? ユーリちゃんやブライトはともかく、貴方があたくしの店に来る理由が解らないのだけれど?」
そう言って、レオポルドはサルヴィを見た。間にブライトを挟んで知り合いでもある二人だが、個人的な交流はそれほどないという。ついでに、仕事関係で協力するということもないので、余計にだ。
これで、サルヴィが身だしなみに気を遣うとか、お洒落男子とかであったなら、香水屋である自分の店にやってきてもレオポルドも不思議には思わない。しかし、サルヴィはボサボサ頭のあか抜けない感じの青年である。清潔感はあるが、はっきり言って野暮ったい雰囲気の持ち主だ。お洒落とは無縁である。
そんなレオポルドの問いかけに、サルヴィは自分の要望を伝えた。割と食い気味で。
「香料が欲しい! このオレンジ風味のムースに使った香料が!」
「はぁ……?」
いきなり何を言い出すのかと胡乱げな顔になるレオポルド。まぁ、そういう反応になるだろう。サルヴィは自分が作ったオレンジ風味のムースの模型を示しながら、香料が欲しいと訴えているが、多分レオポルドには何でそんなものを求めているのかが解らないのだ。
悠利はちらりとブライトを見た。ブライトはそんな悠利の視線と、説明しなさいと言いたげなレオポルドの視線を受けて、ため息をついた。そして、それが自分の仕事かと言いたげに動いた。
まず、レオポルドにぐいぐい言っているサルヴィの襟首を引っ張って、ぐいーっと後ろに下げる。
「とりあえず黙って下がってろ。俺が代わりに説明するから」
「む。そうか?」
「今のままじゃ、香料は手に入らないぞ」
「解った。頼んだ!」
「……この野郎」
現金とはこういうことを言うのだ。ブライトに任せた方が話が早いと言うことを理解したのか、サルヴィはあっさりと退いた。悠利の隣にまで移動して、にこにこしたままレオポルドとブライトを見ている。このお兄さんはマイペースなのである。
サルヴィがこういう性格なのはブライトだけでなくレオポルドも把握しているらしく、二人で真面目に話をしていた。
「あいつが手にしてた模型を見たか?」
「見たわ。ルシアちゃんの新作でしょう?」
「あぁ。それに使った香料を欲しがってるんだ」
「何でよ」
「完全再現を目指してるんだよ……」
「相変わらずねぇ……」
ブライトの説明を聞いたレオポルドは、瞬時に状況を把握していた。……この台詞が出てくる程度には、サルヴィがどういう人間かを知っている、ということである。
とりあえず、サルヴィが何をどういう意味で求めているのかは伝わった。伝わったのだが――。
「言いたいことは解ったわ。でも、無理よ」
「何でだ!」
「何でって言われても、ないのよ、同じ香料」
「え……?」
ぽかんとするサルヴィに、レオポルドは詳細を説明した。ルシアに渡した香料は、オレンジ色の夢幻花というレア素材の香料である。少量でもかなり香りが強く、彼女がスイーツ作りに使う分は十分まかなえた。
ただし、余剰分はないのだ。
「保管用のサンプルしか残ってないし、色つきの夢幻花はそもそもレア素材だから滅多に手に入らないのよ」
「そこを何とか……!」
「ないものはないのよ。それが仕事だって言うなら素材を探す手伝いとか考えても良いけれど、貴方のそれ、道楽よね?」
「……むぅ」
冷静に諭されて、サルヴィは唸った。否定は出来なかった。これは完全に彼の趣味、道楽、でしかないのだ。そこを言われると、流石にごり押しが出来ないのだろう。
あと、相手がレオポルドだからここで大人しくしているのかもしれない。相手がブライトだった場合、もっとだだをこねていた可能性はある。やはり、知り合いと幼馴染みとは色々と違うのだ。
それでもまだ諦めきれないのか何とかならないのかと聞いているサルヴィと、難しい顔をしているレオポルド。お前いい加減諦めろと言いたげなブライト。そんな大人三人の姿を、ルークスを腕に抱えた状態で見ていた悠利は、ぽつりと呟いた。
「別に、夢幻花の香料じゃなくても良いのでは?」
「え?」
「はい?」
「どういうことだ?」
