第99話:四魔将と王国の事情
ルシアの笑みが、静かに消えた。
「……どうして、そう思われたのですか?」
声まで、少し硬くなった気がした。
横を見ると、ダグラスも俺を見ている。さっきまでのように、笑ってはいなかった。
「村を出てから、色んな街を回ってきましたけど……」
俺は、ずっと引っかかっていたことを口にした。
「四魔将に滅ぼされた街って、一度も見たことがないんですよ。どこかの街が襲われたって話も、聞いたことがない」
「…………」
「図書館の本には、恐ろしい連中だって書いてありました。でも、実際にどこで何をしたのかは、よく分からなくて」
ルシアはすぐには答えなかった。
しばらく考え込んだあと、広場へ目を向ける。
治療を終えた村人が、まだ何人か残っていた。こちらを気にしている者もいる。
「……ここでお話しするには、少し差し障りがありますね」
ルシアは声を落とし、俺へ向き直った。
「カイルさん。そちらのお部屋に、お邪魔してもよろしいですか?」
「あぁ。構いませんけど……」
「俺も一緒に行きますよ」
ダグラスが口を挟んだ。
「ダグラスもですか?」
「こういう話なら、俺も聞いといたほうがいいでしょう」
いつものような軽い口調だったが、その顔は真面目だった。
ルシアはダグラスをしばらく見たあと、小さく頷いた。
「……分かりました」
そのやり取りを見て、ようやく気づいた。
……もしかして、結構まずいことを聞いちまったのか?
四魔将や魔王が、本当にいるのか。
勇者が倒すべき相手について、勇者本人に疑問をぶつけている。
俺にとっては、ただ気になっていたことだった。
だが、この人たちにとっては、それだけで済む話じゃないのかもしれない。
俺たちは広場を離れ、男三人で使っている借り宿へ戻った。
隣の家までは、すぐだった。それでも、その間は誰も口を開かなかった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
ルシアとダグラスを中へ通し、俺は後ろ手に扉を閉めた。
ユリウスさんはまだ隣の借り宿にいるらしく、部屋には誰もいなかった。
俺とルシアが椅子へ腰を下ろすと、ダグラスも少し離れた場所へ座った。
ルシアは一度、閉じた扉へ目を向ける。
それから、改めて俺を見た。
「カイルさん。お話しする前に、一つ約束していただけますか?」
「約束?」
「これからお話しすることは、リリアさんたちには伝えないでください」
「……なんで、あいつらには?」
「理由も含めて、お話しします。ですが、先にお約束を」
穏やかな声だった。
それでも、そこだけは譲るつもりがないらしい。
「もし、本当は四魔将がいないって話なら、あいつらにだって――」
「存在するかどうかだけの話ではありません」
ルシアが、静かに俺の言葉を遮った。
「リリアさんたちに関わることでもあります。ですから、軽い気持ちで伝えてほしくないのです」
「…………」
なおさら、聞かずにはいられなかった。
だが、約束しなければ、この人は話してくれないだろう。
「……分かった。あいつらには話さない」
「ありがとうございます」
ルシアは僅かに表情を緩めた。
「では、まず四魔将についてですが……教会に残されている記録を見る限り、実在することは間違いありません」
「記録があるんですか?」
「えぇ。彼らの砦へ向かった勇者隊の報告も残っています」
なんだ。
そっちか。
教会に記録があるから、実在する。
それだけなら、図書館で読んだ本と大して変わらない。
そう思いかけたところで、ルシアが続けた。
「ただ、彼らは最果ての北、雪山の近くに砦を築いているのですが……」
そこで一度、言葉が途切れる。
「少なくとも、私が確認した教会の記録には、四魔将の側から王国へ攻め込んできたという記載はありません」
「…………は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「一度も?」
「記録に残っている限りでは、です。過去の全てを把握しているとまでは申し上げられませんが」
「じゃあ、四魔将に街を滅ぼされたって話も……?」
「私は、そのような被害の記録を見たことがありません」
ルシアは、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「ですが、こちらから砦へ攻め込めば、当然、向こうも反撃します。その反撃は苛烈で……これまで、何人もの勇者が命を落としています」
「……そりゃ、反撃するだろ」
気づけば、声が強くなっていた。
ルシアが俺を見る。
「自分たちのいるところへ攻め込まれて、黙ってやられる奴なんかいないだろ。俺たちだって、モンスターが村を襲ってきたら戦うじゃないか」
「…………」
「向こうからすりゃ、攻めてきた連中から砦を守ってるだけかもしれない。なのに、それで勇者が死んだからって、向こうが悪いことになるのか?」
ルシアはすぐには答えなかった。
