第100話:勇者という名の役目
少しの沈黙のあと、ルシアが再び口を開いた。
「そして、勇者隊に選ばれる三人には、もう一つ条件があります」
「条件?」
「勇者も、魔導士も、聖職者も……両親を失った孤児の中から選ばれます」
「……三人とも?」
「はい。現在の選定制度では、例外はありません」
俺は思わず、隣の借り宿があるほうへ目を向けた。
今、あそこにいる三人も。
「モンスターの襲撃などで親を失い、国や教会の施設で保護された子供たち。その中から、適性のある者が選ばれます」
「……なんで、孤児なんだ?」
ルシアはすぐには答えなかった。
それから、抑えた声で言った。
「……そのほうが、都合がいいのです」
その言葉だけは、少し吐き捨てるように聞こえた。
「自分の子を危険な任務へ送るなと訴える親もいません。ある程度身体が成熟し、任務に就けるようになった頃には、勇者隊としての役目を与えられます」
「…………」
「そして、幼い頃から教えられるのです。あなたたちは、人々を守るために選ばれたのだと」
ルシアは膝の上で組んだ手に、力を込めた。
「育ててくれた国や教会への恩もあります。自分には、その期待に応える義務がある。そう考える方は少なくありません」
「それで、どんな任務でも……?」
「……受け入れるしかないのです」
ルシアは静かに答えた。
「一度勇者隊に選ばれれば、辞めたところで、元勇者を受け入れてくれる仕事など、今の王国にはありませんから」
「……じゃあ、辞めたくても辞められないのか?」
「そうですね……偽名を使い、どこか辺境の地でひっそりと暮らすことなら、出来るかもしれません」
ルシアはそこで一度言葉を切った。
「ですが、人々を守るために死に物狂いで戦ってきた方々が、今までの名前も立場も捨て、人目を避けながら生きていく……そんな惨めな暮らしを、受け入れられると思いますか?」
「…………」
「ですから、不安や不満を抱いていても……結局は、勇者として戦い続けるしかないのです」
リリアたちの顔が、頭に浮かんだ。
任務があると分かれば、嫌そうな顔をしていた。
それでも、行かないという話にはならなかった。
俺は、それを勇者なら当たり前のことだと思っていた。
「……そんなの、勇者じゃないだろ」
気づけば、声が漏れていた。
「人を助けたくて、剣を取るんじゃないのかよ。断れないように育てて、危ないところへ送り込むなんて……」
ルシアは、少し寂しそうに笑った。
「絵本に出てくる勇者とは、随分違うでしょうね」
「…………」
格好いいものだと思っていた。
人々を守るために立ち上がって、誰かに望まれて旅へ出る。
少なくとも、子供の頃に聞いた話は、そうだった。
「……ルシアさんも、大変だな」
「私が、ですか?」
「あぁ。そこまで知ってて、それでも勇者を続けてるんだろ?」
俺には、とても真似出来そうにない。
だが、ルシアは小さく首を振った。
「私はむしろ、勇者として活動出来るようになったことを、嬉しく思っています」
「……嬉しい?」
冗談を言っているようには見えなかった。
「勇者になる前、私は教会で勇者隊を支援する側にいました。任務へ向かう方々を送り出し、亡くなれば報告を受け、戻ってきた亡骸を葬る。それも仕事の一つでした」
「…………」
「昨日まで話をしていた方が、数日後には棺の中にいる。一度や二度ではありません」
ルシアは、膝の上へ視線を落とした。
「それでも任務はなくなりません。誰かが亡くなれば、また別の隊が向かうことになります」
「……あぁ」
「私はその事情を知っていながら、送り出して、弔うことしか出来ませんでした」
僅かに、指先が動いた。
「この方たちにも、別の生き方があったのではないか。そう考えることが、何度もありました」
普通に働いて。
誰かと出会って。
家族を作って。
「国や教会のために戦うだけでなく、ご自身のために生きる機会も、あったはずです」
「…………」
「そんなことを考えていた頃に、勇者代理の話が持ち上がりました」
「それで、引き受けたのか?」
「はい」
迷いのない返事だった。
