第6章:引き裂かれた骨の交響楽
# 警告:この物語を読み進めることで生じる「視覚の変容」について、著者は一切の責任を負いかねます。
# 舞台:1990年 北海道・夕張市
# ジャンル:言語侵食型サイコホラー
44番のロッカーが軋みながら開き、突き刺すような墓場の土の匂いを放った。中には、紙片も原稿もなかった。ただ、錆びついた金属製のホーンが怪物の喉のように口を開けている、一台の古びた蓄音機だけが鎮座していた。
しかし、江戸の総毛を逆立たせたのは、そのレコード盤だった。それはビニール製ではなく、表面の荒い、黄ばんだ白の素材――無理やり平らに引き延ばされた「人間の骨」でできていた。円状に刻まれた溝は、まるで外科手術のメスでつけられた傷跡のように見えた。
「これは普通のレコードじゃないわ……」エミが激しく震える声で囁いた。「これは記憶の記録よ……。誰かが、牛頭の声の振動を、直接有機物に刻み込んだんだわ」
駅の外では、影たちが近づき始めていた。「拝聴者」たちが、ひび割れた駅のガラス扉の前に立ちふさがっている。彼らは襲いかかることはせず、ただ静かに立ち尽くし、建物を包囲するように巨大な円陣を組んでいた。何百もの空っぽの眼窩が江戸とエミを凝視し、開いた口からは夕張の冷気の中で黒い蒸気が立ち昇っていた。
「あいつらは待ってるんだ」蓄音機のハンドルを握る江戸の手が震える。「物語を終わらせろと言ってるんだ。欠けた部分を聞きたがってる」
江戸は自分の手に目を落とした。肉色の空の下、彼の手の皮膚は今や透き通り、この駅の鼓動と同調して脈打つ赤い筋肉を晒していた。
――ガリッ……。
江戸は、骨のレコードの上に蓄音機の針を落とした。
最初に流れてきたのは音楽ではなく、硬い表面を鋭利なもので引っ掻くような音だった。江戸の奥歯が浮くような不快な音。やがて、声が立ち上がった。あのカセットテープの教師の声だ。だが今回はより深く、重層的で、まるで一人の喉から数千人が同時に喋っているかのようだった。
『……最後の手順は、聞くことではない。「成る」ことだ。その頭が天に触れ、その足が奈落の底を踏みしめる時、お前は気づくだろう。牛頭とは、単なる物語ではないということに……』
突如として、外の「拝聴者」たちが動き出した。彼らは走るのではなく、ゆっくりと首を360度回転させながら、耳を劈くような牛の鳴き声を上げ始めた。夕張の赤い空が突如として裂け、歯のない巨大な歯茎のような何かが姿を現した。
江戸の視界が砕け散り始めた。周囲の色が、人間の語彙には存在しないスペクトルへと爆発する。エミの姿が見えるが、彼女はもはや人間には見えなかった。宙に浮く神経の束、その一拍一拍が蓄音機の声に導かれている。
『……牛頭とは、お前自身の脳内で回す「鍵」なのだ』
蓄音機の針が骨の盤面を深く削り始め、どろりとした赤い液体が溢れ出して駅のテーブルを浸食していった。江戸は耳を塞ぎたかったが、両手は機械に吸い付いたように動かない。彼は気づいた。その音は耳から入っているのではない。彼の脳の深淵から直接生えてきているのだ。
その狂気の中、駅のホームの隅にレンが現れた。彼にはもう顔がなかった。その顔は、自らの血で描かれた牛の頭の絵によって塗り潰されている。レンは、回転を続ける骨のレコードを指差した。
『壊せ……』レンの声が江戸の思考の中に直接囁いた。『さもなくば、この世界の膜の向こう側にあるものを見ることになるぞ』




