第101話:魔王の正体
ルシアの話を聞き終えた俺は、もう一つ気になっていたことを思い出した。
「……なぁ、魔王ってのは何なんだ?」
「……魔王、ですか?」
「あぁ」
以前、夢の中で見た光景を思い出す。
まだ赤子だった俺を前に、父親と思われる男が口にした言葉。
『魔王を討つ切り札になれるかと思ったが……』
あの言葉が、ずっと頭に引っかかっていた。
ルシアの話が本当なら、四魔将は王国が自分たちの領土だと言っている場所に、勝手に砦を築いて居座っている連中ということになる。
だとしたら、そいつらを束ねているとされる魔王ってのは、一体何者なんだ?
「…………」
ルシアはすぐには答えなかった。
しばらく考え込んだあと、ゆっくりと口を開く。
「……カイルさん。その話までお聞きになるのでしたら、もう後戻りはできませんよ?」
「……後戻り?」
「はい。それでも、お聞きになりますか?」
ルシアの目は真剣だった。
俺にそれだけの覚悟があるのか、確かめているように見えた。
「……あぁ」
俺がそう答えた時だった。
「……ちょっと待ってくれ」
それまで黙っていたダグラスが、口を挟んだ。
「流石に俺は、そこまで聞きたくねぇぞ」
「あら。珍しいですね、ダグラス。臆しましたか?」
ルシアは、どこか楽しそうに笑いかけた。
「……あぁ。今回は完全に臆してるよ」
ダグラスは、珍しく真剣な顔をしていた。
「さっきまでの話だけでも十分だ。これ以上聞いたら、俺まで後戻りできなくなっちまう」
「…………」
「俺は出ていく。続きは、それからにしてくれ」
そう言って立ち上がると、俺たちに背を向け、扉へ歩き出した。
その時だった。
「……魔王は存在しません」
「「なっ……!?」」
俺とダグラスの声が重なった。
扉へ向かっていたダグラスも、足を止めて振り返る。
だが、ルシアはそんな俺たちを気にする様子もなく、淡々と話を続けた。
「そもそも、四魔将という呼び名も、王国側がつけたものです。彼らが自らそう名乗ったという記録はありません」
「……ちょっと待ってくれよ。じゃあ、なんで魔王がいるなんて言われてるんだ!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「……勇者が倒す相手といえば、魔王でしょう?」
「……は?」
「人々を守る勇者と、世界を脅かす魔王。人々が思い描くのは、そういうものではありませんか?」
ルシアは、当たり前のことを説明するように答えた。
「…………」
その言葉を聞いて、ようやく分かった気がした。
勇者がいて、魔王がいる。
勇者は魔王を倒し、人々を救う。
俺も今まで、そういうものだと思っていた。
だが、実際には……。
「……まさか」
俺はルシアを見つめた。
「国民に勇者が必要だと信じ込ませて、勇者隊って仕組みを成り立たせるために……」
思わず声が大きくなる。
「そのために、存在しない魔王をでっち上げたってことかよ!?」
「……そうです」
ルシアは静かに頷いた。
「モンスターが人々を襲うのは、魔王に操られているから。ですから、魔王を倒さなければならない。そのためには勇者が必要である……そういう話です」
「…………」
「勇者の必要性を人々に理解していただくには、都合のよい話でしょう?」
「……なんだよ、それ……」
俺は思わず頭を抱えた。
「じゃあ、勇者隊なんて、最初からただの茶番だったっていうのかよ……」
「……勇者隊の働きまで、茶番というわけではありません」
ルシアは小さく首を振った。
「各地でモンスターを討伐し、人々を守っているのは事実です。それに、四魔将と呼ばれる方々は実在しますし、王国にとって大きな脅威でもあります」
「……だったら、なんでわざわざ魔王なんてでっち上げるんだよ?」
「先ほど、カイルさんもおっしゃったでしょう?」
ルシアは少し困ったように笑った。
「王国が自国の領土だと主張する土地から、居座っている者たちを追い出す。それが目的なら、本来は騎士団の仕事になる、と」
「……あぁ」
「ですが、貴族の方々を危険な戦場へ送り込もうとすれば、反発を招きます。王国としても、貴族からの支援金が減ることは避けたいのです」
「…………」
「そこで、戦いの名目を変えたのです」
「……名目?」
「領土を取り戻すための戦いではなく、魔王の脅威から人々を守るための戦いに、です」
ルシアは淡々と続けた。
「魔王討伐という目的があれば、騎士団とは別に勇者隊を組織できます。貴族の方々を危険にさらさず、国民の理解も得られるでしょう」
「……領土の問題を、魔王討伐って話にすり替えたのか」
「……ええ。そして、最も危険な役目を、任務を拒むことのできない勇者隊に任せているのです」
「…………」