「私には、人より多くの魔力があります。危険な任務を一つ引き受ければ、別の勇者隊がそこへ行かずに済むかもしれない」
ルシアは、自分の手へ目を向けた。
「一体でも多くのモンスターを倒せば、そのぶん、誰かが命を落とす可能性を減らせます。勇者隊だけでなく、襲われるかもしれない街や村の方々も守れる」
「……だから、自分が戦うのか」
「えぇ。私には、それが出来る力がありましたから」
ルシアが顔を上げた。
「送り出す側にいながら、何も出来なかった。それを思えば……私にとっては、贖罪でもあるのです」
俺は何も言えなかった。
この人が、あそこまで人を助けようとする理由。
少しだけ分かった気がした。
すると、ダグラスが小さく息を吐いた。
「……だから、ああも無茶をするんですか」
「何のことです?」
「戦いが始まりゃ、真っ先に前へ出る。今日だって、一人で森に行こうとしたでしょうが」
「私なら、対処出来ると思ったのです」
「ルシア様が強いのは知ってますよ。だからって、何でも一人で背負わなくていいでしょう」
「……私の無茶など、他の勇者隊と比べれば、まだ可愛いものです」
「比べる話じゃねぇでしょうが」
ルシアは少し困ったように笑い、それから目を伏せた。
「……戦いに向いているとは言い難い、幼い聖職者もいましたからね」
「幼い?」
「十二歳くらいの少年です。まだ、あどけなさの残る子でした」
十二歳。
思っていたより、ずっと幼い。
「義姉になる方が勇者に選ばれたので、自分もついて行きたいと。周囲が止めても聞かず、勇者隊の聖職者になったそうです」
ルシアは、昔を思い出すように目を細めた。
「私が勇者代理として活動を始める、少し前のことでした」
「…………」
義姉になる勇者。
十二歳の少年。
その二つが、妙に引っかかった。
……まさか。
「ルシアさん。その勇者の名前って……」
「モリアさんです」
「…………」
やっぱり。
「私が直接お会いしたのは、あの頃ですが……後に、数少ないSランク勇者隊の一つになったと聞きました」
ルシアは懐かしそうに、小さく笑った。
「あの少年も、きっと随分成長したのでしょうね。モリアさんも傍にいらっしゃいますし、無事にやっているとよいのですが」
俺は、何も言えなかった。
半年前。
婚約者だった魔導士と、その弟だった聖職者。
二人とも、もういない。
モリアから聞いた話が、頭をよぎった。
この人は、そのことを知らないんだ。
今は、モリアまで死んだことになっている。
俺たちが、そう報告した。
「……そうだな」
結局、それだけしか言えなかった。
ルシアは俺の顔を少し見つめたが、何も尋ねなかった。
「カイルさん」
「……ん?」
「先ほどのお約束、忘れないでくださいね」
「あぁ。あいつらには話さない」
「お願いします。もし、今のお話を知ったリリアさんたちが、勇者隊から逃げ出すようなことになれば……」
ルシアの声が途切れた。
なんとなく、嫌な予感がした。
「……なったら?」
「逃げた方々を処分するよう、教会から私に命令が下る可能性があります」
「…………は?」
言葉の意味が、すぐには頭に入ってこなかった。
「処分って……リリアたちを、か?」
「……ですから、そのようなことにならないよう、くれぐれもお願いしますね」
ルシアは、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべていた。
さっき、村人を治療していた時と同じ顔だった。
だからこそ、余計に怖かった。
「……あぁ」
背中に、冷たい汗が流れる。
ダグラスを見ると、眉間に皺を寄せていた。
だが、何も言わなかった。
……狂信者、とでも言えばいいんだろうか。
目の前で困っている人がいれば、迷わず手を差し伸べる。
誰かを救えるなら、自分が傷つくことすら気にしない。
勇者隊の仕組みが、どれだけ酷いものかも分かっている。
それなのに、教会から命じられれば、その勇者隊を処分する役目まで引き受けるのか。
少なくとも、この人の口から、そんな命令は断るという言葉は出なかった。
優しい人だとは思う。
だが、その優しさと、教会の教えに従うことが、どこで分かれるのか。
俺には、分からなかった。