視線を落とし、膝の上で組んだ指に力を込める。
俺も、身を乗り出しかけていたことに気づいて、少し身体を引いた。
その時、ダグラスが口を開いた。
「……カイル。お前の言いたいことは分かる」
「だったら、なんで攻め込むんだよ」
「王国からすりゃ、放っとくには危険すぎるってことだろうな」
「危険って……まだ何もされてないんだろ?」
「例えば、だ」
ダグラスは腕を組み、少し考えた。
「お前の村の近くに、ロックベアみてぇな大型モンスターが巣を作ったとする。まだ人も家畜も襲われてねぇ。それなら、何か起きるまで放っとくか?」
「そりゃ……ギルドに知らせて、討伐してもらうように……」
そこまで言って、口を閉じた。
ダグラスが小さく頷く。
「だろ? 何もされてなくても、いつ村に来るか分からねぇ。そうなってからじゃ遅いって考える」
「……あぁ」
「王国から見た四魔将も、それに近いんだろうよ。今は攻めてこなくても、いざ動かれたら止められねぇかもしれない」
そう言われれば、理屈は分かる。
だが、それだけで攻め込んでいいのかと言われると、まだ引っかかった。
「それに、土地の問題もある」
「土地?」
「王国が自分たちの領土だと思ってる場所に、正体の分からねぇ連中が砦を築いて居座ってる。王国がそれを認めちまえば、他の貴族にだって示しがつかねぇ」
ダグラスはそこで、ルシアへ目を向けた。
「勝手に土地を占拠しても、お咎めなし。そんな前例は作れねぇでしょうからね」
「……えぇ」
ルシアが頷いた。
「王国は、あの土地も自国の領土だとしています。そのため、四魔将の存在は国の安全だけでなく、王国の統治に関わる問題でもあるのです」
「だから、退けって言う。聞かなけりゃ、力ずくで排除する。王国側からすりゃ、そういう理屈になるんだろうよ」
「……詳しいんだな」
「伊達に五年も、勇者様のお供してねぇですよ」
ダグラスが、僅かに肩をすくめた。
自分たちの領地に、得体の知れない勢力が砦を築いた。
それなら、国が放っておかないのは分かる。
ただ、俺が子供の頃から聞いていた話とは、随分違った。
世界を滅ぼそうとしている悪い奴らを、勇者が倒しに行く。
そんな単純な話じゃないらしい。
「……でも、それなら騎士団の仕事じゃないのか?」
俺は二人を見る。
「国の土地を取り戻すとか、国を守るとか。そういうことをする連中なんだろ?」
ルシアは、小さく息を吐いた。
「本来であれば、そうでしょうね」
「本来?」
「騎士団にも、色々あるんだよ」
ダグラスが続けた。
「下級騎士団は平民出身も多い。王都の周りや街道の警備をしたり、近くに出たモンスターを討伐したりしてる」
「だったら――」
「だが、相手に出来るのは、せいぜいBランクまでだ。戦闘スキル持ちも少ねぇし、装備だって、上級の冒険者や勇者ほど揃っちゃいねぇ」
ダグラスは首を振った。
「そんな連中を四魔将の砦に送り込んだって、死体の山を作るだけだ」
「……なら、もっと上の騎士団は?」
「上級の騎士団には、貴族のご子息やご息女が多く所属しています」
今度は、ルシアが答えた。
「優れた戦闘スキルを持つ方もいますし、装備も充実しています。ただ……」
「ただ?」
「有力な家の跡取りや、その兄弟姉妹を、何人もの勇者が亡くなっている場所へ送り込む。そう簡単に命じられると思いますか?」
「…………」
「大きな被害が出れば、騎士団だけの問題では済みません。命令を出した側も、多くの家を敵に回すことになります」
ルシアの表情が、僅かに苦くなる。
「その結果、最も危険な場所へ向かう役目は、勇者に回ってくるのです」
「……じゃあ、危ないところは、最初から勇者任せなのか?」
「勇者だけじゃねぇ。俺たち冒険者もいるだろ」
ダグラスが言った。
「王都から離れた土地の治安を、実際に支えてんのは冒険者だ。各地にギルドがあるのも、そのためだよ」
「……あぁ」
言われてみれば、俺の村で何かあった時だって、頼るのはギルドだった。
騎士団が来てくれるなんて、考えたこともなかった。
「で、俺たちの手に負えねぇ相手が出てくれば、勇者様の出番になる」
「でも、強い冒険者だっているだろ? 報酬を出して、そういう連中に頼めば……」
「引き受けてくれるとは限りません」
ルシアが静かに言った。
「冒険者の方々にも、家族がいます。生活のために、その仕事を選んでいる方もいるでしょう」
「それは……」
「いくら報酬を積まれても、生きて帰れる見込みのない依頼を受けたいとは思わないはずです」
「そんなの、勇者だって同じだろ」
そう返してから、俺は言葉を止めた。
冒険者なら、危険すぎる依頼は断れる。
だが、勇者には。
「……だから、強制依頼なのか」
王都から届く、拒否することの出来ない任務。
今まで何度も聞いてきた言葉が、急に別の意味を持って聞こえた。
ルシアは目を伏せた。
「……そうです」
「断れない相手に、やらせてるってことかよ」
「…………」
ルシアは否定しなかった。
ダグラスも、口を閉じたままだった。