扉の前に立ったまま、ダグラスは両手で頭を抱えていた。
「……ルシア様よ。カイルは自分から聞きてぇって言ったんだから、まだいい。なんで、聞きたくねぇって言った俺まで巻き込みやがった……」
ルシアは、そんなダグラスを見て小さく笑った。
「あら。私たち、もう五年の付き合いですよ?」
「五年の付き合いだからって、何でも聞かせりゃいいってもんじゃねぇだろ……」
「……そうですね」
ルシアは頷くと、少し真面目な顔になった。
「ですが、ダグラス。これから私たちは、さらに北へ向かうことになります」
「……あぁ」
「AAランクのモンスターも珍しくなくなりますし、AAAランクの討伐依頼を受けることもあるでしょう」
「……そうでしょうな」
「私も、あなたも……いつ命を落としてもおかしくありません」
「…………」
ダグラスは黙り込んだ。
「カイルさんにお話しするのであれば、あなたにも知っておいてほしかったのです」
「……俺にも?」
「ええ。五年もの間、一緒に戦ってきたのですから」
ルシアは少し寂しそうに笑った。
「これからも共に戦うあなたに、こんな大事なことを隠したままでいたくなかったのです」
「…………」
「それだけ、あなたを信頼しているということですよ」
ダグラスはしばらくルシアを見つめていた。
それから、大きくため息を吐く。
「……だったら、先にそう言ってくださいよ」
「あら。先に言ったら、聞かずに出ていってしまうでしょう?」
「……そりゃ、そうですけどね……」
ルシアは小さく笑った。
「それに、私だって……いつまでも一人で抱えているのは辛いのですよ?」
「……まったく。敵わねぇなぁ、あんたには……」
ダグラスは呆れたように首を振ると、扉から離れ、元の場所へ腰を下ろした。
……なるほど。
この人なりに、ダグラスのことを大切に思ってるんだな。
ただ、本人が聞きたくないって言ってるのに、無理やり聞かせるのはどうなんだろうか。
まぁ……五年も一緒にいるなら、こういうやり取りにも慣れてるのかもしれないけど。
「さて、カイルさん」
ルシアが、今度は俺に向かって微笑んだ。
だが、その笑顔がどうにも怖く見えた。
「……これで、あなたもこちら側の人間ですね」
「……こちら側?」
「ええ。ここまで事情を知ってしまったら、もうリリアさんたちを見捨てることなどできませんよね?」
「……っ!」
そこで、ようやく気づいた。
「……そういうことかよ。どうりで、こんな大事な話を教えてくれると思った……」
「ふふっ……」
ルシアは否定することなく、小さく笑った。
「実は、上位の勇者隊には、ある程度、真相に気づいている方も多いのですよ」
「……そうなのか?」
「ええ。数多くのモンスターと戦い、その様子を見てきたのですから」
ルシアは静かに続けた。
「魔王に操られて人々を襲っているのではなく、ただ、生き物として行動しているだけではないか……そう疑問を抱く方もいるのです」
「…………」
……そういえば。
ふと、モリアとマンティコアの討伐へ向かった時のことを思い出した。
『……モンスターは魔王に操られていて、人間を襲う……か……』
あの時、モリアは確かにそう呟いていた。
俺が何か気になることでもあるのかと聞いた時も、
『何の証拠もない私の予測にすぎん』
そう言って、それ以上は話してくれなかった。
……まさか。
モリアも、魔王がモンスターを操っているという話を疑っていたのか?
あいつほどの勇者なら、俺たちより遥かに多くのモンスターと戦ってきたはずだ。
もしかすると、あの時から何かに気づいていたのかもしれない。
「ですが、気づいたところで、勇者には逃げ道がありません」
ルシアの言葉に、俺は顔を上げた。
「だからこそ、事情を知ったうえで、それでも傍にいてくださる方が必要なのです」
「……それで、俺に話したのか?」
「ええ。カイルさんなら、きっとリリアさんたちを支えてくださると思いましたから」
「…………」
「これから先、あの子たちがどれほど理不尽な任務を与えられても……あなたはもう、なぜ断れないのかを知っています」
ルシアは、俺の目をじっと見つめた。
「それを知ったうえで、あの子たちを置いていくことができますか?」
「……そりゃ……」
できるわけがない。
だが、それを口にするより先に、ルシアは優しく微笑んだ。
「ふふっ……これからも、リリアさんたちをよろしくお願いしますね」
「……あ、あぁ」
思わず頷いてしまった。
……この人。
俺がリリアたちを見捨てられないと分かったうえで、全部話したのか。
しかも本人は、悪いことをしたなんて少しも思っていないらしい。
横を見ると、ダグラスが呆れたように頭を抱えていた。
……なるほど。
この人と五年も一緒にいたら、そりゃ苦労するわけだ。




