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第5章:腐敗するスペクトル

# 警告:この物語を読み進めることで生じる「視覚の変容」について、著者は一切の責任を負いかねます。

# 舞台:1990年 北海道・夕張市

# ジャンル:言語侵食型サイコホラー

江戸エドが保管庫から一歩外へ踏み出した瞬間、彼はまるで巨大な怪物の胃袋の中に足を踏み入れたかのような錯覚に陥った。


漆黒であるはずの夕張の夜空は、今や剥きたての生肉のような、どろりとした赤褐色に変色していた。低く垂れ込めた雲は脈打つ脂肪の塊のようにうごめいている。そして、降り注ぐ雪……それはもはや白くはなかった。漆黒 di粒が空から落ち、インクの零れ跡か、あるいは火葬場の灰のようにアスファルトを覆い尽くしていく。


「エミ、これが見えるか?」江戸の声が震えた。


エミは空を見上げたが、その表情は平坦だった。「何が見えるの、江戸さん? 雪は白くて、空は暗い。ただ、少し霧が出ているだけよ」


江戸は息を呑んだ。俺にしか見えていない。俺の知覚はもう壊れてしまったんだ。


二人は江戸の古い車で、廃墟と化した夕張駅へと向かった。道中、江戸はハンドルを千切らんばかりに強く握りしめなければならなかった。目の前の光景があまりにも苦痛だったからだ。街路樹はもはや木には見えず、地面から突き出した巨大な神経の束が寒風に揺られているように見えた。


不意に、江戸はバックミラーに目をやった。遠く、病的な黄色い光を放つ街灯の下に、彼らはいた。


人影の集団が、誰もいない国道の中央を歩いている。その動きは不自然にぎこちなく、首が極限まで横に傾いでいた。五人ほどだろうか、七十年代の、ボロボロに引き裂かれた古着を纏っている。


「エミ……後ろに誰かいる」江戸が囁いた。


エミは後ろを振り返った。「誰もいないわよ、江戸さん。道は空っぽよ」


江戸はアクセルを深く踏み込んだが、その集団は引き離せなかった。ゆっくり歩いているように見えるのに、車との距離は常に一定に保たれている。その中の一人、顎が外れかかった女が、口を大きく開き始めた。


これほどの距離があるというのに、江戸の頭の中に彼らの声が響いてきた。それは人間の声ではなく、何千匹もの蝿が羽音を立てて形作る言葉だった。


『ゴ……ズ……、ゴ……ズ……』


彼らは「拝聴者はいちょうしゃ」だ。かつてあの物語を聞き、それを破壊しきれなかった者たち。今や物語の残滓を追い求めるだけの、空っぽの器と化した存在。


「あいつらは俺たちの頭の中にある物語を追ってきてるんだ、エミ!」

滑りやすい黒い雪の上を車が滑走する中、江戸が叫んだ。


駅の敷地内に差し掛かろうとしたその時、「拝聴者」の一人が突如として江戸の運転席の窓のすぐ横に現れた。その顔に目はなく、ただ脈打つ暗黒の穴が開いている。そいつは車のガラスに頭を叩きつけた。


――ガシャァァン!


ガラスにこびり付いた黒い血の跡からは、ずっと江戸を苛み続けてきた、あの強烈な死臭が漂ってきた。


「彼らを見ちゃだめ! 駅に集中して!」

エミが叫ぶ。車内には、もはや異常ともいえる冷気が立ち込め始めていた。


江戸は急ハンドルを切り、死に絶えた夕張駅の前へと滑り込んだ。駅舎の建物は、肉色の空の下で腐敗していく巨大な獣のむくろのように見えた。


コインロッカー、四十四番。

江戸のポケットの中にある鍵が、まるでそれ自体が体温を持っているかのように、熱く、激しく熱を帯びていた。


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