その呟きが聞こえたのか、三人が悠利を振り返る。突然視線を向けられてちょっとびっくりしつつ、悠利は素直な感想を伝えた。
「いえ、サルヴィさんは模型にそれっぽい香りをつけたいんですよね? だったら、何も夢幻花にこだわらなくても、普通にオレンジの香料で良いんじゃないかと思って……」
「……あ」
「……確かにそうねぇ」
「そうだな」
ルシアはオレンジを摂取できない人のためにオレンジを使わないオレンジ風味のムースを作るために、オレンジ色の夢幻花の香料を使った。しかし、サルヴィは別に、夢幻花にこだわる必要はないのだ。重要なのは、ルシアのムースを再現できるような香りなのだから。
レア素材であるオレンジ色の夢幻花ではなく、香りのよく似たオレンジから抽出した香料を使うというのなら、話は簡単だ。入手難易度が段違いである。
「確かに、それならあたくしも用意は出来るわ」
「じゃあ、それで! あ、出来れば匂いが近いやつが良い!」
「貴方本当にこだわりが強いわよねぇ……」
そんな会話をしながら、二人はレオポルドが保管している香料のサンプルを確かめに歩いていった。同じ柑橘系でも種類が違うと香りが変わるので、数種類のサンプルからどの香料がイメージに近いかを確認している。
この辺り、レオポルドはサルヴィをこだわりが強いと言っているが、それだけの種類の香料を用意している彼も相当なものだ。つまるところは、どちらも自分の作り上げる作品に対するこだわりは強いのだ。仕事か趣味かという話なだけで。
仲良く香料を選んでいる二人の姿を見て、ブライトはやれやれと言いたげに肩をすくめた。悠利はそんなブライトを見て思わず笑ってしまった。
「えーっと、お疲れ様です、ブライトさん」
「アイツに関わるとこうなるのはもう、諦めてる」
「大変ですねぇ、幼馴染みって」
「腐れ縁だからなぁ」
そんなことを言いながらも、何だかんだで世話を焼いているのだからブライトは良い人だ。サルヴィに対して文句を言いながらも、結局は付き合っているのだから。
そして、レオポルドとサルヴィも何だかんだで相性が良さそうだった。お互いに職人だから解り合える部分もあるのかもしれない。
「サルヴィさんって、レオーネさんとも仲良いんですか?」
「別に個人的にそこまで交流があるわけじゃないけどな。ただ……」
「ただ?」
「アイツは、初対面からレオーネに対して何も反応しなかったからなぁ……」
「え?」
何も反応しないとはどういうことなのか。詳しく聞いてみると、初対面から存在感マシマシのオネェを前にしても、サルヴィはいつも通りだったらしい。普通に挨拶をして、普通に名乗って、凄腕の調香師という部分を褒めるだけだったという。
あの強烈なオネェを前にしても素で対応する辺り、サルヴィは強者である。いや、強者というよりも、彼の場合は……。
「あの通りサルヴィは、自分の興味があること以外は、割と全部どうでも良いからな」
「……確かにー」
目の前の相手の年齢や性別、属性に付いての興味など、確かにまったく持たないだろうなぁとは悠利にも理解できた。そんなことは、サルヴィの興味の範疇ではないのだ。だから、初対面でレオポルドがオネェであるということに何も衝撃を受けず、普通に知り合いになったということらしい。
「とりあえず、これでサルヴィさんの道楽って加速するんですかね?」
「……しそうだな。……仕事になりそうなアイデアがあったら教えてくれ」
「了解です」
香料のサンプルを前にあーでもない、こーでもないとやっているレオポルドとサルヴィを見つめながら、黄昏れるブライト。何かアイデアがあればお手伝いしようと思う悠利だった。やはり、お仕事は大事なので。
後日、レオポルドの協力で香料を手に入れたサルヴィは香り付きのムースの模型を完成させ、上機嫌で悠利に見せに来るのでした。当人が楽しそうなのでまぁ良いかーと思う悠利でした。
サルヴィさん、実は結構好きです。
ただ、出すとなると高確率でブライトさんがツッコミで忙しいなっていう……。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





